あの日、あの場所で
人間の三大欲求を知っているだろうか。そう、食欲、性欲、睡眠欲である。
その全てが人間という生物の根底にある本能であり、欲望だ。特に、食欲と
睡眠欲は体へと直接影響する。それを押さえ込むというのは非常に危険な行為だ。
「ふあ......眠い」
例えば、今そんな言葉を漏らした俺。眠いということは少なくとも十分な
睡眠を取ることが出来ていないということだ。睡眠不足は肌荒れや集中力
免疫力の低下、動悸、苛立ち、ストレス等を引き起こす。
「ということで、帰って良いか?」
「駄目」
「駄目か」
「そう、駄目」
どうやら盟友の健康には気を使ってくれないらしい。
「朝6時に叩き起こされて休む暇なく公園まで来たんだぞ?
流石に無理があるだろ」
俺の起床時間は大体7時だ。しかも朝飯を食べて時間が余るようなら
もう一度仮眠を取ってから学校へと行っている。
「祐也が朝弱いだけ。私は今日のことが楽しみすぎて
全然寝れなかったけど祐也より眠たくない」
「遠足が楽しみで眠れない小学生かよ」
無論、俺は遠足が楽しみなことなんて一度も無かった。
団体行動で行動が大幅に制限され、班行動では存在が煙たがられるような
悪魔の催しの何処に楽しみを見出だせば良いのか。
「感覚としてはそれが一番強いと思う。明日のために早く寝ようと
10時には布団に入ったのに、結局寝たのは12時とかだったから」
布団の中でなにもせずに2時間を過ごすなんて俺には出来ない。
集中力のある彼女だからこそ出来る芸当なのだろう。何せ6時間以上
ぶっ通しで勉強が出来る奴だ。
「何がそんなに楽しみだったんだ? こんなところに来て
そんな楽しいことが出来るとは想像が出来ないんだが」
此処は鉈蛇公園の入り口、地下鉄の『鉈蛇公園前』から直結している場所だ。
周囲から鳥がピーチクパーチクと騒がしく鳴いている。この公園の
取り柄と言えば、結構広くて、釣りができることくらいのもの。
あまり、これといって特筆すべき点は無さそうなごく一般的な緑地公園である。
俺達は釣具なんてものは持ってきていないし、公園側も貸し出しは
やっていない筈なので釣りをするつもりでは無いのだろうが......まさか
本当に散歩でもするつもりなのだろうか。
「だって、祐也と二人きりで遠くに出掛けることなんて
初めてだったから......眠れなくても仕方がないと思う」
「・・・さいですか」
雪加はたまに、こういう小っ恥ずかしいことを口にするので困る。
「兎に角、公園に入る前に祐也はこれを首から掛けて」
そう言うと、雪加は背伸びをして俺の首に双眼鏡らしきものを
掛けてきた。中々に重い。
「これは?」
「見ての通り、双眼鏡。私の使い古しだけど許して」
雪加は鞄から明らかに俺の首に掛かっているものより新しく
性能が良さそうな双眼鏡を首に掛けた。
「いや、それは別に良いんだが。これで何を見るつもりなんだ?
まさか、バードウォッチングをするなんて言うんじゃねえだろうな」
勿論、冗談だ。バードウォッチングをする年代といえば基本的にシニア世代。
普通の中学生の趣味としては渋すぎるし、流石にあの雪加でも突飛過ぎる。
しかし、当の本人は否定する訳でもなくただただ不思議そうに俺を見つめていた。
そして俺を見つめた後に彼女が放った言葉がこれだ。
「祐也、凄い。どうして分かったの?」
純粋に疑問符を浮かべる雪加を見て俺は静かに目を閉じた。
そうだったね。雪加。キミが『普通』の中学生じゃなかったことを忘れていたよ。
よくよく考えれば、大好物が柏餅の時点でお察しだったんだ。
「......ま、3年以上もお前と付き合ってたら分かることも有るんだろ。
いや、知らんけど」
「......そっか。じゃあ、そろそろ野鳥観察を始める。
鉈池公園の野鳥の分布は頭に入ってるから付いてきて」
3年以上の付き合いでもやはり、相手のことを完全に理解したというのは
傲りなのだなとつくづく感じさせられる。コイツが鳥好きなのは軽く
知っていたがまさか、此処までとは。
「俺は全然、鳥のこと知らないんだが大丈夫か?」
「安心して、基本種は『種名』『目、科、属の分類』『生態』
くらいなら覚えているから。声を聞くか、見ることが出来れば判断はできる。
メボソムシクイとオオムシクイとかの特殊な事例は除いてだけど。
まあ、あれは声を聞いたら分かるし。兎に角、その都度説明してあげるから安心して」
「残念ながらドイツ語は習得していない。よって日本語を話せ」
最初から最後まで何を言っているか分からなかった。
これは俺が異常なのか? それともコイツが異常なのか?
「安心して祐也。あっという間に野鳥の世界へ引きずり込んであげるから」
蜘蛛の糸に群がる亡者みたいな真似はしないでもらいたい。
あれは、地獄にいた奴が天国に行こうとする話だが。
「分かった、分かった。エスコートしてくれ」
「エスコートって、普通男の人がやるものな気がする」
「俺が男らしくないのは知ってるだろ?」
「うん」
「即答やめろ」
いや、本当にそうなのだ。俺は昔から男らしいと言われたことが一度もない。
其処まで俺が弱々しく見えるのだろうか。只、ちょっと運動が出来なくて
小物を集めるのが趣味で、幼少期はライドする方じゃなくてキュアキュア
してるアニメを見ていただけなのに。
因みに2年生からは深夜アニメに乗り換えた。オタクの素質は
その頃からあったというのか。
「でも別に、祐也は男らしいって言われても嬉しくないでしょ?」
雪加は首を傾げる。
「まあ、それもそうだな」
男らしい人間を目指しているわけでは無いのでそう言われても
嬉しくはない。そうですかとなるだけだ。
「私からすると、男らしい祐也なんて想像出来ない。
徹也は滅茶苦茶男臭いけど」
親父はスポーツジムに行くことが日課で、筋肉モリモリ。運動神経抜群。
頭の方も悪くない。あの人も結構なチートキャラである。
「親父はマジで漢の代名詞みたいな人だからな......」
「本当に祐也のお父さんなの?」
「それに関しては俺が一番不思議に思ってる」
口調こそ親父と似ているが、性格的なところはあまり似ていない。
どちらかと言うなら、性格は母似だろうか。
「まあ、取り敢えずそんな女々しい祐也のことを私が
ちゃんとエスコートしてあげるから付いてきて」
雪加は唐突に俺の掌を握ると、そのまま俺を引っ張るように歩かせた。
「あちょ、待て。いや、別に女々しくも無いと思うんだが。
というか、何処の国に手を引っ張りながらエスコートをする文化が有るんだよ!」
そうして、雪加に連れられ到着したのは周りに木が多く生えている
中に存在する大きな池だった。
「ほら祐也。あれ見て」
雪加が指したのは池の水スレスレのところに生えている木の枝。
其処には複雑に何本もの枝が組まれ、お椀のような形をした物体の上に
目元が黒く、他が真っ白な大きな鳥が居た。
「うっ、おっ!?」
「アオサギとその巣。中は良く見えないけど、卵がもう産んである」
そう言うと雪加はリュックの中から小さな図鑑を取りだし手慣れた
様子でページを捲ると『アオサギ』と書かれたページを見せてきた。
「アオサギはコロニーと呼ばれる集団繁殖地を作って、繁殖するの。
ほら、あっち見て」
「おお、凄いな......こんなにポンポンいるものなのか」
「彼処だけじゃない。ほら、向こうにも居るし、そのまた向こうにも」
自分では気付かなかったが、知らない内に俺の視界には大量のアオサギと
アオサギの巣が入っていた。鳥の巣と言うものを、ツバメ以外で見たことが
無かったし、大きな鳥の巣と言うことで始めこそ驚いたが、こんなに
何組も有ると有り難みが薄れる。
「......ん? あれ、他のと少し違わないか?」
巣とアオサギのペアを何組も見せられた影響か自力で巣を見つけることが
出来たのだが、その巣の上に乗っている鳥はアオサギとは少し違って見えた。
まず、アオサギよりも明らかに小さく目元が黒くない。
嘴もアオサギと違ってピンクではなく黒だ。
「あれはコサギ。アオサギとはまた別種のサギ。初めての野鳥観察で
見分けられるなら、才能有るんじゃない?」
「こんなのに才能も何も無いだろ。大きさと目元と嘴の色で直ぐ分かった」
雪加は俺の言葉に随分と気分良さげに笑う。
「祐也が私の趣味に付き合ってくれるだけでも嬉しいのに能動的に
その趣味をしようとしてくれて本当に嬉しい。今日はありがと」
「いや、此方こそ昨日までずっと付きっきりで勉強を教えてくれて感謝しかない。
俺の点はあまり振るわなかったが......そういえばお前は点数どうだったんだ?」
やはり、平均80以上は余裕であるのだろうか。数学と理科の
応用問題はマジで容赦が無くて泣いたのだが。
「英語100、数学100、理科、100、社会100、国語、90
だったと思う。やっぱり国語は頑張らなきゃ......」
「あのさあ」
合計すると、雪加の点数は490点。それを科目の数5で割ると98。
平均98点とは中々に頭が可笑しくないだろうか。
「何?」
「いや、中学生最初のテストだからといって平均98点は流石にヤバいだろ。
国語に関してはお前の不得意教科であり俺の得意教科の筈なのにお前の方が点良いし」
努力の量が俺と彼女とでは段違いなことは理解しているがそれにしても
恐ろしい。俺はこんな奴と同じ高校に行くことを夢見ているというのか。
「安心して。私がきちんと祐也の成績を上げてあげるから」
「学年トップの実力者にそう言われると心強いな」
「うん。取り敢えず祐也は一学期の成績で9教科中5の評価を
7つは欲し......あ、見て。ヤマガラ!」
何か不審な言葉を雪加が言い掛けていた気がするが.....忘れよう。
「ヤマガラって......全然見えないんだが」
雪加が見上げている木を双眼鏡で覗いてみるが全然見えない。
その時、『ニーニー』という不協和音のような鳴き声が頭上で聞こえた。
「ほら、あの鳴き声。祐也の頭の上の木に止まってる!
あ、ほら、横の枝に飛び移った! ほら、あそこ!」
どうやら、ヤマガラという鳥は随分と世話しなく動く野鳥らしい。
殆ど動きを見せないアオサギやコサギを見倣って欲しいものだ。
「ああ、何かチョロチョロしてるな。全然見えないが」
「双眼鏡を使えば! って......行っちゃった」
素早く双眼鏡を目に当てた雪加だったが、ヤマガラの方が素早さでは
上だったらしく、肩を落としている。これ程までに興奮している雪加は珍しい。
「残念だったな。また見れるだろ」
「......うん。ヤマガラ、可愛いから祐也に見せたかったんだけど、ごめん」
「いや、どっちが悪いかと言うとお前に場所を教えて貰ってたのに
見つけることの出来なかった俺だから。ほら、次を案内してくれ」
「分かった。付いてきて」
それから俺達は池沿いを歩きシジュウカラと言うらしい黒と白の
羽毛を持つ胸にネクタイ模様のある鳥や白と茶色でモフモフの鳥
エナガ等を見た。中でも心に残ったのは宝石の様に綺麗な青とオレンジの
鳥、カワセミだ。そんな綺麗なカワセミが口にくわえた魚を真剣に木へと
打ち付けている絵面が中々にシュールで今でも濃く記憶に残っている。
「ふう.....良い感じに疲れたな」
園内を歩き回り疲弊した俺達がやって来たのは公園の果ての方。
人通りの少ないベンチだ。
「今日はサンドイッチを作ってきたから、食べて」
「おお、旨そうだな。形も整ってるし、具も俺が好きな......
って、むごむごむごごごご!」
雪加が見せてきたサンドイッチに俺が感想を言うと、感想が嬉しかったのか
目を輝かせた雪加が俺の口にサンドイッチを突っ込んで来た。
「どう、美味しい?」
「おごごごご、うぐっ! かはっ。殺す気か!」
俺は勢い良く雪加の頭を叩いた。窒息死させられかけたのだ。
頭を叩くくらいで済ませてやるのだから軽いものだろう。
「......祐也に乱暴された」
雪加は自らの胸を抱き締めるようにして頬を紅く染める。
「勘違いされるような言い方をするな。お前が悪いんだからな?」
「それで、どう? 美味しかった?」
「何とか酸素を体に届けようと必死でこれっぽっちも味なんて
分からなかった。もう1つ、食わせてくれ」
そう言って俺が手を伸ばすと、雪加は再び目を輝かせて俺の手に
サンドイッチを置いた。
「頂きます」
見た感じ、ハムとキュウリが見えているサンドイッチを口に入れると
辛子マヨネーズの香りと味が口いっぱいに広がり、辛子の仄かな刺激と
柔らかいパン、塩気のあるハムと瑞々しいキュウリが合わさりとても美味しい。
「どう......?」
心配そうに聞いてくる雪加に俺は大きく首を縦に振った。
「無理やり口に突っ込まれることさえなければ、滅茶苦茶旨いな」
「本当に?」
「お前が料理を始めた頃、率直な感想を言ってくれって出された煮物に色々と
問題点挙げただろ。お前にお世辞を言ったことは今までに一度も無い」
俺がそう言うと、雪加は俺から目を逸らして髪を弄った。
彼女がこの仕草をするタイミングも大体分かってきた気がする。
「......じゃあ、六年生の時に『勘解由小路が好きだ』って
言ってくれたのも本当?」
突如として俺の顔から笑顔が消える。いや消えたように雪加には
見えただろう、というのが正しいか。兎に角、暖かい春の空の下
俺と雪加のベンチの周辺だけ、氷河期を迎えた。
「いや待て。待て待て待て待て待て! その言い方は色々と語弊がある。
いや、有りすぎる! その言い方だとまるで、俺がお前のことを......」
「それじゃあ、祐也は私のことが嫌いなの?」
「いや、好きだけど! そりゃあ、結構な付き合いだし、此処のところ
毎日弁当作って貰ってるし、勉強も教えて貰ってるんだから嫌いな筈は
無いんだけど! 好きだけど、好きじゃないと言いますか......」
俺の顔はみるみる熱くなり、火を吹いた。
「じゃあ私のこと、好き?」
先程から雪加が投げ掛けてくる質問はとても単純で短いものだ。
しかし、今の俺はその質問がテスト終盤の応用問題よりも難解なものだと感じていた。
好きと言えば語弊が生じ、嫌いと言うのは論外だ。となると最終的には
好きと答えるしかなくなる訳なのだが.....。
「好きか嫌いで言えばそりゃあ......好きだな。いや、その好きっていっても
loveじゃなくてlikeと言うかだな。異性として見てるとかでは無いから
勘違い......ちょ、雪加。近い」
現状を鑑みると、圧倒的に質問攻めをして俺の行動を制限している
雪加の方が優勢だ。そして、雪加は優勢という立場を利用するかのように
体を俺へと近付け、追い討ちを仕掛けてきた。
「私に向ける好意の感情が『love』じゃなくて『like』であるのなら
少しくらいの肌の接触、嫌悪感を抱く訳でも無ければ後ろめたいことも無い筈よ。
それとも、『like』とは言っても肌を接触させるという行為は気持ち悪かった?」
「ま、待て。その理論は色々と可笑しい。そもそも『like』という気持ちを
向けている相手であっても、体を突然近付けられたら嫌悪感以外に色々と
有るだろ! ......色々と」
雪加から何処と無く妖艶な雰囲気が漂っている気がする。
どこを目指してるんだこの悪女。
「要するに、祐也は好きでも無い人に近付かれて興奮する
最低責任能力皆無おと、こっ!? うぐ、うぐぐぐぐ!?」
俺は静かに、そして素早く雪加の口へとサンドイッチを突っ込んだ。
「俺が言った通り人に無理矢理突っ込まれたサンドイッチはあまり
美味しく無いだろ? きちんと味わえば美味しいんだがな」
冷静にそう言う最中も、彼女は悶え苦しみながら俺の体を叩き続けた。
「むぐぐ、うぐぐぐぐ! みぐ、みぐ! みぐひょうだい!」
「はい、水」
「んんっ、ごくごく。ゴクン」
雪加の喉が大きく動く。何とか飲み込めたようだ。
「祐也。最低」
「お前も同じことやっただろ」
俺はサンドイッチへと手を伸ばし、一口だけかじった。
「卑劣。下劣。劣等生。最低。低脳。存在自体が人権蹂躙。悪魔の代弁者。
祐也が生まれてきたことが驚天動地の大事件。阿鼻地獄と叫喚地獄に落ちて
その後、イベント・ホライズンの向こう側に行っちゃえ」
「いやいや、言い過ぎだろ!」
存在自体が人権蹂躙とか、俺は独裁者か何かなのだろうか。
「丁度祐也に苛立ったから、私の語彙力を試してみようと思って」
無茶苦茶な言い分だが、取り敢えず話は逸らせたので上々ということにして置こう。
「はいはい、機嫌直してくれ。これやるから」
そう言って俺は黒いテイッシュ箱くらいの大きさの箱を取り出した。
綺麗に黒と白の可愛いラッピングがされている。
「何? これ」
「誕生日プレゼント。今回はきちんと物にしようと思ってな。
遅くなったがおめでとう」
雪加は俺が突きだした箱を見て目を丸くした。去年の12月、俺の誕生日に
は彼女からマフラーを貰ったので彼女の誕生日にも返しておくのが
礼儀という物だ。
「あり......がとう。開けて良い?」
雪加の態度は先程と打って変わって、かなりしおらしくなった。
「お好きにどうぞ」
俺は何処かぶっきらぼうに伝える。
「じゃあ.....」
雪加はスルスルスルとリボンを解いていき、ラッピングを外した。
そして、その中に入っていたものとは―――
「眼、帯?」
「只の眼帯じゃないぞ。お前の好きそうな柄が描かれている奴にした」
雪加の好きそうな柄とは、金色の王冠の模様のことである。
中二病の彼女の琴線には触れる筈だ。そう思いながら俺は呆然とする彼女を見る。
「どうせなら開き直って隻眼も自分の特徴、ってことにしてしまえば
良いんじゃないかと思ってな」
暫し、言葉を失っていた彼女だが次の瞬間、その眼帯を見て微笑んだ。
なんやかんや言っても、隻眼をコンプレックスかどうかを決めるのは本人だ。
もし、まだコンプレックスに感じているのであれば彼女を傷付けることに
なりかねないとも思ったが、どうやら安心してよさそうだ。
「着けて見て、良い?」
「ああ。勿論、良いが......周りにトイレとかあるか?」
そう俺が言った瞬間、彼女は自分の白い眼帯を取り外し、投げ捨てた。
彼女の失明している左目が露になる。
「ちょっ......」
雪加は意地悪な笑みを浮かべる。
「どう? 初めて私の左目を見た感想は」
動揺する俺に雪加はまるで見せつけるように、顔を近付けた。確かにその左目は
右目とは少し違い、歪ではないがやはりお世辞にも義眼に見えない、とは言い難い物
だった。また、目の周辺の肌にも手術の過程で切ったのか傷のような物の痕がある。
「......まあ、別に。特にコメントは無いな」
「え?」
最初こそ動揺したものの、直ぐに平静さを取り戻した俺に
雪加は驚いているようだった。
「そりゃ、俺みたいに眼球を摘出してない奴とはちょっと見た目が
違うかもしれないけどさ。逆に言えば、それだけだろ? 眼帯をプレゼントした
俺が言うのもアレだが、普通にそれで外を出歩いても良いんじゃないか?」
「それは......」
「いや、別に言ってみただけだけどさ。お前が期待しているような
リアクションは恐らく俺には出来ないぞ」
勿論、自分と違う見た目を持つ者、ということでは最初こそ身構えるが
それは生物として当然のこと。それが雪加だと認識すれば、後は何も感じない。
髪型を変えたかどうかくらいの感覚だ。
「......そう」
「ああ。まあ、正直言って幾ら雪加だからと言っても顔面が抉れてたりしたら
順応するのに時間が掛かるかもしれないが......それでも普通に雪加と
接することが出来る自信はある。それに比べたら、小さな物だろ。
『見た目がどうであれ、お前が俺の大事な雪加という事実は変わらないんだから』」
俺はそう言ったあと自らの発言を大きく後悔した。かなり恥ずかしい
言葉を言ってしまった。
「......ありがと。折角だから、眼帯付けるね」
雪加はそう言い、手慣れた様子で眼帯を左目に装着した。すると雪加のイメージが
ガラッとに変わった。今までもかなりクールな雰囲気が漂っていた雪加だが
黒に王冠という、眼帯を着けることでより涼しげな雰囲気が醸し出されている。
「......似合うんじゃないか? あくまで俺の感想だが」
俺が精一杯の誉め言葉を贈ると、雪加は不満そうに頬を膨らませた。
「最後のは余計。私は客観的な事実よりも祐也の主観的な評価を
最優先に考えている」
「あっそ」
俺は興味無さげに、目を逸らしてまたあの美味しい
サンドイッチを口にした。
「本当にありがとう......祐也の誕生日もきちんと祝うから」
優しげな笑みを浮かべる雪加。その表情が俺の瞳には美しく映った。
......だからだろうか、先程かなり恥ずかしい言葉を言ってしまい
後悔していたにも関わらず、俺の口は一人でに動いた。
「あのさ、雪加?」
「何?」
「やっぱり俺、お前のことが好きみたいだ」
そんな、時の止まった世界には勢いに任してそんな言葉を放った俺と固まった雪加
そしてその状況を嗤うかのように鳴くヤマガラだけが取り残されたのだった。




