感情を読む先輩
「お、祐也君手作り?」
「まあ、一応」
先輩がそう言って覗いてきた俺の弁当には、色とりどりのおかずが
詰め込まれていた。我ながら手の込んだ弁当である。
「あはは、私あんまり料理出来ないから何時も冷凍食品に頼りきりなんだよね」
少し恥ずかしそうに先輩は頬を掻く。時は昼。自然観察の前半を終えた
俺達は各々の弁当を食っていた。
「良いじゃないですか、冷凍食品。安い、手軽、旨い......とか言ったら
怒る奴が居るんで言いませんけど」
アイツから貰った謎の鉄則の第二条には『栄養管理をきちんとして、菓子類を
食べ過ぎないこと』と書いてあった。冷凍食品なんて食べたら一週間は口を
聞いて貰えないだろう。今はアイツはいない訳だが。
「それって誰?」
「俺の唯一の青春です」
「あ、はぐらかした」
先輩は少し意地の悪い顔で此方を見つめる。
「別にはぐらかしてなんかいませんよ。事実なんで」
「ふ~ん。祐也君に青春かあ」
何だ。俺に青春なんて有るわけがないと言いたいのか。
「というか、何で先輩が俺の横にいるんですか。其処は小戸森の特等席ですよ?」
「祐也君今日の自然観察の時も一緒だったけど小戸森さんと仲良いんだね」
先輩は冗談交じりにそう言うが俺はその言葉に即答出来なかった。実際どうなのだろうか。
仲が良いの定義ってなんだ? 心が通じ合う......いや、抽象的過ぎる。馴染み深いとか?
いや、馴染み深いというのは慣れ親しんでいるという意味であって、俺と小戸森は慣れ
親しむまではいっていない。ということは俺と小戸森は仲良い訳では無いのだろうか。
駄目だ。分からん。
「お~い祐也君?」
そうか、世界とは時間と空間を超越したものであって......。
「・・・・」
でも、其処には矛盾が生まれるし。
「ねえねえ、祐也君聞こえてる~?」
成る程、これでアインシュタインの提唱した説は全て否定出来て......。
「てやっ!」
急に横から衝撃を感じた。
「うわ、ビックリした。折角今、世は個にして全であるという結論に
至りそうだったのに何てことをするんですか」
「そんな話してなかったよね!? え、何? 哲学!?」
「それで、俺と小戸森が仲良いかでしたっけ? 実際どうなんだ?」
俺は小戸森に視線を向ける。
「其処でボクに話を振って来ますか......」
小戸森はまるで溜め息を吐く様にそう言って続けた。
「ボクと先輩が仲良いかは良く分からないですけど少なくとも
険悪な仲ではではないと思います」
小戸森は俺の様子を伺いながら恐る恐る言う。
「ま、そんな感じです」
「そっか。私としては部員同士の関係が悪くないってだけで嬉しいよ」
笑いながらそう言う先輩の言葉は偽善でも何でもなく、無意識に本心から
漏れ出た言葉だということが感じられた。純粋に人が良いのだろう。
「というか先輩。料理とか出来たんですね」
意外そうに話すのは小戸森だ。
「まあな。特別得意って訳じゃないが、軽い家庭料理くらいなら大体作れるぞ」
料理男子ってポイント高いらしいし、俺ってマジ優良物件。悪い点なんて猫背でノリが
悪くて目が腐敗していて、コミュ障でボッチで運動神経皆無で嫌いな奴の神経を逆撫で
したときに言葉に出来ない快感を得ると言う悪癖持ちなだけだぞ。......誰だよ優良物件
とか言ったの、滅茶苦茶ボロい事故物件じゃねえか。
「先輩の作って来てくれた芋天、美味しいです」
俺が自分を客観的に見て絶望していると、突然小戸森がそんな感想を言ってきてくれた。
「まあ、俺の作った料理だしな」
「『先輩』の作った料理だという事実がマイナス点ですけど」
何この子、酷すぎない?
「レシピは俺のじゃないから勘弁してくれ」
「ネットとかのレシピですか?」
「いや、人に教えて貰った奴」
「親とかですか?」
「いや、親じゃない。まあ、知人?」
「ネットでも親でもなく知人......先輩、ボッチで寂しいのは分かりますが嘘はやめましょう?
先輩に料理を教えてくれる知人なんて居るわけ無いじゃないですか、現実を見ましょう?」
「確かに俺の人間関係が悲惨なのは認めるが、料理を教えて貰ったのは本当だ。いや、厳密に
言えば教えて貰った訳じゃないが」
「というと?」
小戸森は更に聞いてくる。どんだけ俺の事知りたいんだよ。
「言わなきゃ駄目か?」
「はい、出来れば。無理強いはしませんが」
「......レシピ本」
「はい?」
「手書きのレシピ本」
俺は小戸森と目を合わせないように言う。
「え......」
「一般的な家庭料理の作り方が書いてあるレシピ本を貰った」
うわあ、自分で言ってて恥ずかしい。
「んな。先輩にそんな人、居たんですか。先輩って思いっきりボッチですよね」
「それが居たんだよ。まあ、基本的に前の学校でもボッチだったけどな」
「その方って、先輩の友達ですか?」
「分からん。アイツが俺のことをどう認識していたのかは。友達の定義なんて
人それぞれ相異なるものだろうし」
だから俺は『友達』なるものを作りたくないのだ。何時かその関係への
認識の違いに苦しめられる気がするから
「え、もしかしてその人って、さっき祐也君が言ってた冷凍食品を
食べたら怒るって言う人?」
宗里先生との話を終えたらしい先輩は妙に察しの良いことを言ってきた。
「そうですけど、良く分かりましたね?」
「あはは、何と無くだけど、さっきと一緒で何かを懐かしむような
感情を君が出していたからね」
「そう言う異能力を活かしたいなら、異世界にでも行ってください」
『相手の感情を読み取れるという異世界最強能力で異世界征服』とか何とか言う
長ったらしいタイトルのラノベになる気がする。
「いや、そんなに当たる訳じゃないんだよ? ただ、何と無く相手の感情が
見えるときが有るだけで」
「じゃあ、今の俺の感情はどんなものですか?」
これで当たったら面白いと思い、俺は先輩に質問をする。俺は3000時間くらい
やりこんだゲームのデータが消えたときの感情を思い出した。
「えと、何と無く空っぽな感じ? あ、虚無感とか?」
「うわ、恐ろしい」
「あはは、祐也君は分かりやすいんだよ」
「分かりやすいって、そんなババ抜きみたいなノリで言われましても」
先輩にこんな特技があったとは。先輩と長い付き合いの宗里先生なら
知っていたりするのだろうか。
「芦原、お前そんな事出来たのか!?」
......知らなかったらしい。
「あはは、別に百発百中って訳でも無いんですけどね。当たる確率は4割くらいでしょうか。
祐也君なら六割くらいかもしれませんけど」
先輩は苦笑しながら宗里先生に言う。俺、そんなに単純なの?
「それ、何かの商売に使えると思いますよ?」
「いやあ、でもさっき言った通り、百発百中じゃないんだよ。外すときは普通に
外すし、人によっても読みやすさが変わるしね」
相手の性格とかを些細な動作から直感的に当てる事が出来る人が居るというのは
知っているが、それと同じような物だろうか。
「成る程。それでも練習すれば確率もあげれると思いますし、路頭に
迷ったらそれで日銭を稼ぐのも良いかも知れませんね」
正直言って羨ましい。中学生の頃の俺がそんな能力を持った暁には滅茶苦茶
中二臭い名前を付けて生涯の黒歴史を刻むこと確定だ。
「考えておくよ。皆食べ終わったみたいだし、そろそろ行きましょうか。先生」
周りを見渡してそう言った。確かに全員食べ終わっている。幻中と
調月は全然喋らないので存在忘れかけていたが。
「おう、そうだな、皆も良いか?」
先生がそう聞くと、静かに皆が頷いた。
「よし、じゃあ行くか」
自然観察部、第一回自然観察後半戦開始。




