第二十二話 ひと時
富樫ら一行はアルゲンまで残り二十キロ地点に居た。
この辺りは田園地帯なのだがもうそこにはのどかな風景などは微塵も残っていなかった。
道に横たわる死体を兵士たちは嫌というほど見ることになったのだ。
それは富樫も変わりない。
軍帽を鼻が隠れるまでかぶって両手を頭で抱えているほどである。
富樫は怒りさえ感じていた。
さっきまでの晴天とは違い序所に空が雲がかってきた。
気持ちが悪いまでに灰色の雲が空一帯を覆い完全な曇天となったのであった。
「主戦派の奴ら……一人残らず皆殺しにしてやる。」
歯を食いしばるまでに暗い声でつぶやいた。
途中、小さな村があった。
住民は七十人ほどののどかな村だ。
富樫隊は村の一角を借りて部隊の休息をとることにしたのである。
「この度はお世話になります。」
富樫は幹部らを連れ脱帽し敬礼を行った。
それは深々と二十秒間もの敬礼で
その後富樫は町に在るベンチに腰掛け、片手で額を覆った。
するとそこに一人の小さな少年が通った。
「こんにちは。申し訳ないけど水を一杯貰えないかな。」
「お兄さん、偉い人?」
「まぁそうなっちゃうかな。」
富樫は思わず苦笑した。
だがこれは久しぶりの笑顔と言ってもいいのかもしれない。
今までのトガシのひきつった顔と想像もできない精神状態からすればこのようなほんの小さな出来事でも笑うことができて少しものリラックスになるのだ。
だが、こんな富樫の思惑とは裏腹に少女は、
「お兄さんが偉い人なら水はあげられない。」
「どうして?」
「だって偉い人は好きな時に好きなことができるじゃないか。」
「⁈」
これにはさすがに驚いた。
周りが聞けば顔面蒼白になるだろう。
何しろ富樫は皇帝であり事実上国の法的執行権がある。
人なんて指一本でどうにかできてしまうのだ。
だが彼は違う。
「ハハハハハ、これは一本取られた。」
富樫は軍帽を思いっきりとると笑みを浮かべて自分の頭をペチンと一回弾いた。
「でもね君、僕はみんなのために必死で働くよ。」
「それ、ほんと?」
「そうだよ、偉い人はその分皆の事を守ってあげないといけないんだ。」
「わかった。水持ってくる。」
「ありがとう。」
少年は急いで家に走っていった。
富樫は軍帽をかぶりなおした。
少年が家に入って見えなくなると富樫は。
「だから君も、いつか誰かを守れるようになるんだよ。」
誰も聞いているわけでは無いのにそう囁いたのである。
しばらく経つと少年はコップ一杯に水を入れてやってきた。
「はい、お兄さんに」
「うん、ありがとうね。」
少年はコップを渡すと富樫の横に腰を掛けた。
「お兄さん、戦争はどうなっているの? 最近は大人が白くて大きな箱を担いで皆暗い顔をしているんだ。どうなっているの? ねぇ。」
白い大きな箱…恐らく棺だろう。
「正直に言うとみんな悲しいよ、でも戦わなくちゃ。負けたらそれこそ皆はもっと暗い顔をするよ。毎日が地獄さ。それでも戦って戦って皆を守らないといけない。君は一杯勉強をして仕事について皆を守ってあげてね。国の事は僕に任せて。」
正直回答になっていない気がした。
けれどもここで本音をぶちまけられたのはせめてもの救いだよ。
だろ、クニカロ。
こんな時間も長くは続かづ出発の時となった。
出発をするとき村の住民一同が見送りをしてくれた。
「ありがとうございました。」
富樫が礼をすると群衆の中から少年が飛び出してきた。
「お兄さん、僕も一生懸命戦うよ。戦って、戦って皆を守るよ。」
その言葉に富樫は心を打たれた。
「ありがとう、でも君はお母さんとお父さんの言うことしたがってね。命さえあればやれることは無限大だ。」
程なくして総員乗車の号令がかかった。
いよいよ決戦である。
富樫も閣僚も官僚も兵士も国民も皆が必死になっているのを感じたのであった。




