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やっと面接が終わりそうです。
俺は手に持つ文章の書かれている紙をもう一度見下ろす。
こんなのがテストで、一体なにをテストしようというのだ。
一体どんな仕事ならばこんなテストに意味を見出せるのか、まるで理解できない。
だがもう一度続くように催促されたので、俺もこみ上げてくる疑問を一旦忘れ、思考をまとめる。
これはまだ面接なんだ。どんな仕事であれ、いまさら投げ出すことわけにもいかんだろう。
後のことはまた後で考えればいい。
「三つ目はですね、なんといえばいいんでしょう・・・ちょっと惜しいですね」
三つ目は前の二つとすこし違って、同じく最近流行の異世界転生のテンプレの一種。
いわゆる神様が間違って主人公を死なせてしまい、元の世界にはなぜか戻せないので、お詫びとしてチートスキルを渡され、異世界に転生する羽目になる話。
さて、正直に言うと、こういうのはテンプレのネタとしてはいい線行っているほうなのだよ。
だがこれすらアウトにしてしまったのには当然問題があってな。
神様が間違って主人公の死因を作ったから、それをなくすことができないのならお詫びをもらって異世界転生するというのは、それなりに理にかなっているんだ。
だってさ、故意のできことじゃないならさ。主人公の視点からしたら理不尽極まりないかもしれないが、大体のところこういうのは「仕方ない」ことなのだ。
むしろ、ちゃんと償いをしてくれる時点で普通に感謝すべきなのでは?
そのまま事故死と片付けられるのだぞ。
しかも神からしたら気にする必要も詫びる必要もなかった一人の人間を特別扱いしたのだぞ。
まぁ、そう言われると余計悪く思われるかもしれないがな。人間がすべてのものを平等に見られないのと同じだし。
ただ、この神様の間違い方法まともならばな。
たとえばなぜか低確率の事故が発生してしまったとか。
たとえば雷が落ちてしまったとか。
たとえばなぜかいきなり足元に穴ができてしまったとか。
間違って生命帳を消し飛んだのってなに?これ人間が一人、間違って死んでしまっただけで済む話?
それにテンプレの神様はともかく、もう一つ問題なのは主人公側のほうだ。
もう俺個人のツッコミであるのかどうかすら怪しいが。主人公は平原に放り出されて数時間以上ずっと現実逃避していた。
よくそれで死ななかったな。
非現実的なできごとに思わず放心してしまうのはまぁ、理にかなってはいる。だがそれは時と場合にもよるものだ。
ほら、よくあるだろう?放心してしまい死んでしまう人たちのことが。いろんなアニメや映画の中で。
さらに、主人公は一度神様に会っているのにもかかわらず、この後付け感のひどいショックの受け方。
普通ショックを受けても、生きれるのならそれを必死にチャンスをつかもうとするはずだ。
すべてを忘れてとりあえず地理の確認、またはまず自分が隠れられて安心できる場所を探すのが先決。
食料を用意して、安心して休められる場所にいて、もしかしてのときに使える武器を手に持って、やっと現実に振り返られて、自分が望めるようにこの非現実を否定したがるのだ。
こういう風に一度話しを通していても、後から数時間ショックを受けるという贅沢、本当によくできるものだな。
でもまぁ、それ以外特に問題は少ないわけだし、二つ目と同じそこらへんをなくせばいい線いくほうだな。
そこに存在しているという事実以外のすべてが欠けおちているような試験官は、ずっと紙の上になにかを書いていた手を止めた。
「うん、やっぱり惜しいですね。もうすでに適正が働き始めましたか」
「そう、ですね・・・俺としてはいろいろと説明してほしいんですけど」
一体なにが惜しいのかがわからないが、それでも俺は今までに阻まれていた思考、意識的に逸らされたありえない記憶を認識することができた。
話していてすこしつづだけど、あれやこれやにツッコミを入れることで、俺は自身にあった矛盾に気づくことができた。
まるで自分の記憶だとも思えない、『自分自身』の第三人称視点の記憶。
スクリーン越しで見ているような記憶に同調する、ありえない実体験と思えるような心理活動。
あやふやになった時間感覚。
身に覚えのないバイトへの応募と、この面接へ至るまでのすべての過程。
なによりも、目の前にいる得体の知れない『存在感』以外なにもない無貌の面接官が、俺に信じたくない非現実を訴えてくる。
笑っちまうよな。
自分の足元からなにもかもが崩れていく危機を覚えながらも、俺は怒ることもできず、慌てることもできない。
俺は今ありえないほどに冷静になっていた。
もう自分自身の存在そのものが信じられないのにも関わらずに。




