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食堂に行くと、台所で何かを作っているレイさんが居る。
ポチを膝にのせて椅子に座り、ぼーっと何気なしに後ろ姿を見ていると声が掛かった。
「もう少しで出来る」
うん、と軽く返事を返す。もう少しなら出しとくか、と思い、ポチを下におろして席を立つ。食器棚から二人分のお皿を用意する。レイさんの傍により、鍋の中を覗くと「危ないだろ」と言われる。危なくなんかないって、と返せば「何をしでかすかわかったもんじゃない」と言われる。なんかしたっけ?と思ったら、森で迷ったときの出来事を思い出し、それは私のせいじゃないでしょ!と思わず反論する。そうすると笑いをこらえるように「そうだな」と鍋をかき回しながら返された。なんだろう、やっぱり過保護じゃない?そんな子じゃないんだけど…
はっ…!
わ、わかってしまった…もしかして、レイさん、本気で私のこと子ども扱いしてない?
両手に持ったお皿を落とさないようにし、レイさんを見る。
その視線に気づいたのか、こちらを見返してくる。
「どうした、皿ならその辺に置いとけ」
…こ、この眼差し…お父さんだ…めっちゃ優しい眼差しをしておる…
すこしだけ、理解できる…つまりはレイさんは私のことを子どもだと思っているんだ。
「おい、どうした」
「…パパ?」
「…殴られたいのか?」
いやん。
さて、私はいつの食べたらソファーに座って過ごしている。食べた後に、ぐーだらするのって、最高…なんだけれども、今日は違う。ポチには別の部屋で待っててもらい、ずっと気になっていたことを聞くのだ…!
「レイさん、私に魔法教えてください」
向かい側で寛いでいるレイさんは一瞬顔をしかめる。
「それは…」
「使うなって言われてるのは覚えてます。それに今まで必要性というか、魔法とか考えたことないんですけど、使えるなら一度は使ってみたいなーって、興味がわいちゃったり…」
ちょっと緊張する。今言ったことに嘘はない。私が魔法を使えるようになれば、少しはレイさんの役に立てるんじゃないかと思っている。
レイさんは珍しく眉を下げ、あー、そうだな、と言葉にならないことを言うと、
「残念だが、俺は魔法は使えない」
「え?」
「いや、語弊があるな。俺は精霊と契約して、精霊の魔力で魔術を使っている。が、お前は自分で魔力の生成ができる。元々魔力を持っている奴がどう魔法を使うのか俺にはわからないんだ」
えーっと、つまり、魔力持ちと精霊との契約では魔法の使い方が違うってこと?
「じゃあ無理ってことですよね」
「そうだな」
あー残念だな。せっかく持っているのに使えないなんて…宝の持ち腐れってやつか。
他にできることは何だろうと考えつつ、俯く。
居候なのだから、レイさんに何か言われるまで下手なことはしない方がいいのは確かだけれども…魔法という私にしかできないことがレイさんの助けになれば、ここに居てもいい、許されるような気がしたんだけどな。
「…なぜ魔法を使いたいと思った?」
「え?まあ、使えるなら使ってみたいなーって思いました」
「なぜ?」
え、めっちゃ聞いてくるな。
そこまで聞かれることなのかと思っていると、真剣な眼差しがこちらを見ていた。
「なぜ、今更になって魔法に興味を持った?使えなくとも変わりないだろ」
「まぁ、そうですけど」
ちょっとムカッとする。でも、そんな風に思うことは傲慢な気がして、平然としたような態度をとる。
魔法を使いたい理由なんて決して言えない。言葉にするのは難しいし、恥ずかしい。なによりそんなことを言ってレイさんを困らせたくない。…今困らせているかもしれないけど。
「まぁ、私が魔法が使えないとこはわかりました。もう使おうと思わないで、安心してください!」
レイさんの眼差しが痛いほどに感じる。直視するのが恥ずかしくて、目を細めてそれを打ち消すように努めて明るく、笑顔を込めて言う。
「さっきも言いましたけど、使えたら使ってみたいなーって思っただけで、何しようかなんて考えてなかったんですよ!だから、」
もうこの話は終了です!、そう言いたかったけれど、
「決して使わないと約束できるか」
「え?」
話の途中で立ち上がったレイさんは、私の目の前で膝をつき、両手で手を包み込んでいる。私の話を遮るように、繕るような眼差しで、驚いた。この人がこんな顔をするのだと。そしてめっちゃ移動早いなと。
なぜなのだろうか?魔法で肉親を殺されたのか…あ、レイさん、手めっちゃ大きいですね、それにあったかい…
そんなことを私は思いつつ現実逃避をしていた。
いや、だって、めっちゃ顔がいい…こんな至近距離で顔を見てしまうとだめですね。いつもは甘えや妥協を許さないような、教官のような顔の人間が、やるせない悲しみを隠せずにいる。
ギャップ萌え…………いや!だめだろ!はよ答えないと!
「あ、はい」
って、その場で適当に返事したみたいな感じじゃん!いや、私は一生懸命いいました。でも、気の利いた返事ができねぇっ!!!今までの人生の中でこんな状況経験ないから、無理です!
もうだめ、こんなんじゃ、安心してもらえないぞ…
「そうか」
え?オッケー?
「使わないのなら、いい」
「使ったらどうします?」
あ、やべ。つい口が滑ってしまった…
「約束したばかりなのに、もう破る話をするのか…」
呆れた表情をしてこちらを見ている。
「そうだな、もし使ったらここにはもう住めんだろうな。別のところに居を構えよう」
ここに住めくなるようなことを私がするとお考えなのですね。そして私のことも連れて行ってくれるんですね。保護者…パパ…
「…」
「…レイさん?」
黙り込んだまま、どこか遠くを見ているような様子に見える。なんだろう、まだ言葉が続きそうな気がする。私も黙って続く言葉を待つ。
「それだけだ」
「え?」
待たさせといて、それだけなんですか?!
けれどもこれ以上は話さないとばかり席を立つ。
なんなんだろう。何を考えてたんだろう。
少なくとも、私が魔法を使わなければいいんだろうなーと思った。




