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俺が侯爵になっても、ハーレムは作りません。  作者: 真木あーと
第四章 俺が領地を守っても、英雄にはなれません。
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第二節

「彼女に俺のこの鮮血のようなルビーを探してくれないか?」

「か、かしこまりました。ですがとりあえず止血をお急ぎになった方が……」

 店主が目の前にいるはずだが、ちょっと見えなくなってきた。

 そろそろ視界もヤバくなって来たか?

「そうだな、おい、ヴァンテ、そろそろ死ぬから手当してくれ」

「分かりました、ではまずは服を脱いでください」

「脱がなくてもいいだろ!」

「いいえ! これは重要なことなのです。さあ!」

「あーもうっ! ヴァンテ、下がって!」

 イライラしたのか、リンが一歩俺に近づいた。

 俺の目の前で、俺の両腕を握る。

 小さな声で、なにやらブツブツとつぶやくと、リンと俺が光に包まれる。

「あ、れ……?」

 その、暖かい光に目を閉じる。

 それは一瞬のことで、すぐに目を開くと、やっぱり少し怒ったリンの顔が目の前にあった。

 ふと、手足を見ると、血は残ったままだが、傷が全て治っていた。

「あ、あれ? リン?」

「……治しただけよ。大したことじゃないわ」

 ぷい、と横を向いて言うリンが、少し可愛かった。

 そう言えば、リンってネイガル魔法学園をこの歳で既に卒業してて研究者をしてるような天才なんだよな。

 学者とか研究者ってイメージがあったけど、それ以前に魔法使いなんだよな。

「ありがとうな、リン」

「自分でやったことを自分で片をつけただけよ」

 ふん、と腕を組むリン。

 もしかして、拷問の時もずっとこうやって治してくれてたのかな。

 考えてみると、いくら俺の回復力が早いと言ってもあまりにも早すぎた。

 あれはある程度リンが回復させているのかもしれないな。

「じゃ、そろそろ宝石(プレゼント)を買うか。ここでかなり時間も食ったし」

「かしこまりました、既にいくつか持ってきております」

 店主はいくつかの指輪をテーブルに並べる。

「大きければいいってものじゃないが、この大きいのはいいな」

 俺は、サファイアの大きい石が中心にはめられた指輪を指さした。

 その周囲はキラキラと光る小さな石が散りばめられている。

 俺はそれをリンの小さな指にはめてやった。

 むすっとしていることが多いリンもまんざらでもない表情でそれを見ていた。

「この周りのは何だ?」

「はい、これはステラスでございます。宝石の脇役としてはぴったりの存在ですから」

「へえ」

 ステラスってこの領地でよく採れるとは聞いてたけど、あまりよく見たことなかったんだよな。

 思ったより綺麗だな。

「ステラス……?」

 それを聞いてリンは訝しげに、睨むようにその指輪を見る。

「どうしたのか?」

「なんでステラスなんてものを使ってるのよ?」

「そりゃあ、カーリャ侯爵領がステラスの産地だからな。かなりの量が採れるらしいぞ? 使い道があまりないからこうやって使ってるんだよ」

 俺が言うし、店主もそれに頷くが、リンは深刻な表情になった。

「ステラスって、その手の魔法使いが欲しがる宝石よ? こんな安売りするものじゃないわ」

 そう言えば副総監も魔法使いが欲しがってるって言ってたな。

「そうなのか。じゃ、欲しけりゃリンもいくらでも使っていいぞ?」

「冗談じゃないわよ!」

 怒りとともに怒鳴るリン。

 な、何だ?

 怒るリンはよく見るが、こんなリンは初めて見るかもしれない。

 腹が立つ、という感情じゃない、これは憎しみに近い感情だ。

「落ち着け、リン。どうしたんだ?」

 俺はリンを落ち着けるため、頭に手を置いてやる。

 リンは少しだけ落ち着いて、それでも怒りに満ちた目をしていた。

「ステラスは、魔力を増幅し、爆発させるための触媒。研究でもこんなものを欲しがる魔法使いは戦争でも企んでいるに違いないわ!」

 怒鳴るリン。

「それは、本当なのか? リン」

「そうよ。まあ、まだ知られていないけど、少し前にそれが分かったのよ。ギーヴ王国の研究成果だけど……その研究者(魔法使い)が、うちの(ネイガル魔法学園)出身(卒業生)だから、よく知ってるわ……!」

 苦々しげに言う、リンは悔しそうだった。

「それ以来、ステラスを研究すれば各国王族貴族に抱えてもらえると、みんなこぞって研究するようになったわ。あんな、殺傷しかできないような技術を!」

 悔しがるリン。

「だから落ち着けって! これはひとつの平和利用だろ?」

「……そうね」

 リンは大きく息を吸って、吐いて座り直す。

「この(ステラス)そのものに罪があるわけじゃないしね」

 リンは穏やかな表情でその指輪を見つめる。

「じゃ、これでいいわ」

 自分の指を俺に見せて言うリンの表情は、だが穏やかにはなり切れていなかった。

「わかった、じゃあ店主、これをもらおうか」

「ありがとうございます」

 店主が頭を下げる。

 俺は料金を支払って、外に出た。

 本当ならこういうのは召使にさせる物だとミリィなんかには(たしな)められるんだが、ついて来てるのがヴァンテだけだからなあ。

「ふう、なんだか仕事よりも数倍疲れた気がする……」

 俺は正直な感想を述べる。

「あんたとあんたの過去が悪い」

「あらゆる過去はもはや不可抗力だろ。あんな悪ガキがこんな立派に成長したことを喜んでくれよ」

「…………」

 リンがちらり、と俺を見る。

「なんだよ?」

「私は生まれた時からあんたの婚約者(フィアンセ)で、その悪ガキ時代にも会ってるはずよね?」

「そうだな?」

「でも、そんな悪戯されたこともないわ?」

 キッと睨むような目で俺を見るリン。

 なんだよ、して欲しかったのか? などとは言わない、もう痛いのは嫌だから。

「俺が悪ガキの頃って、お前は四歳五歳の頃だぞ? そんなのに悪戯なんてするわけないだろ?」

 さすがの俺でも、子供の頃に六歳も年の離れた子供に悪戯をするわけがない。

「じゃあ、あんたが悪ガキだった頃に、今の私に会ってたら、悪戯してたの?」

「いや、そんな事言われてもな……」

「どっちなのよ?」

 なんで問い詰められてるんだ、俺?

 リンの目は、嘘を許さない目だ。

 答えがどっちにしても、正直に言うしかないだろう。

 どうだろう、目の前にいるのは、可愛い女の子だ。

 色素の薄い銀色の長い髪、真っ白い肌、赤に近い瞳。

 こんな子とあの頃に出会っていたら──。

「悪戯してたと思う。スカートめくったりパンツ脱がせたり」

 俺が正直に言うと、リンは途端に頬を染める。

「このロリコンっ!」

「いや、その時は俺も十歳だからちょうどいいだろ!」

「……ふん、命拾いしたものね。その時のあんたに会ってたら、生きてなかったかもね」

 そう言って、ヴァンテが持ってきた馬の方へ歩き出す。

「なんだよ、それ……」

 自分から言っといてなんだよその態度。

 ま、そりゃあ、しょうがないか、あんなこと言われればな。

 俺は、リンの後に続こうと歩きだした。

「……ん?」

 街並みを見渡していると、見たような人物に出くわした。

「あれは、副総監……?」

 貴族とは思えない質素な服を来ているが、あれは外交副総監のオーブ子爵だ。

 彼はこちらに気づいた様子もなく、街を歩き、さっき俺たちが出ていった宝石店へと入っていった。

 あれ? ここってカーリャ侯爵領だろ?

 なんであの人がいるんだ?

 確かオーブ子爵領って、首都(トヨカ)のそばにあるんじゃなかったっけ。

「知り合い?」

 リンが聞く。

「まあな。外交副総監だ。こんなところにいるはずがないんだが……」

「そう……怪しいなら調べたほうがいいわね。ヴァンテ、あの人の様子を見てきて」

「はっ」

 ヴァンテはそう返事をすると、宝石店へと戻っていった。

「これでいいんでしょ?」

「まあな。でも、あいつを置いていくわけにもいかないよな。隠れて待っていようか」

「あの子は別にほっといても勝手に帰ってくるんじゃないの?」

 そう言えば、馬についてくるような奴だったな。

「ほっといて他回ってこようか」

 俺は馬に乗って、リンに手を差し出した。


「ステラスを大量に注文していった?」

 リンとカフェで歓談していたところにヴァンテが戻ってきて、そう報告をした。

 行き先も伝えてないのにどうしてここがわかったのか疑問だが、あえて聞かなかった。

 匂いとか言われても怖い。

 で、ヴァンテの報告は、時間をかけてやっと機嫌をよくしてきたリンの機嫌が一気に元に戻す内容だった。

「はい、買えるだけ買いたいとおっしゃっておられました。その後もいくつかの宝石店を周り、注文を繰り返しておりました」

「おかしいな、副総監には安くステラスを譲ると約束したんだがな……」

 ただでさえ安いステラスを更に産出地領主から手数料(マージン)無しで売るって言ってるのに、わざわざ宝石店を経由して買う必要はないだろう。

「それだけ大量に手に入れたいんじゃないの? いろいろなルートを駆使してでも」

「そうなのか? にしたって、ステラスなんて欲しければいくらでも安くあげるつもりなんだがな。こっちは買ってくれるだけでありがたいんだし」

 俺はそう言いながら、紅茶を口にした。

「だから、最近ステラスの研究が進んで、実は軍事に重要な資源だって分かったのよ。そんなものを大っぴらに大量に買い付けたら、どんな噂が立つか分かったものじゃないわ」

「そうか、そうだよな……」

 いくら魔法使いが大量に欲しがったと言ってそのせいで誤解を受けるなんてことになったら目も当てられない。

「って事は、それだけ大量に欲しいって事か」

「そうね、そうなると、問題はそれをどう使うかって事が問題になるわよね」

 リンは思案げな瞳をしつつ、腕を組む。

 何だろうな、十歳の女の子の表情じゃないな、これ。

「それを本人が買い付けているってところにその答えがあるかも知れないわ」

「? どういうことだ?」

「だって、子爵様本人がわざわざこの田舎までやってきて買付をするなんて、普通ならありえないわ。しかも裕福な市民か、下流貴族に変装して。貴族なんだから、危ない橋を代わりに渡ってくれる腹心くらい必ずいるわよね。となると、そんな腹心にすら任せられないことなのかも知れないわね」

 リンの言うことは半分くらい分かったが、後半何が言いたいのか分からなかった。

 何となくこんな歳下の女の子が難しいことを言ってるのが面白くなかった。

 これが妹じゃなかったら、その難しいことを言う口を塞いでやる、とか言ってキスするところだ。

 あ、妹じゃなかった。

「その難しいことを言う口を塞いでやる!」

 俺は考えるのが苦手なので、条件が揃ったらそのまま行動に移す。

 俺はそのまま言葉通りリンの唇を塞いでやった。

 リンの唇は柔らかく、驚いたリンが鼻から息を吸い込む音だけがした。

「んぐっ! な、なななっ! 何す……きゃっ!」

 あまりに驚いて、椅子から転げ落ちるリン。

 リンが好む短めのスカートからは細い太ももが覗く。

 あれ? ここはうっとりするんじゃなかったっけ、まあいいや。

「で、副総監が自分で動くってことはどういう──」

「なーにーなかったことにしようとしてんのよ!」

 リンは起き上がって俺に攻撃をしようとするが、テーブル越しなので何も出来ず、手をばたばたとさせるだけだった。

 そんな俺の肩をぐっとつかむ腕。

「リネーラ様、私が代わりに何かいたしますが、どのズボンを脱がしましょうか?」

「ズボンは一つしかないし、カフェの真ん中で脱がすな!」

 俺は後ろから肩とズボンをつかむヴァンテにそう突っ込んだ。

 よく考えたら、こいつは暗殺者(アサシン)出身で、何も知らないこいつに常識を教え込んだのはアンオツなんだよな。

 どおりで行動が似てると思った。

 隠密行動が得意なアンオツとか、洒落にならないな。

 見た目は可愛いから、まともに育ててたら、いいメイドになってただろうにな。

「はあ……いいわよ。婚約者(フィアンセ)に唇を奪われるなんて別に珍しいことじゃないし」

「そうですか……」

 がっかりしたようにヴァンテが下がる。

 リンは着替えの時も思ったけど、自分の感情よりも「婚約者(フィアンセ)だから仕方がない」ってのを優先させるんだよな。

 だから、俺のこと本当は大っ嫌いで、でも結婚することは決まってて、変えられない運命だから従ってるだけって事も、ないとは言えないんだよな。

「何の話してたか忘れたじゃないの……ああ、どうして本人自ら来るかって話ね。本人が来るってことは、腹心にも任せられない重要な話をしに来たのか、それとも腹心にも秘密の話をしに来たのか」

「うーん……よく分からないな」

 頭がほんの少しリンに劣る俺は、言ってることが少し分からなかった。

「ま、そうでしょうね。でも、それはどうしようもないかも知れないわね、あんた馬鹿だから」

 十歳の女の子に理解不足で馬鹿と言われてしまった。

「つまり、とんでもないレベルの高い交渉をしに来たか、とんでもなく悪い事をしに来たって事よ」

「悪いこと? いや、副総監はそんな人じゃないって」

 あの外交庁の幹部の中でも唯一に近いくらい俺に優しい人だからな。

「私はその人を知らないから何とも言えないわ。だから、義妹(いもうと)とかリーヤに相談した方がいいんじゃない?」

 リンは「義妹(いもうと)」と言うときに少し不快な表情をする。

 俺を攻撃するときは結構連携取れて仲良くやってると思ったんだが、まだまだ嫌いなのかね。

「ま、そうするしかないな。俺よりもあの二人の方が副総監との付き合いが長いからな」

 外交庁に関しては、あいつらは総監たる親父の随伴で、何年も通っているので、俺よりも余程詳しいだろう。

「分かった、じゃ、相談するか。ヴァンテ、副総監の泊まってるホテル、わかるか?」

「確認しておきました。ホテルモトマです」

 それは知ってる。

 それはこの街から少し離れるが、この辺で一番豪華な、貴族専用ホテルだ。

「そうか、じゃ、帰ってあいつら集めて話するか」

 俺はカフェの席を立ち、リンをエスコートした。

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