第三節
俺が帰ると、何故だかミリィが怒っていた。
「私もお兄さまとご一緒に過ごしたかったのに」などと言っていたが、まあ、ミリィはリンと違ってのんびり過ごしてたからな。
リンはただただ退屈にしてたから、そっちを優先したんだが、分かってはもらえなかった。
まあ、一日全部の休みはほとんどないが、半日休みならまだまだあるからまた今度ミリィにも付き合おう。
今はそれよりも優先することがあるので、リーヤとミリィに集まってもらった。
「オーブ子爵が、このカーリャ侯爵領にいらっしゃった?」
あまり表情を表に出さないリーヤも驚いた。
まあ、そりゃそうだ、俺だって驚いた。
「オーブ子爵領は、首都の隣ですから、自領と首都の行き来でここを通る事はないはずですよね……」
「そうだな」
カーリャ侯爵領はかなり広いんだが、首都からは少し遠いからな。
「ということは、ここに来るというのは、何らかの目的があるのでしょう。常識的に、ジャン様の上司ですし、ここにジャン様が滞在しているのはお分かりのはずですから、領主代理であるジャン様に挨拶のひとつもあっていいものだと思いますが……」
リーヤは訝しげに言う。
確かに副総監とは仲が悪いわけじゃないし、たとえ悪くても領地内に用事があるなら挨拶をするのが常識的な礼儀だ。
「となりますと、高度な機密任務で動いているか、後暗いことをしているか、ということになりますわ。ですが、お兄さまも仮にも一応幹部役人ですから、自領地での任務を知らされていないわけがありませんわ」
仮にも一応って、お前。
「つまり、何か少なくともジャンに知られたくないことをしてるって事ね……」
知られたくないこと?
まあ、行動からすれば、俺には利用価値も分からないステラスの資源が豊富だから、その買い付けに来たってのが本当だろうが、別に俺に隠さなくてもいいだろうし、俺にバレるのが嫌なら、こっそり家の者に買い付けさせればいいだろう。
わざわざ本人が来るってことは、リンが言うように腹心にも頼めないくらいの極秘事項で、そうなると、少なくとも後暗いことしか思い浮かばない。
「ですが、万一子爵家内部にも知られたくはないといっても、鉱物を大量に仕入れれば、置き場や運搬などで、必ず少なくとも家内にはばれてしまうはずですが……」
リーヤが考え込む。
まあ、そうだな、例えば俺がいくらリーヤに秘密で何か買おうとしても、小さいものならともかく、大量の鉱物ともなると、隠し切れるなんてことがあるわけがない。
ということは……どういうことだ?
ああ、くそっ、分からないな!
どうせ俺みたいな馬鹿に考えてわかるわけないんだよ。
「とにかく、副総監のホテルを調べよう。今から行ってくる」
俺に出来ることは、考えるより体を動かすことだ。
立ち上がって、今すぐにでも行こうとする俺を、リーヤが止める。
「お待ちください、私もお供いたします」
「私もですわ」
ミリィまでそんなことを言い出す。
「ミリィ、ホテルを訪問しにいくわけじゃないんだぞ? 隠密捜査に行くんだ。お姫様のお前にそんな事が出来るか?」
「少なくとも、お兄さまが見つかったときにうまく誤魔化すことなら出来ますわ」
ミリィは悪びれもなくそう言う。
「私も行くわ」
リンはそう言うと、表情も変えずに立ち上がる。
「リン、ミリィに言ったこと、聞いてただろ?」
「私を誰だと思ってるの?」
そう言って俺を睨むように見るリン。
「俺の可愛い婚約者か?」
「……っ! まあ、それは……そうなんだけど……」
リンは頬を染めてそんなことを言う。
ナチュラルに自分が可愛いって認めやがった。
あれ? 違う答えを望んでたのか?
婚約者だから一連托生だって意味じゃなかったのか?
「まあいい、隠密だからそんなに大人数じゃ行けないから──」
「私も連れていってください!」
「私もです」
「私はまたどさくさに紛れたいのです」
「面白そうですから私も」
リン付きメイド三人とアンオツが随行を願い出る。
「お前ら人の話を聞けよ!」
うん、アンメルとオズはまあ、まだいい、ひた向きさがあるからな。
だが、どさくさに紛れたいとかいうヴァンテと、面白そうとか言い出すアンオツはどう考えても駄目だろう。
うーん、とはいえ、ヴァンテの隠密行動は確かにこういう時に向いてるからなあ。
それにアンオツの申し出は断る方が面倒くさい。
なにせアンオツだからな。
「分かった、みんなで行くか」
隠密行動のはずが、八人のグループ行動になってしまった。
問題はどうバラけて隠れるかなんだよな。
◎
夕暮れも過ぎ、空は黒く、光は月明かりのみとなった。
俺たちは副総監の泊まっているホテルの前にいた。
「すまないけど、みんなばらけてくれないか?」
俺はホテルそばの大きな木の陰に隠れていたが、八人は全員そこにぴったり付いてきて困った。
「私にはジャン様をお守りするという任務があります」
「うん、俺、自分で自分の身を守れるからいいや」
「私は婚約者だから当然よね」
「うん、そうだけどさ、今はチーム行動しようか」
「怖いです、お兄さまのおそばを離れたくありません」
「お前、何しに来たの?」
「私はリネーラ様をお守りします!」
「うん、お前らからもリンに離れろって言ってくれないかな」
「私もです。そしてあわよくばヴァンテがしたという、おいしい思いを……!」
「お前は帰れ」
「私は今度こそジャン様のモノを……」
「お前も帰れ」
モノって何だ、何するつもりだ。
「私は愛人ですから当然です」
「お前は帰って妄想してろ」
結局誰も離れなかった。
「まったく、お前らは緊張感が──」
「む、誰か出てきましたよ」
俺の言葉を遮るように、リーヤが言う。
見ると、ホテルの入口からは一人の青年が出てきた。
見間違えることはない、あれは副総監だ。
昼に見た、下流貴族のような服装ではなく、上流貴族の出で立ちだ。
散歩か何かだろうか?
でも、ここには下流貴族を偽って来てるのに、こんな格好してて大丈夫なんだろうか?
しかも、お供も付けずに一人きりだ。
……怪しいな。
子爵様が一人で移動なんて、普通ならありえない。
侯爵でない俺だって七人付いてきてるんだからな、いや、お前ら離れろよ。
「よし、後をつけるぞ」
俺の声とともにぞろぞろと付いてくる七人。
何だこれ、すぐバレるんじゃないか?
そう都会でもない領地の、しかも郊外にあるホテルの近くは、この時間になるとしんとしているため、少しの音でも周りに響くからな。
そう思ったものの、思ったよりバレなかった。
周りが森で囲まれているというのは、足音以外の物音は森からの音と思われるようだ。
副総監は、林に囲まれた道を歩いていく。
俺たちはバレないように、林の中を歩く。
結構離れているので、多少の音はばれないものの、八人揃えば結構大きな物音になる。
それよりも何よりも面倒なのは──。
「いちいち、一人一人に言うのは面倒だからまとめて言うが、お前らべたべたくっつくな。特にアンオツはもう、本当、帰ってくれないか?」
リーヤとリンを除く五人は、俺にピッタリまとわりついて来て面倒だ。
ミリィは右腕にしがみつき、アンメルは左腕をつかんでいる。
オズは俺の前にピッタリとくっつき、ヴァンテは後ろからしがみついてきた。
格闘をやってたオズはスレンダーで引き締まった身体をしてるけど、こうして胸に密着されると死ぬほど柔らかい。
歩いていると、ブラウンのポニーテールが揺れて、どっちによけても俺の視界を遮る。
ヴァンテは前にも言ったが小柄で背負ってても重くないが、オズと二人だとそこそこ重いし、やっぱりこう見えて胸がある。
それよりも、俺に後ろから密着しながら腰振るのはやめて欲しい。
しかも俺の耳元で「ジャン様……ジャン様……」とかつぶやきながら。
普通に発情してるんじゃないか?
で、だ。
こいつらの行為は異常に見えるが、まだマシなわけだ。
アンオツはいつのまにか俺の頭上にいた。
俺がアンオツをおんぶしている形だ。
何故、いつのまにそうなったのかはさっぱり分からない。
しかもメイド服のスカートを俺の頭上にかぶせてて、それが俺を目隠しして、死ぬほどうっとおしい。
「まずスカートが邪魔だ、なんとかしろ」
「メイドのスカートの中に頭を入れるのは、全男性の夢ではないのですか? どうしてもとおっしゃるならめくっても構わないのですよ?」
「夢か夢じゃないかって言えば夢だけど! 少なくとも今はそんな時じゃないだろ!」
「ここでジャン様にラッキーなお知らせ」
「何だよ? 副総監行ってしまうだろ?」
「実は今、ノーパンなのです」
「何故それでここまで来た!? どおりで首筋がもさもさすると思った! とにかく降りろ!」
「更にサービスタイム。回転して前に行きます」
「やーめーろーーー!」
俺はアンオツの膝をつかんでそれを止めたかったが、両手はふさがったままだ。
しかもミリィもアンメルも離してくれない。
「ミリィ、アンメル! 離してくれ、ヤバい!」
「怖いですわ」
「わ、私は、お守り──」
「あああああ、くそっ!」
人間危機が迫るととんでもない力が出るもので、二人の体重ごと持ち上げてアンオツの膝をギリギリで押さえる。
「ふう……間に合った……」
既に耳元にもさもさがあるような危機的状態だった。
危うくアンオツのアンダーマウスとキスするところだった。
「馬鹿なことしてないで、さっさと行くわよ」
冷めた声でリンが言う。
いや、俺だって同じ気持ちだよ! 気が合うな!
俺はアンオツを何とか下ろし、副総監を追う。
すると、左右を気にすると、林の中に入る。幸い反対方向の林だったのでバレることはなかったが、どこに行くつもりだ?
俺たちは副総監が奥まで行ったのを確認し、一旦道に出た。
「よし、ミリィとリン、アンオツとアンメルとはここに残れ。人数は少ないほうがいいし、万一バレた時には固まっているよりも離れてたほうがいいわけもしやすい」
「女性だけで残るなんて、怖いですわ」
「俺は女だけ連れていく方が怖いけどな」
「わ、私はお守りいたさないと……!」
「うん、リンを守れな?」
「離れていてはいざというときにどさくさに紛れられませんよ?」
「うん、お前は帰れ」
「いいわ、残るけど、何かあったら呼びなさいよ?」
「おまえも帰……いや、ごめん」
それぞれのボケに突っ込んでいたら、まともなことを言うリンにも突っ込みそうになった。
最初は渋った四人も承諾してそこに残し、リーヤとオズとヴァンテと共に、副総監の向かった方へ追いかける。




