第三節
「ふう、こんなもんかしらね」
「さすがにここまやれば少しは反省されましたか?」
「ハイ、ワタシハ、ハンセイシテイマス」
身動きすら取れない俺は、それ以外の言葉を許されなかった。
どうしてこうなったのか、今になってもさっぱりわからない。
帰った瞬間、俺は振り返ったリンにこう言われた。
「フライング・ニー!」
そして、その言葉のとおり、リンの膝が飛んできた。
ロングスカートを履いていたリンの膝はどこから飛んでくるのか分からず、俺はよけることが出来なかった。
それを皮切りに、リンとミリィに代わる代わる攻撃され、反省しろ反省してくださいと言われたが、俺としては何の心当たりもなかったので、反省もしようがなく、それを聞こうとしても、「分からないということは反省していない証拠」と言われ攻撃を続けられたので、とりあえず反省した結果がこれだ。
未だに何に反省すべきだったのか分からないままだ。
体中打撃でボロボロになった半殺し状態の俺。
元騎士じゃなかったら死んでたところだぞ、これ。
「さて、それでは持ち合った情報を整理いたしましょう」
俺の半殺し事件なんてなかったかのように普通のトーンで言うリーヤ。
何だろうな、こいつの大物感。
「私たちも軽くあちらの家来の方とお話をいたしましたが、得られたのは、アンジョ伯爵はとても立派なお方であるという事ばかりです」
娘だけじゃなく、家来からも尊敬されてんのか、あいつ。
「俺の方も似たようなもんだな。ミトネちゃんも総監を尊敬してた」
「ミトネちゃん? いつからミトネードさまをそのように親しげな呼び方で呼ぶようになられたのですか?」
ゆらーり、とミリィが立ち上がる。
「え? 何怒ってるんだ?」
「これは拷も……教育が必要なようね」
リンも同じように立ち上がった。
なんだ、何が起ころうとしているんだ?
「ちょっと待て! 何の話だ! 今拷問って言っただろ!」
「言ってないわよ。さ、行くわよ」
「行ってらっしゃいませ」
「ちょ、ちょっとリーヤ! たすけ……」
「さて、情報をまとめたところ、アンジョ伯爵がラインファ前カーリャ侯爵を殺害したという証拠は一切なく、それどころか、人格的にも殺害していないのではないか、などと思われるほど周囲に敬愛されていた、ということですね?」
「ワタシハ、ミトネードドノノコトヲナントモオモッテイマセン」
「そうですわね、結局アンジョ伯爵が犯人だというのは、お兄さまの妄想に過ぎないのではないでしょうか?」
「ワタシハ、ミトネードドノノコトヲナントモオモッテイマセン」
「そうね、自分が厳しくされたからっていって、人を疑うなんて頭のいい人間のすることじゃないわ」
「ワタシハ、ミトネードドノノコトヲナントモオモッテイマセン」
「いつまで惚けていらっしゃるのですかお兄さま!」
「ていうか、お前らひどいな!」
拷問で廃人になりかけた俺を慰める奴は誰もおらず、俺が精神を取り戻すまで、みんなして俺を糾弾しやがって!
確かに婚約者のいる身で、他の女の子と仲良くしたのは悪かったさ、でも、けしかけたのはお前らだろ?
何なんだよ一体こいつら。
さすがに俺は少し腹が立った。
「いいか? 俺がミトネちゃ……ミトネード殿と仲良くなったのは、お前らがけしかけたからだぞ? それをなんだよ、親しくなったから拷問って、いい加減にしろよ!」
「誰もそこまで親しくなれなんて言ってなかったわ」
「そもそもお兄さまが言い出した容疑者の調査をお兄さまが調べただけですわ。私たちはその助言をしただけのことです」
「……はい、そうですね」
俺はそれ以上言い返せず、黙り込んだ。
こいつら、いつか黙らせてやる。
希代の暴君カーリャ十六世がもうすぐ誕生だ。
こうご期待!
「それで、いかがなさいますか? アンジョ伯爵をもう少し調べますか?」
「うーん、まあ、あいつが最重要容疑者ってことは変わってないが、積極的に調べるのは控えるかな。もしこっちが疑ってるのが分かったら、仕事もやりづらくなるし」
一応俺の上司である総監だし、あまりいい人間関係じゃないから、これ以上悪化させたくはないしな。
それに、アンジョ伯爵家に関わるとどうしても、ミトネちゃんと関わらなきゃならなくなって、そうなると怖い人たちに攻撃されてしまうから、なるべく敬遠しておこう。
暴君は逃げない、だけど、あえてやらない。
「それでは、この件は一旦保留といたしましょう。また何か新しい情報が有りましたら連絡し合うということにいたしましょう」
場を仕切っていたリーヤが、締めに入り、その場は終わった。
みんながぞろぞろ部屋を出ていく。
パーティーで疲れきったようで、顔も疲れている。
「それでは、私の時間ですね」
声に振り返ると、そこにはアンオツがいた。
あれ? こいついたんだっけ。
「お前の時間だとどうなるんだよ?」
「私がジャン様を拷問する時間が始まるのです。あんな女に仲良くして、私も悔しかったのです」
「ていうか、見てないだろお前」
当たり前だがハウスメイドのこいつは、アンジョ伯爵家のパーティーには行ったが、会場内には入っていない。
「それはそれとして悔しいので執行です」
「意味のかけらも理解できねえよ!」
「安心してください私の拷問が痛いのは最初だけです。そのうちだんだんと良くなってきて、最後には自分から求めるようになってきます」
「こええよ!」
こいつは本気でやるから恐ろしい。
いや、ミリィやリンにも本気でされたけど、あいつらは俺の身体が鍛えられてる事を知った上で、ギリギリのラインを攻めてくるが、こいつは精神的にヤバいものから攻めてくるからな。
「で、何の用だ? 用事があるんだろ?」
「ふむ、よく分かりましたね。実は一度領地の方に帰っていただきたいのです」
「はあ? 何でだ?」
「実は前侯爵様が存命だった頃から領地の視察というカーリャ侯爵としてのお仕事が入っていまして、今まで忘れていました。拷問されて戻ってきたアヘ顔のジャン様を見て思い出したのです」
「アヘ顔してねえし、それ起点で思い出すのも変だろ!」
こいつの考えていることを理解しようとするのは無意味だと分かっているがいちいちツッコんでしまう。
「ですが、思い出してしまったものは仕方がありません。それで今更これを言い出すと、私が怒られるのです」
「だろうな」
「ジャン様とリーヤが私を縛りつけて、二人がかりで何度も陵辱されるのです」
「しねえよ!」
そんな色々な意味で恐ろしい事誰がするか。
「ですが、私の妄想の中の二人はいつもそうしてますよ?」
「お前の妄想だからだ!」
「とにかく、私は怒られたくないので、ジャン様が『こいつからベッドの上で聞いていた』と言っていただければ、私が怒られずに済むのです」
「俺が拷問されるだろそれ!」
「それはそっちで何とかしてください」
「無責任だなお前!」
「責任を取れと仰るのならいつでも愛人になりますが」
「わかった! 俺が知ってたことにすればいいんだろ? 口裏くらい合わせといてやる!」
「ありがとうございます。お礼に私と一晩を共にする権利を差し上げましょう」
「いらん! 寝る!」
本当にこいつと話すと疲れる……。
俺はため息をついてその談話室を後にした。
ふう、俺だって疲れてるんだ、さっさと寝るか。
ん? 領地に帰る?
まあ、仕事は休めるにしても、そう言えばリンを連れてかなきゃならないんだよな。
慣れない領地に連れていく上に、研究施設もないから、あいつにとってみれば迷惑でしかないよな。
うーん、でも婚約者をこの時期に連れていかないわけにはいかないよな。
本気であの子には迷惑かけてばかりだな。
しょうがない、事情を説明して謝るか。
俺は部屋に戻らずに、リンの部屋に向かう。
あー、また怒られるんだろうなあ、嫌味とか言われるんだろうなあ。
そう思うと気が重いが、ここまで来たら勢いで謝ろう。
そうだ、勢いだ。
俺は勢いよく、ドアを開いた。
「リン、ごめん、実は一度領地──」
俺は、言葉を止めた。
勢いは急速に、それこそバランスを崩すほど急速に停止した。
目の前には、ちょうどドレスを脱いだリンがいた。
二人のメイドがドレスを抱え、アンメルが下着を脱がせ終わったところだ。
服を脱いで乱れた銀色の髪が、真っ白い裸体に散らばっていた。
ほんの少し膨らんだ胸の中心の赤みが、白い肌で目立って鮮やかだった。
その目は驚いたように俺を見て、そして、自分の幼い肢体を見て、そして──。
「きゃぁぁぁぁぁぁっ!」
そして、悲鳴を上げてしゃがみこんだ。
「ご、ごめんっ!」
俺は後ろを向いて目をそらしたが、出て行くことはなかった。
「ちょっと話があったから寄ったんだよ。まさかもう着替えてるとは思わなくってさ」
俺は死を覚悟していた。
ミトネちゃんとちょっと仲良くしただけで半殺しの拷問をしたリンだ。
自分の裸を見られたら、半殺しでは済まないだろう。
「本当にごめん、悪かった。俺、まだやりたいことがあるからさ、命だけは助けてくれないか……?」
「……何言ってるのよ、なんでそんなことするのよ?」
後ろからは機嫌がいいとは言えないリンの声が聞こえてきた。
「いや、でも、事故とはいえ、リンの裸、見てしまったし」
「……婚約者が裸見て、何が悪いのよ?」
「いや……悪くないけど……あれ? そうなのか?」
俺はおそるおそる振り返った。
リンは既に寝る時の服装に着替えており、顔はまだ赤く、こちらを見ておらず、ふん、と視線をそらしていた。
「……悪くないんじゃないの? 婚約者の裸見るなんて。そう思わない?」
「そうかな、ああ、うん、そうだ、そうに違いない」
「そう……よね?」
恥ずかしさからむっつりとしていたリンの口が歪む。
「アンメル! ジャンを押さえて! オズとヴァンテはズボンを下ろす!」
「え?」
俺はリンの言葉の意味が分からず、ただ呆然としていた。
ちなみにオズとヴァンテというのは、アンメルの下に付けたうちのメイド達だ。
アンメルが弱いメイドは追い返すので、カーリャ家でも有数のボディーガード兼メイドみたいな二人が付いている。
オズはカーリャ侯爵領内の武闘大会で優勝した女の子だ。
ヴァンテに至っては任務に失敗して始末された瀕死の暗殺者を親父が助けたらしい。
俺も騎士の誇りにかけて、こいつら単体には負けることはないが、三人がかりだとさすがに無理だし、そもそも俺は命の危険でもない限り、女性には手を上げない騎士道精神を今でも持ち合わせている。
まあ、簡単に言うと、俺はアンメルに羽交い締めにされ、オズとヴァンテにパンツを下ろされかけていた。
それを命じたリン自身は、汚いものは見たくない、といった態度で、こっちを見てもいない。
「ジャンさま、無駄な抵抗はおよしください」
「させるかあぁぁぁぁぁっ!」
俺は股を広げて、パンツが下ろされるのを耐えていた。
「埒があかない! オズ! 私がジャン様の足を押さえるから、その間に下ろして!」
「はい!」
ヴァンテが俺の足をつかもうとするが、俺はそれをかにばさみして逆に押さえ込んだ。
「くっ! 離してください! どうかご抵抗をおやめください!」
ヴァンテはそこから抜けようとするが、俺は強く彼女を挟んだので、抵抗もできなかった。
これが本気の殺し合いなら、俺の足を噛むなり爪で裂くなり出来るんだろうが、こいつら御主人である俺にそんなことが出来るわけがない。
ガブッ
「いてぇぇぇぇぇっ! 何噛んでるんだよ!」
俺の予想は虚しくはずれ、ヴァンテは俺の足を思いっきり噛みやがった。
「ふぉふぇいふぉうふぁふぉふぁふぇふふぁふぁふぃ!」
何言ってるかわからないが、喋るたびに生暖かい吐息が足に触れて気持ち悪い。
だが、俺はそれでも足を離すことはなかった。
騎士の精神力なめんなよ!
だが、ここは一気にけりを付けないと、三人がかりではこっちの体力が消耗してしまう。
こいつらの体力は多分全員俺以下だが、三人がかりだと、誰かが体力を使っている間に他の者が回復できてしまう。
必死に体力を使わないように、そして、三人が体力を使うようにしていかないと──。
「助けに来ました!」
ばん、とドアを開けて入ってきたのは、アンメルの最も苦手とするアンオツだった。
助かった、アンオツはなんだかんだで俺の味方だ。
それが毎回暴走するから面倒だが、今はそれがありがたかった。
「全く、三人がかりとは情けない」
アンオツはため息と共にこちらに向かってくる。
こいつは敵に回すとうっとおしく、味方にしてもうっとおしい奴だが、今は頼もしく感じる。
「四人がかりで一気に潰しますよ」
「えええぇぇぇぇぇぇぇっ!? お前そっち側かよ!」
「もちろんです。ジャン様の御ちんちんを見られるまたとない機会ですから」
アンオツのにじり寄りが、途端に恐怖と化した。
「お前しょっちゅう見てるじゃないかよ!」
こいつは俺が風呂に入るときに、十回に三回くらいは間違えてドアを開けて裸を見に来る。
別に俺もメイドに裸見られるなんて当たり前のことなので何も思ってなかったのだが、今思うとこいつは性的な意図があったんだろうと思う。
「もちろん、昨日もジャン様が眠った後見に行きましたが、それとこれとは別です」
「ちょっと待て! その話初耳だぞ!? お前、そんな事してたのか?」
どおりで毎朝、服が乱れ過ぎてると思った!
「私がくすぐって体力を奪うのでその隙に」
「はいっ!」
「うわぁぁぁぁっ!」
俺は、騎士と男の誇りにかけて、最後まで戦った。




