第二節
仕事が一段落して、俺は椅子にぼすん、と座る。
日は既にとっぷりと暮れている。
今日は隣国の猟師が国境を越えてしまったとかで、大使に抗議するとかそんな、俺からすればどうでもいいことが発生して、かなり時間を食ってしまった。
「おつかれさまでした、副司監」
リーヤが紅茶を差し出す。
ミリィは既に帰したので、部屋には二人だけだ。
「やっと、二人っきりになれたね……」
「はい?」
「いえ、何でもない。ちょっとした冗談だ」
リーヤはジョークが全く通用しないのが困る。
リンとかミリィなら、腐った魚を見るような目で俺を見て一言くらい言っただろうな。
いや、それをして欲しいってわけじゃなくてさ、ジョークに対するリアクションってのが欲しいんだよ、どんな形でもいいからさ。
そんな事を思っていると、ドアがノックされた。
なんだよまだ仕事があるのかよ。
リーヤがドアを開けると、そこには若き副総監がいた。
「やあ、副司監、まだ仕事かい?」
「いえ、やっと終わったので帰ろうかというところです」
「一杯、付き合わないかい?」
副総監は手に持ったワインのビンを俺に見せる。
「ああ、俺、まだ酒をあまり飲んだことがなくて」
「そうか、まだ若いからな。このワインは君の父上も大好きで、こっそり私とこうして晩酌を交わしたもんだよ」
「……では一杯いただきます」
親父の名前を出されると、固辞するわけにもいかない。
リーヤがグラスを二つ用意し、俺は副総監の手から、ワインを注いでもらう。
俺は一杯のワインを口にする。
味はよく分からないので何も言えなかった。
これってうまいのか?
副総監はくい、と水でも飲むようにワインを飲み干す。
「君はカーリャ侯爵領を引き継ぐんだったね、いいな、あそこは領地も広くて農業鉱業も盛んだ」
「いえ、まだ継いでませんし、大したものは採れなかったと思いますよ。鉄とか銅とかステラスとか」
「ステラスか、あれは魔法にはよく使うらしいね。うちのお抱え魔術師たちもあれが欲しい欲しいとよく言ってるんだよ。しかも大量にね。どこか安いルートがないか探っているんだけど、相場が全く安定してなくって、困ってるんだ」
副総監は、参ったような顔で言う。
俺も一応は領地についてある程度勉強した。
ステラスはいまだに何に使われるかよく分かっていないが、魔法使いは結構興味を示しているらしい。
で、しかも、カーリャ侯爵領以外ではほとんど採れない希少なものらしい。
でも、欲しがる人も少ないので、たまたま欲しい人が多いときは高くなり、誰も欲しいと思わないときは安くなって、価格が安定しないらしい。
うちの鉱山ではかなり採れるらしいけど、何だかあんまり売れてないらしい。
「よかったらうちで提供しましょうか? お安くしますよ?」
「いや、それは悪いよ。侯爵領の資源は侯爵だけのものじゃないんだろ?」
「もちろんそうですが、そのくらいの融通は出来ますよ」
「そうか、なんだか悪いね。このお礼は必ずするから」
副総監は少し恐縮しながら、飲んでいるワインをくい、と煽る。
「じゃ、今日はこのくらいにしておこうかな。もう帰るよ、君も早く帰りたまえ」
「はい、そうします」
俺が返事をすると副総監は部屋を出ていった。
「ふう、ワイン一杯で酔ってしまったかな」
俺が腰を落ち着けると、リーヤが少しだけ穏やかでない表情でこちらを見ていた。
「どうしたんだよ?」
「いえ、ステラスはレアメタルですが、多く出回ると、その価値は落ちこみます。あまり多く市場に出回らないよう、前侯爵は採掘に制限をかけていました。それを、人に安く売り渡して大丈夫なのですか?」
リーヤが心配そうにそう言った。
「ああ、そんなことしてたんだ。そりゃ悪かったな、だが、副総監は自分のところの魔法使いにやるとか言ってたから、市場に出回ることはないさ」
俺もまだよく分かっていないが、市場を支配するのは大きな需要と供給だ。
ステラス市場をカーリャ領が支配出来るのは、供給を独占しているからだろう。
だから、市場と関係ないところで、俺が副総監に渡しても問題はない。
「それもそうですね。では帰りましょうか?」
「そうだな」
俺とリーヤは暗くなった外交塔の部屋をを後にした。
◎
夜とは思えない、煌びやかな室内。
大理石の壁に明かりが跳ね返り、更に辺りを明るくする。
そこに詰めかけるのは、華やかに身を包んだ紳士淑女たち。
今日はアンジョ伯爵の外交総監就任パーティーのその日だ。
各国の大使が訪れ、アンジョ伯爵が挨拶に回っていた。
うちからも前総監家として、そして副司監として、俺とリンとミリィが出席していている。
お付きとして、アンオツは来ているが、会場内部にまでは入れない。
リーヤも執事長でお付きではあるが、副司監補佐官という地位があるため入ることを許されている。
「とりあえず、お兄さまはこの婚約者の方と各国大使にご挨拶して来てくださいまし。私は調査出来るだけしておきます」
ライトブルーのドレスを着て、ゆるふわの髪をなびかせたミリィが言う。
こいつは十四歳とは思えないくらい場馴れしてる上に、平服でも可愛い癖に、パーティー用ドレスなんて着ると、ただただ人形のように綺麗だ。
美女に見慣れた貴族ばかりの周囲の客が振り返る程綺麗なんだよな、こいつ。
「いいけどさ、大丈夫か?」
「それは私がお兄様にお聞きしたいことです。ちゃんとご挨拶がお出来になりますか?」
「それくらい出来るって、な、リーヤ」
「私が補佐いたしますのでご安心ください」
かけらも信じてないな、こいつら。
「まあいい、行くぞ、リン」
「う、うん……」
不安げな表情のリン。
まだまだこういう場には慣れてないようだ。
俺もだけどな。
「お前は笑って隣に立っていればいいから」
「……分かったわ」
意を決したようにリンが言う。
「じゃ、行ってくる。そっちはよろしくな」
俺はミリィとアンオツを残して、会場内を歩き回った。
大使たちは俺が前総監の息子ということでかなり親しげに話をしてくれた。
親父の人望がこういうところからも窺える。
隣でぎこちなく笑うリンは、まあ見た目は子供だし、そういう不慣れさも微笑ましく受け取ってもらえた。
「ジャン様、あの方がギーヴ王国の大使です」
「そうか。これで近隣国の大使は全員だな」
俺はその大使に近づく。
大使は四十前後の男性で、口ひげがよく似合う紳士だった。
「失礼、ご挨拶よろしいでしょうか?」
「構いませんが、失礼ですが、どなたですか?」
「私はミルカワ王国外交副司監をしております、ジャン・ダラー・カーリャです。前総監の息子となります」
「おお、そうでしたか。父上はとても残念でしたな。我が国も前総監があのようにお亡くなりになったことを残念に思っております」
大使は残念を表現するように額に手を置く。
「……そうですね、まさかあんなことになろうとは」
俺は親父が死んだ、いや、殺されたことを思い出し悔しげに言葉を吐く。
親父が殺されなければ、俺はまだ今頃騎士団で訓練を受けていた事だろう。
そう思うと、悔しくて仕方がない。
「ま、私には貴国の国内事情は分かりませんので、ただご冥福をお祈りするばかりです」
そう言って一礼をするので俺も一礼を返した。
それから少しだけ話をして、別れた。
「ふう、これで終わり……ん? どうしたリン?」
俺がミリィのところに戻ろうとしていると、リンはじっとさっきの大使を見ていた。
「どうした? あの人が何かあったのか?」
「あの人、怪しいわね」
「何がだよ?」
「さっきあんたと喋ってたときに『国内事情は分からない』って言ったわよね? それって、お義父さまが殺されたって知ってなければ出てこない言葉よね」
「!」
大使はもう、別の誰かと話をしていた。
そう言えばこの前聞いた諜報部の話ってのもギーヴ王国だったっけ。
「うーん……」
「でも、あの人が何かしたわけではなく、あの人が母国から情報をもらっただけかも知れないわよ?」
「そう、だよな……となると関係なくなるのか……でも、逆にあの人が何らかの情報をつかんでて、それを母国に報告したのかも──」
「ジャン様、リネーラ様も。ここは社交の場です。誰が話を聞いているか分かりません」
リーヤに注意され、俺たちは一旦黙り、ミリィに合流しようと探す。
ミリィは、会場の隅で、女性と話をしていた。
その人は、俺と同じかほんの少し年上に見える。
ほんのりブラウンの混じる長い金髪で、結構可愛い女の子だが、なんだかちょっと嫌な面影がある。
嫌っていうか、可愛い子なんだが、ちょっと俺が苦手な感じの顔立ちなんだよな。
なんだろうこの感覚?
ミリィは話を終えると、俺たちに気づき、こちらに向かって歩いてくる。
「いかがでしたかお兄さま? きちんと挨拶は出来ましたか?」
「お前には俺を兄として慕うとかそういう感情はないのか?」
「とんでもない、私はお兄さまを尊敬し、愛しておりますわ。だからこそ心配なのです」
「……まあ、挨拶はちゃんと出来たけどさ」
「よかったですわ。変なことをおっしゃって、恥をかいていないか心配だったのです」
ミリィはほっと、小さな胸を撫でおろした。
妹じゃなかったら俺が代わりに胸を撫で回しているところだ。
「で、そっちはどうなんだ? 何かつかめたか?」
「特にはつかめておりません。ですが、先程の方はミトネード様とおっしゃって、総監であるアンジョ伯爵の三女に当たる方ですが、どうも戦士や騎士のような強いお方に憧れがあるようですわね」
「へえ、そうなのか」
あの軍人嫌いの総監の娘が騎士に憧れてるとは皮肉だな。
「へえ、ではありませんわ、お兄さま。憧れの騎士であるお兄さまならあの方から話が聞けるかもしれませんし、パーティー会場以外のお屋敷を案内していただけるかも知れませんわ」
「え? 俺がそんなことするのか?」
俺に駆け引きとか無理なのはこいつらも分かってるはずなんだがな。
「元魔法親衛騎士団のお兄さま以外に適任者などいませんわ」
「いや、でも──」
「いいから行ってきてくださいまし!」
どん、と後ろからミリィに押される。
身体も小さく体重も軽いミリィに押されてもどうってことはないが、俺は渋々前に出る。
えーっと、あれか。
ミ、ミ、なんだったっけ、とにかく総監の三女は、ちょうど人との話を終え、疲れたようにため息を付いているところだった。
ライトブラウンのストレートロングヘアに小さなティアラを着け、パープルで胸元が開いたドレスが似合っている、可愛い女の子だ。
あの堅物親父の娘とは到底思えない美人さんだ。
こういう女性にはなんて声をかけるんだっけ?
「お疲れのようですね」
俺はそう言って笑いかける。
三女さんは驚いて俺を見上げる。
「あ、その……変な顔をお見せして申し訳ありません。……失礼ですが、お見かけしないお顔のようですか……」
「失礼、こういう場はこれまで親父に任せていましたから。私はジャン・ダラー・カーリャと申します。元は魔法親衛騎士団におりましたが、親父が死んだ事で急遽外交副司監に就任いたしました」
「まあ、あなたが!」
驚いたような、感心したような声で俺を見上げる三女さん。
「お話には聞いております。とってもお強いのですね」
声は、さっきまでにはなかった弾みがあった。
憧れの騎士を前にした三女さんは、明らかに興奮していた。
よし、何とかいい印象を与えられたかな。
これからどうしよう、話を聞き出すか、屋敷に案内してもらうんだったっけ。
「わ、私、この屋敷に住んでます、アンジョ伯爵の娘で、ミトネードと申します、以後お見知りおきをっ!」
ミトネードさんは、未婚の女性がやるような艶やかな礼をしたつもりなんだろうが、それはかなりぎこちなかった。
さてこういう時、会場以外に連れてってもらうにはどうすればよかったかな。
えーっと、騎士の先輩が言ってたな、パーティーで女性に部屋の奥に連れててってもらう言葉。
確か、じっと目を見て笑いかけるんだっけな。
「ここは、騒がしいですね。少し疲れたので、もしよろしければ、静かな場所に案内していただけませんか?」
「あ……は、はいっ! こちらへ」
ミトネードさんは少し興奮気味意に顔を赤らめながら、俺を誘導する。
俺はそれに続いて、会場の奥へと向かう。
会場の奥には使用人と思しき者が数人立っていた。
パーティー客が迷い込まないようにとの配慮だろう。
ミトネードさんが来ると、全員が頭を下げてそこを通すので、俺はそれに続いた。
「ああ、どうしよう、いきなりこんな日が来るなんて。まだ心構えも出来てないのに。今日の下着なんだったかな。ああ、駄目よ弱気になっちゃ! しっかり、私!」
前でミトネードさんが何やらぶつぶつ言ってたが、よく分からないので気にしないことにした。
「いいお屋敷ですね」
とりあえず俺は、適当に褒めることにした。
「そ、そうですか? 侯爵家に比べるとお恥ずかしい限りです」
「それに、住んでいる人もいい」
「ジャ、ジャ、カーリャ侯……まだ違うんでしたっけ、あ、あの、あなたの事をなんとお呼びすれば……?」
若干テンパリ気味のミトネードさんが聞いてくるが、確かここはただ言うだけじゃ駄目なんだよな。
騎士の先輩は何て言ってたっけ。
女の子と親しくなる方法は毎日山ほど聞かされたからな。
「ジャン、あるいは、あなたのジャンとお呼びください」
「わ、私のジャン……?」
「お呼びですか? ミトネード様」
この時は、目を見て穏やかに笑う、だったっけ。
「は、はひっ! あのあのあのっ! 私のことは、ミトネとお呼びくださいっ!」
やたらとテンパったミトネードさん、ミトネさんが俺から目をそらしつつ言う。
何かおかしいな、親しくなるような言葉を投げかけてるはずなんだが、どんどん緊張してるような気がする。
こんなに緊張されると、話も聞けそうにないし、もう少し親しくならなきゃ駄目だよな。
せっかくミトネって呼んでいいと言われたんだから、もう一歩先を行ってもっと親しげな呼び方をしてみるか。
喋り方ももう少し親しげな感じにしよう。
「じゃあさ、ミトネちゃん、と呼んでもいいかな? 歳も近いし、堅苦しい言葉は苦手だし、もっと親しくなりたいから、話し方も変えよう。無礼だと思ったら言って欲しいな」
俺は優しく笑いながらそう言って、ミトネちゃんの表情を観察した。
「にゃぎぃぃぃぃっ!」
ミトネちゃんは顔を真っ赤にして奇声を上げた。
変わった子だな。
まあ、うちにも変わった女が何人かいるので気にもしないがな。
「は、はひっ! それで結構です、ジャ、ジャンちゃん……のおおおおっ! ジャンくん……ジャン様っ!」
落ち着きを取り戻すどころか、より一層興奮したミトネちゃんが、試行錯誤の末に俺の呼び名を決めたようだ。
参ったな、どうすれば落ち着かせられるかな?
「とりあえず、ゆっくり落ち着ける場所はあるかな? 落ち着いた場所でじっくりミトネちゃんと話がしたい」
「は、はい、では私の部……いえっ、裏のベランダにベンチがありますから、そこがロマンチックかとっ!」
ロマンチックとか、この際どうでもいいんだが、せっかくの提案だから、断る理由もない。
「では、そこに行こう。ゆっくり出来るように酔い覚ましの飲み物があればいいんだけど」
「用意させますっ! お水でも紅茶でも朝食でもっ!」
なんでこんな夜に朝食の話をするかさっぱりだが、まあ、まだまだなんだか焦ってる証拠だろう。
「では、お茶がいいな」
「はいっ、用意させます」
ミトネちゃんは、すぐに使用人を呼んだ。
「『ミトネード』をよく蒸らして持ってきて」
「『ミトネード』? ずいぶん可愛い名前の紅茶だね」
「あ、いえ、お父様が領地に私のための農場を作ってくれて……そこのお茶葉を使ったというだけですわ」
あのおっさん、ああ見えて娘には優しいんだな。
うちの親父もミリィを可愛がってたが、それでも仕事で働かせまくってけどな。
まあ、自分の名前の紅茶を飲んだところで、やっと落ち着いてきたようで、さっきよりも穏やかに微笑んでいた。
「ほふぅ……」
ていうか、和み過ぎていた。
顔がゆるゆるに緩んでいた。
緩みきった表情がまた可愛い女の子だ。
俺の周りには賢い上にいつも不機嫌なリンや、出来る女の子ミリィ、無表情のアンオツなどがいるが、普通に箱入りお嬢様育ちの子はいないんだよな。
「ところで、ミトネちゃんの親父さんはどんな人なのかな?」
「え? お父様、ですか?」
ミトネちゃんは不思議そうに首を傾げる。
確かに、いきなり親父のことを聞きたいとか言い出すのも変な話だ。
俺としては、あいつが俺の親父を殺したって証拠が欲しいだけなんだがな。
けど、そんな事を正直に言えば素直に喋るわけがない。
「今度、親父さんに挨拶をしようと思うんだけどさ、出来ればその前に詳しいことを知っておきたくてさ、秘密とか、後暗いこととか」
爽やかに言ったが直後、急ぎすぎて本音が漏れまくってることに気づいた。
「お、お、お父様に、挨拶だなんて……やっ! そのっ! ま、まだ早いですっ!」
だけど、どうもミトネちゃんは後半聞いてなかったようで安心した。
とはいえ、また興奮が始まったのでどうしよかと頭を悩ませる。
「ミトネちゃん、落ち着いて。ミトネードでも飲み直そうか?」
俺はポットからミトネちゃんのティーカップに、ミトネードを注ぐ。
「は、はいっ! んぐっ! ……はふぅ……」
慌てていたミトネちゃんは一口紅茶を飲むと落ち着いた。
結構単純な子だな。
「お騒がせいたしました、お父様のことですね? 私にはとってもお優しくて、外国に行った際には必ずお土産を買ってきていただけますのよ、ふふふ」
突然めちゃくちゃ上品かつ艶やかに笑うが、これまでのこの子を知ってるからなんとも言えない気分になる。
むしろ普段の顔の方が俺は好きだな。
「隠れて何かやってる、なんて事はないかな?」
「はい? えーっと、特にはないですね……あ! ありませんですわよ、ふふふ」
「いや、普段通りでいいから」
「は、はい、特にないで……あ! そう言えば!」
ミトネちゃんは思い出したよに顔を上げる。
「……何かやってるの?」
「えっとですね、確かお父様は、鶏の肉が大好きなんです。ですけど、人前ではなかなか食べる機会がないので、こっそり食べてます!」
満面の笑みを浮かべてそんな事をいうミトネちゃん。
ちなみに鶏の肉は、平民の贅沢な食べ物と言われるもので、下流貴族ならともかく、上流貴族が口にする食べ物ではないと言われている。
とはいえ、燻製にすれば保存も出来るので、騎士の非常食としては常用されてはいるんだけどな。
濃厚とは言えない薄い味の肉だが、好きな人は好きらしい。
そんな肉を好物にして、こっそり食べてる総監を想像すると微笑ましかった。
「ふふっ」
それが顔に出てたのか、ミトネちゃんが俺の顔をいて微笑んだ。
うーん、どうしたもんかな、この子を見てても、この子から聞く総監からも、どうも親父を殺しそうには思えないんだけど。
そういう奴こそが怪しいのか?
あー、くそっ!
リーヤとかミリィならもっとうまく聞き出せるんだろうが、俺にはこれが限界だ。
今の情報だけでも持ち帰って、相談してみるか。
「じゃ、ミトネちゃんありがとうな」
「……え?」
俺が立ち上がると、ミトネちゃんは心底悲しそうな表情をした。
あれ? どうしたの、この子?
そうか、確かに歓談中にいきなり帰るのは失礼だよな。
こういう時は、どうするんだっけ? あの先輩はなんて言ってたかな?
俺は、ミトネちゃんの手を取り、そこにキスをした。
ミトネちゃんの手は小さくて白くて、すべすべとしていた。
「素敵な時間をありがとう」
俺はそう言って、席を立つ。
「あ、あのっ……!」
席を立ってついて来ようとするミトネちゃんを、俺は手で制する。
「『それ以上近づくな、それが薔薇だ』今日の俺には、まだ薔薇の刺で傷つく勇気がなかったようだ」
「ジャン、さま……」
ミトネちゃんは何故だかうっとりとしたように呆然と立ち尽くしていたので、その隙にその場から出てきた。
「ふう……っと!」
角を曲がったところに、数人の人がいたので俺は驚いた。
「お前ら、何してるんだよ?」
そこにいたのは、リンにミリィにリーヤ。
俺らのいるところから見えない位置に隠れていた。
反対側には恐らくここのメイドや執事と思われる集団がいたので、合意の上だろう。
「ジャン様の家臣や親族だと言って通していただきました。おつかれさまでした、ジャン様」
そう言って労ってくれるのはリーヤだけで、ミリィやリンなどはやたらきつい目で俺を睨んでいた。
「どうしたんだよ、リンにミリィ?」
「知りませんわ」
「ここじゃ迷惑だから帰ってからね」
何だかよく分からないが、帰って話し合いをしたいのはこちらも同じだ。
「じゃ、そろそろ帰るか」
「そうですね、総監にご挨拶をして帰りますか」
俺たちはパーティー会場に戻って、総監に挨拶だけ済ませて家路に着いた。




