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オークの女

 ──オークの文字? 文字ねえ。

 …………いいや。

 いいや、知っているとも。

 あたしゃ何でも知ってるからね。

 ちょっと今は、たまたま忘れちまってるだけさ。

 そのうち教えてやるから待っておいで。





 オークの男と少女ミアが揺れる馬車に身を委ねて西へ向かって突き当たったのは、数多の道が交差する、交易の熱気に満ちた大都市であった。


 かつて商人の娘として生きた少女にとって、そこは勝手知ったる庭のようなものだったのだろう。


 彼女は幾分か得意げに、けれどオークの大きな歩幅を気遣うように、極彩色の品々が並ぶ市場の雑踏を軽やかに先導した。



 旅に必要な糧食を両手に抱え、ようやく見つけた宿屋の敷居を跨いだとき、異類の旅人は、やはり人々の好奇の目に晒されることとなった。


 赤ら顔で酒の臭いを漂わせた酔客が、大男の異様な威容に怯えと侮蔑を混ぜた視線を向けてくる。



「いいえ、この方はエルフではありません」



 市場を巡る道すがら、幾度も呪文のように繰り返したその言葉を、ミアネイラは少しも揺らぐことのない声で放った。


 他者の紡ぐ言葉を、ただ風の鳴る音のようにしか捉えられなかったオークの耳にも、いまや彼女が繰り返すその音節は、確かな意味を持って染み渡るようになっていた。



 少女は酒気と喧騒に澱んだ群衆を見据え、毅然と、その小さな胸を張って宣言する。


 彼はエルフなどではない。隣国の街を救い、闇を払ったオークの賢者なのだと。


 掟を重んじ、孤高に生きる、誇り高き戦の民なのだと。



 だが、その熱のこもった言葉を、老いた職人が鼻で笑って遮った。



「おいおい、嬢ちゃん。そいつがオークだって? 冗談言っちゃいけねえ。俺たちゃ皆知ってんだ。そんな風に長い杖を突いて、置物みたく黙りこくってる奴をオークだなんてな。オークってのは、もっとこう……」



 二人が不意の困惑に立ち尽くした、その時だった。


 宿屋の奥深く、ひときわ濃い酒の臭いと喚声が渦巻く中から、空気全部がはじけたような哄笑が響き渡る。



 人垣の中心では、髭を蓄えた大男が白目を剥いて床に沈んでいた。


 そしてその倒れ伏した巨躯を踏みつけるようにして、一人の若い人間の女が、豪快に杯を掲げて高らかに笑っていた。



「はっはあ! 誰でも受けて立つぞ! 私はオークだからな!」





 オークの勇壮が戦場に刻まれるとき、

 その歩みを支えるのは常に「女」という名の静かなる烈火である。

 オークの女は、家と鍛冶を司る。

 女が守る火が鍛冶場で赤々と燃え盛る限り、オークの誇りは折れることはない。

 一族の強さは、女によって決まるのだ。

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