アイリ「マリーちゃぁぁん! 今日と言う今日は御仕置きさせて貰うわよ!」
「ひ゛ゃ゛ぁぁあ゛ごめんなさいアイリさんごめんなさい」
カンパイーニャに戻ったマリーが「出がけに他所の船に迷惑を掛けて行った罪」でアイリに捕まり、船長室に引き摺り込まれて御仕置きされている頃。前作の舞台コンウェイにほど近い海上を、二隻の船が進んでおりました。
このお話は三人称で御願い致します。
日が落ちて、西の水平線に赤みが残る、黄昏時。
アイビスとレイヴンの間にある海を、古いコグ船のような船体に、変造したマストを二本立て、三角帆を三枚張った奇妙な船が進んでいた。
相当な荷物を積んでいるのか、かなり喫水が深くなっている。
「船長、おかしな船ですよやっぱり。とても金を持ってるようには見えねえ」
「じゃあ何をあんなに積んでいるんだ、土砂を積んでこんな所まで漕ぎ出して来る訳はないだろう」
その船を追跡していたのは甲板長は30m弱、二本マストのピンネース船で、レイガーラントの商船を装った、海賊船だった。
「だけどここはレイヴン本土に近過ぎませんか、海軍が来たら厄介ですよ」
「奴等だってこんな田舎の方まで警備する力は無いだろ、根こそぎ奪おうってんじゃねえんだ、行き掛けの駄賃に、少々の餞別を頂こうって話よ」
国籍も人種もバラバラの海賊達は、とにかくその船に近づいてみる事にした。その船はかなり船足が遅いようで、近づいた所で危険は無く、都合のいいカモであるように見えたからだ。
ピンネース船は次第に変造コグ船に近づいて行く。コグ船の乗組員の方もピンネース船の接近に気づいたようだが、特に警戒した様子も無く、そのままの進路で南へ進み続けている。
「おーい!」
ピンネース船の海賊が手を振ると、甲板に居た、だらしなく肥満した男が手を振り返して来る。
「おぉーい!」
「随分、荷物が、重そうだなー!? そんなに積んで大丈夫かー!!」
「ハッハー! 積荷は全部、石炭さー! たいした事ねえよー!」
石炭は臭いも煙も木炭よりだいぶ酷いので、人気の無い燃料である。値段も木炭の半分以下だ。
「どうします? 石炭ですって」
「石炭なんか積むのは面倒臭ぇな……でもよ、あいつあれだけ太ってるって事は、すげえ金持ちなのかもしれねえぞ」
「なるほど、そうかもしれませんね、じゃあやっぱりやりますか?」
「そうだな、やろう。よし、旗を取り替えろ」
ピンネース船の海賊達は南レイガーラントの商船の旗を降ろし、甲板へと飛び出す。
「船を止めなデブ! 俺達ゴールデンバット王国海軍が積荷を検める!」
「違法な品は没収させてもらうからな! ハッハー!!」
正体を現した海賊は、でたらめな名前を名乗りコグ船に停船を迫る。
「ひ、ひええっ海賊だー! 帆を張り増せ、逃げるぞ!」
コグ船の肥満した男は動揺し水夫達に指示を飛ばすが、コグ船には張り増すような帆は見当たらず、水夫達も右往左往するばかりで何も出来ない。
「ちょろい獲物ですね、親分!」
「お前ら、石炭なんか要らねえから金だけ奪うぞ!」
「おう!」
海賊達は熊手や鉤縄を持って待ち構える。
「た、た、助けてくれぇぇー!」
コグ船の男達がただ狼狽える中、やがて二隻は接舷する……その、瞬間。
「なーんちゃって」
肥満した男、通称機械音痴のロブは、手投げ弾のような物をピンネース船の甲板に投げ込んだ。それは破裂して凄まじい白煙を吹き上げる。
「なな、何だこれは!?」「何も見えねえ!」「くそッ、獲物を逃がすなッ!」
「ヒャッホー!!」
次の瞬間。一人の男が奇声を上げ、コグ船の帆桁からロープを使って飛び、一気に、白煙に煙るピンネース船の甲板へと飛び込んだ。たちまち、
「ギャッ!?」
一人の海賊が煙の中から吹っ飛ばされたように飛び出し、海へと落ちる。
「ぐわあっ!」「ぐへえっ!」
続いてまた一人、一人と。煙の中から投げ飛ばされた海賊が、海へと転落する。
「な……何だこの野郎は!?」
白煙は、風に吹かれて次第に晴れて行く……そして薄れゆく煙の中から現れたのは。七色の刺繍のある覆面をすっぽりと被り、真冬のレイヴン沖だと言うのに上半身は裸で下半身はパンツ一丁、足にはシューズを履いた筋骨隆々の中年男だった。
「私はッ! 愛と正義と愛娘の味方! キャプテン・コンドルー!」
男は海賊の一人にヘッドロックを決めたまま、ポーズを取る。
「な……何をこのイカレポンチが!」
抜き身の半月刀を持った海賊の一人が、怒りに任せて覆面男に斬りつけようとするが。
「ぐぎゃああ!?」「があ!」
凄まじい勢いで飛んで来た味方の海賊にぶつかり、吹き飛ばされる。覆面男が、小脇に抱えていた海賊を投げつけたのだ。
「畜生、囲んでぶちのめせ!」
ピンネース船の海賊船長は子分達にそう指示を飛ばす。その次の瞬間。
「御望み通りだァァ!」
真横から飛んで来た男がその船長の横腹に飛び蹴りを浴びせ、さらに革巻きの短い棍棒で横面を張り倒す。
「ぐへっ……」「お、親分!?」
抵抗する隙も与えず、海賊船長を殴り倒してしまったのは、あまり背の高くない若い男だった。その男は何故か、レイヴン海軍士官の服を裏返しにして着ていた。
「俺が海賊船ストームブリンガー号船長! マイルズ・マカーティだァ! 鼻血を流すのが好きな奴から掛かってきャあがれ!!」
掛かって来やがれと言いながら、マカーティと名乗った男は手近な海賊に次々と襲い掛かり、短い棍棒で海賊達の白刃をかわしながら、顎や側頭部に一撃を加えて行く。
「だ、誰が船長だよふざけんな、ストームブリンガー号の船長は俺だァ!」
更には先程までヨロヨロと狼狽える演技をしていたロブも、舷側を軽快に飛び越えてピンネース船に侵入する。
この海賊同士の戦いは人数ではピンネース船の方が二倍以上乗っていたが、甲板の形勢はコグ船側が圧倒していた。
コンドルは武器も何も持たないのにとにかく桁外れに強く、触れる者を片っ端から海に投げ込んで行く。
マカーティは一見ただの乱暴者のように見えて、接舷戦の指揮に非常に長けており、少ない手勢を上手く使って甲板を支配して行った。
ロブは実際にはほぼ甲板で踊っているだけだったが、彼の子分達からは良く慕われていた。
戦闘は、コグ船側の圧勝に終わった。
「やったぜみんなー! 見ろ! このピンネース船が、新しいストームブリンガー号だァァア! こいつなら中太洋だって新世界だって行けるぞ!」
ロブが快哉を叫ぶ。コグ船の乗組員達は、ほぼ全員がロブの子分達だった。
「すげえ、本当に新しい船を手に入れちまった! やったぜ親分!」
「この船なら交易をしたって負けねえぞ! 機械音痴のロブ万歳!」
そこへ、メンマストの檣楼からコンドルが飛び降りて来る。
―― ダン!
「ヒエッ、あんな高い所から飛んだ!?」
「コンドル! あんたマジですげえよ!」
「フフン。残念ながらこんなのは俺の本気の半分以下だ! ま、我ながらよく働いたとは思ってるけどね。さーて、早速俺の船長室を見て来るかな」
「おい待てェ!」
そこへ飛んで来たのはマカーティである。
「のんびりしてる暇はねえんだ、レイヴン海軍に見つかる前にさっさと船を動かすぞ! 早く船尾に南レイガーラントの旗を揚げろ、登れる奴はマストに登れ、この風で出来る限り早く西へ行くんだ!」
マカーティがそう指示すると、水夫達は顔を見合わせて頷き合い、甲板に散らばって行く。
「フォアマストそんなに要らん、甲板に残った奴は来い、とっととあのボロ船を切り離すぞ! 覆面野郎、お前は操舵手だ」
「待てっ! ちょっと待てーッ!」
今度はロブがマカーティの所に飛んで来る。
「何でお前が船長面してるんだよ! ストーム、ブリンガー号の、船長は! この俺、機械音痴のロブことアーノルド・アンソニーだ!」
ロブは被っていたかつらを甲板に叩きつけて抗議する。
「細けえ事はいいんだよ、海賊船の船長なんて単に何かの時に縛り首になる役なんだから、元海軍艦長の俺がやるのが一番いいだろ」
「いや待て待て! 海の上で物を言うのは何よりも経験、そして強さと男らしさだ! そうだろう? 船長に相応しいのはこの俺! 世界を知る男、キャプテン・コンドルに他ならない!」
「昨日今日乗り込んだ見習いのお前らが何を言ってるんだー!! ストームブリンガー号は俺が名付けた俺の船なんだから船長は俺に決まってんだろ!!」
「おおーい……何でもいいから、助けてくれぇぇ」
真冬の海に投げ込まれた元のピンネース船の海賊達が弱々しく呼び掛ける。
昨日今日この船に乗り込んだ男はもう一人居た。ストーク人傭兵のオロフは戦闘時も怪我をしないよう、後ろの方でウロチョロしていた。
「船長ー? 降伏した海賊は助けていいのか?」
オロフは三人にそう呼び掛ける。
「ああー、ちょっと待ってね、今誰が船長か決めてるからさ」
「決めてるからじゃねーよ! 船長は俺だッ! 機械音痴のロブ様だッ!」
「そいつらにはそのコグ船と積荷の土砂をくれてやれ。俺達は先を急ぐぞ」
そして三人の船長を乗せたピンネース船ストームブリンガー号は、そそくさとコグ船から離れて行く。







