マリー「いろいろ回想回ですよ」
機械音痴のロブは前作で初登場の人です。明るく気前のいい人ですが、れっきとした海賊でもあります。
そこに現れた覆面レスラー、いやキャプテン・コンドルの正体は勿論マリーの実の父、フォルコンです。覆面は前作で不精ひげが被ってるのを見て真似したくなったみたいです。小悪党のオロフさんも引き続き一緒に居るみたいですね。
さらには前作で処刑を免れた元海軍艦長マカーティまで現れました。どうやらフォルコン、オロフとマカーティは偶然、ロブの船員募集に応じて彼のおんぼろコグ船に乗り込んでいたようです。
フォルコン号は雨の泰西洋を、ロングストーンへと向かっていた。晴れていたのはカンパイーニャに居た一日だけで、その後はずっと曇りと雨が続いている。
風もやや強く、波も高い。おまけに夜は新月だ。他所の商船などはこういう時は港や波除け地でしばらく大人しくしているものなのだが。
「おとぉこ、さかりぃぃの、いのちをもぉやぁーしィー」
調子外れな歌を歌いながら、マリーは力を籠めて動索を引いていた。着ている服は彼女が漁師マリーの服と呼ぶ、一見漁師風だが実は船酔い知らずの魔法の掛かっていない、ただの厚手の服だった。
「船長、今日はその服でいいのか?」
半直の不精ひげはマリーの様子に気づき、階段から身を乗り出してそう声を掛けたが。
「うえ◎ッ。ヒ×ッ。ぴゃ……ぴゃああ……」
動索を固定し終わったマリーはすかさず舷側の手摺りにぶらさがり、船外に顔を出して呻いていた。
「ここで無理をする意味が解らないぞ。船酔い知らずを着ればいいじゃないか」
「いづまでもあんなも゛のにだよらなぐっだってねぇ! わだしは船酔いに勝゛ってみせるって言ってるんですよ……」
マリー船長の船内規則によれば、半直の者は特に指示がなければ好きな所で休んでいて良い。だから不精ひげは夕闇迫る甲板で、舷側に打ち寄せる荒波が巻き上げる飛沫や、冬の泰西洋の厳しい風雨に打たれている必要は無いのだが。
「魚がぁくるぞとんとんとん、網ぉ引くんだとんとんとん、」
青い顔をして手摺りにしがみついている少女を放っておいて自分だけ会食室で温まるのも情けないと思い、船底に溜まる水を掃き出す排水ポンプをつこうとする。しかし。
「ブ精ひゲッ! あんた半休なんだからグエッ、ちゃんと下で雨宿りしてなさいよ! ポンプはぐえ、あたじがやるんだから、自分の宿直に備えゲコッくを温存するのもゲコッとだよ、下へ行け下へ! 船長命令だよ!」
不精ひげニックこと、ジャック・ニコラス・リグレーは小さく溜息をつく。半休半直の心得はマリーの言う通りだし、はっきりとそう命令されてしまっては、そうせざるを得ない。
「アイ、キャプテン……会食室で半直を続けます」
「ほらどいで、わだしがポンぶをつぐがら」
それでも相手が普通の船長なら。自分も言うべき事は言うだろうとニックは思う。船の上では船長による統率が大事なのは解るが、限度というものがある。
船長のしている事が理不尽だと思えば、水夫は違反を承知で言わなくてはならない時もある。しかしマリー船長に対してはそれが言いにくい。
会食室ではアイリがアレクから頼まれた船の帳簿の照合作業をしていた。本当はマリーに頼んだのだが、ほんの10分で「問題ないッス」と言われて返されたので、もう一度やって欲しいとアレクが持って来たのだ。
「あら、もう追い返されたの?」
「うん」
アイリは帳簿から顔を上げ、会食室の中を通っている、厨房から続く排気管の上に乗せられていた薬缶を取って、中のハーブ茶をカップに注いで不精ひげに渡してやる。
「ああ、ありかとう」
ハーブの香りのする温かいお湯がしみる。それはとても有難いのだが、この暖かさは今のマリーにこそ必要だろうにと、不精ひげは思う。
「元気で明るい子なんだけど、どこかちょっと影もあるわよね……あの子」
アイリはふと、そんな言葉を漏らす。不精ひげは自分の考えが見透かされたような心地がした。
「なんて言うのかしら。単純に悲観的……というのとは少し違うんだけど。何かにつけて世の中を信じてないというか。他人や運命に身を任せるのが嫌で、だからげろげろ言いながら頑張ってるんでしょ、ああして」
不精ひげは顔を上げてアイリの言う事を聞いていたが。
「だけど、それがどうして船酔い知らずを着ない事になるんだろう」
「あら、やっぱり不精ひげもマリーちゃんのバニーガール姿が見たいの?」
「そっ、そういう意味じゃないぞ!」
不精ひげは慌てて首を何度も振る。バニーガールというのはマリーが持っている船酔い知らずの服の一つで、彼女を船長たらしめた特別な服でもあるのだが(※第一作)、見た目は色々と有り得ない服だ。
「船酔い知らずの服は他にもあるじゃないか、それにアイリさんはその船酔い知らずの服を作れるんだろう? あの子が、船長が今着てる服を船酔い知らずにする事も出来るんだろう?」
「以前はマリーちゃんも、もっと普通の船酔い知らずの服が欲しいって言ってたんだけどね。最近は逆に、もう船酔い知らずを増やさないでって言うのよ……あの子きっと、魔法も信じてないんだわ。魔法に頼っていたらいつか魔法に裏切られると思って、それで魔法なしでも出来るようになりたいのよ」
不精ひげは面食らったように細い目を見開き、その向こうにマリーが居るであろう天井を見上げる。
「驚いたな。そういう考え方もあるのか」
「船長を辞める辞めるっていうのも、そういう事なんでしょう? なんだかんだ言ってマリーちゃんの商売はずっと上手く行ってるわ。なのにあの子、なるべく早く船を降りたいって言って聞かないじゃない。自分の成功ですら信じないんでしょ」
マリーが船長を辞めたがっているというのは、一月ほど前まで皆知らなかった。マリーの希望は母国アイビス王国の青少年保護法の適用が外れる16歳になったら、故郷ヴィタリスに帰ってお針子兼百姓になる事だった。(※第五作)
「マリーが船長を辞めたがっているのは、海と船と船乗りのせいだと思う」
不精ひげニックはカップを手にしたまま視線を宙に泳がせる。アイリは不精ひげの顔を見る。
「……どういう事?」
「あの子から両親を奪ったのは、海と船と船乗りだから。あの子の母親の事情は……もう俺よりアイリさんの方が詳しいよな」
マリーの母ニーナは、マリーが5歳の時に彼女を置いて家を出た。そして二人は先日10年ぶりに、故郷を遠く離れたウインダムの町で再会した。ニーナは最初、マリーが自分に金をたかりに来たのだと思い込み、二人の間には不幸な行き違いが生まれてしまった。
アイリは全てを見た訳ではないが、最後に娘と母が対決する所は見た。(※第五作)
「父親の事も前に話した通りだよ。俺達リトルマリー号の水夫は、あの子にフォルコンはきっと生きていると言った。それであの子も暫くは、船乗りになったついでにフォルコンの事を一生懸命探していたけれど」
「覚えてるわ。ヤシュムからどんどん南西へ進んで、小さな港や村を見つける度に、アルバトロスという名前の船長の事を尋ねてたわよね」
「そのアルバトロスという人が、フォルコンかもしれないと思ったんだな……だけど結局、そうではなかったようだ」
結局アルバトロス船長とは、海賊にして奴隷商人のゲスピノッサとの戦いで共闘する事になり、それは大きな勝利に終わったのだが。マリーはその後はアルバトロス船長について何も言わなくなった。
これはつまり、アルバトロス船長はフォルコンではなかったのだろう。不精ひげ達リトルマリー号からの四人の水夫は皆そう思った。(※第二作)
そしてマリーはそれ以降、フォルコンを探そうとする素振りすら見せなくなった。そればかりか、誰かに聞かれればはっきりと「父は死にました」と答えるようになった。(※第三作)
「あの子はフォルコンの母親、祖母の手一つで育てられたんだ。あの子にとっては海も船も船乗りも、大好きな祖母から息子を奪った憎い敵なんだと思う」
不精ひげは自分でカップにハーブ茶を注ぎ足しながら、そう言った。アイリは深い溜息をつく。
「そう……」
風雨が舷側の板を、頭上の甲板を叩く……しっかりと目張りをされたフォルコン号の会食室には、雨漏りなどはして来ない。
暫くの間、二人は黙っていた。
アイリは検算を再開しようかと、鉛筆を持ち上げかけたが。
「だけど不精ひげ、貴方がマリーちゃんの事そこまで考えてるとは思わなかったわ。船の中では貴方が一番マリーちゃんの心配してないでしょ、馬で走って行くあの子にマスケット銃を渡したりするし(※第五作)」
「それは……何度も弁明したじゃないか、あの子は止めたって止まる子じゃないんだ、だったらちゃんと武器を渡してやった方がいいだろ」
「まあ、マリーちゃんも不精ひげにだけは厳しいわよね……他の水夫には優しいのに」
狼狽えるニックを見てアイリは苦笑いをして、鉛筆を持ち直し検算を再開する。
「……フォルコンが行方不明になって、あの子が初めてリトルマリー号にやって来た時……俺は桟橋を歩いて来る女の子を見て、この子めちゃくちゃタイプだって思っちゃってさ」
ニックは、眉をハの字にして、しょぼくれた顔でそう言った。アイリは俄かに慌て、手にしていた鉛筆も取り落してしまう。
「ちょ、ちょっと! そんな事考えてたの不精ひげ! やーだ、自分の娘でもおかしくない年の子じゃない!」
「仕方ないじゃないか、男なんて年は取っても中身は変わらないよ。俺もすぐに気づいたんだ、まずい、これはフォルコン船長の娘さんだって……だけどあの年頃の女の子ってそういう所凄く鋭いだろ? 自覚してるかは解らないけど、この男、私に気があるんだって気づいたんだと思う」
他所を向き真顔で語る不精ひげニックを見て、アイリは半笑いで腹を抱えて震えていた。
「か……考え過ぎよぉ、太っちょもカイヴァーンも言ってるわよ、あの子は他人の事には鋭いけど自分の事には鈍感だって、不精ひげが自分に惚れてるなんて気づいてないわよ絶対」
「勘弁してくれ、惚れてるとかじゃないんだ、ただ、二進も三進も行かなくなったリトルマリー号の前でいじけてた俺の前に、可愛い女の子がやって来た、それだけの話だよ……」





