18 転機 (5)
フレデリックが王都への帰路に着き、アデルは気持ちを新たに勉強に励み出した。
学園に入学するという目標が出来るとこれまでとは勉強に対する意欲が違った。これまでよりもより有効に時間を活用するようになり、生活にもハリが出た。
明日が来るのが楽しみ。今日が、毎日が明るく輝いて見える。
その気持ちはフレデリックと出会ってから少しずつアデルの心の中に芽生えた希望の光を纏った一輪の花となった。
これまでとは見違える様に活き活きと日々を過ごすアデルに、カーラさんは目を丸くし、大伯母は何も言わず無視を決め込んだようだった。おばさんには一度落ち着きがないと嗜められたのでそれからはおばさんの家ではこれまで通りの態度で過ごすよう気をつけている。
おばさんにはまだアデルが学園に進学しようとしている事を話していない。大伯母から話すと言うのでアデルはそれまで黙っている事にした。
数日後、いつもと同じように大伯母の家から孤児院へと向かうと、孤児院の横手でダンテと出くわした。
「久しぶりね、ダンテ。納品終わったの?」
ダンテはアデルを見留めるといつもと違うやや真面目な顔で話出した。
「アデル、今ちょっといいか」
そう言うとついて来いとばかりに視線で促し、二人で孤児院の裏に回り辺りに人のいない事を確かめるとダンテは漸く話し出した。
「アデル、王都に行くって聞いたけど、本当か?」
聞かれてアデルはびっくりした。
「どうしてダンテが知ってるの!?」
「そんなの、関係ないだろ。それよりどうなんだよ。その反応じゃ、本当の話なんだな」
何故だかダンテは機嫌の悪そうな顔をしている。
「まだ本当に行けるかどうか、分からないわ。試験に受からないと無理だもの」
「試験?」
「うん、学園に入る為に入学試験があるの。それに受かったら入学出来るって」
「王都の学園に…。それで最近やたらと勉強してるのか」
そう言われる程勉強しているつもりはない。ただポケットにはいつも小さな単語帳が入ってはいるが。これは司教さまが綴りの間違えやすい単語を見繕ってくれたもので、人がいない時、アデルは家事の合間に見ては練習していた。それでもいつの間にかダンテに見られていたのだろうか。
「なんでそんな話になってんだよ。アデルがそんなとこ行きたかったなんて、俺聞いた事無いぞ」
ダンテに思いの外強く言われてアデルは黙ってしまった。
確かにアデルはそんな事を言った事はなかった。
ーだってそんな事出来るなんて思いもしなかったものー
なんと答えていいのか分からず俯いてしまうとダンテが声を落として言った。
「あいつに言われたのか。あいつに、あの貴族に王都の学校に入れって言われたのか。だからアデルは大人しくいう事きいて…」
「ダンテ! そんな言い方しないで。あいつだなんて。それにワイデマン様は別に強制した訳じゃないわ。私が、自分でそうしたいと思ったのよ」
「なんでだよ! なんでそんな所行こうだとか考えるんだ? 俺達みたいな平民がわざわざそんな遠くの王都の学校なんか行って何になるっていうんだよ!
王都に行ってみたいとかなら分かるさ。俺だって行ってみたい。なんなら一緒に二人で行こうぜ。
王都行ってお城を遠くから見て、美味しい物食べて珍しい物見て、土産になんか買って帰ってきて、皆んなに王都に行ってきたって自慢話して、あーあ、疲れた、王都は遠かった、けど楽しかった、一生の思い出だって、それでいいじゃないか!! わざわざ学校に入らなくても、俺達にはそれで充分なんじゃないのか!?」
両脇に降ろした手で拳を握りしめ、肩を震わせながら捲し立てるダンテの瞳には見たことのないような熱が籠り、アデルは一瞬息をするのさえ憚られた。知らず、両手を胸の上に重ねて握りしめていた。
ダンテの言う事はアデルにはよく分かった。暫く前のアデルだったら同じように考えただろう。町とはいえここは辺境の片田舎。普通に暮らしていたなら王都なんて一生に一度訪れるかどうか。それ程縁の無い場所なのだ。
田舎者の自分たちの生活といえば、食べる物は近隣で採れた野菜に家畜の肉や乳、服は普段は町の古着屋で買い、新しく生地を買って縫う所からするのは成人の祝いか婚姻を結ぶ時くらいで、しかも大抵が家人の手製だ。新品の服を作るなら生地屋で注文するか、ここから馬車で二日かかる更に大きな町まで行くしかない。
生活用品はダンテの家のような雑貨屋か絶えず入れ替わりにやって来る行商人から買うか自家製も少なからず。少し前にパン屋が出来たが、買う人が少なくて今や食堂となり傍らパンも売っているという体だ。
王都の流行なんて一回りも二回りも遅れてやってくるから、以前ロケットリングがこの町で流行り出した頃には王都帰りの気取った商人の妻に「あら、アンティークね、懐かしい」なんて言われる始末だった。
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