16 転機 (3)
久しぶりに懐かしい夢を見た。
夢の中でアデルは何処かへと向かっていた。
気がつけば今よりも幾分小さい自分。
何処へ向かっているんだろう。ううん、ちゃんと分かってる。あそこね、私が向かう先は。
行かなくちゃ。あそこへ行けばあの子にまた会える。きっと待ってる。急がなきゃ。
やがて見えてきたいつもの場所には、鼠色の丈の長い服を着たアデルとそう変わらない背丈の子がこちらに背中を向けて立っている。
アデルが息を弾ませ近づくと、その子の艶やかな黒髪がサラリと揺れ、その男の子がこちらを振り向いて…
もう少しでその子の顔が見れると思った瞬間、アデルは夢から目が覚めた。
外からは小鳥の囀りが聞こえ、部屋に朝の明るい陽射しが薄っすら差し込んでいる。
夢……かぁ
起き上がり手で顔を擦るとそのまま髪をかき揚げ、天井に向かって両手を突き出し伸びをした。
フレデリックから王都の学校への進学を勧められた後、どこか心ここに在らずのアデルはサミュエル司教に呼び止められ、事の次第を洗いざらい話し相談することとなった。きっと司教は侯爵から予め話を聞いていたのだろうとアデルは思った。
結果、フレデリックが王都に戻る前日になって漸く、アデルは王都の学校へ行く決心を告げた。
返事をするや否やアデルは侯爵に連れられ司教の元に行き、そこから司教は大伯母の元へと打診に向かった。翌日には侯爵が大伯母の元へ挨拶とーー貴族がわざわざ挨拶に出向く事自体、この町では大事件であるーー司教を交えて三人での話し合いとなった。その間アデルが何も手に付かなかったのは言うまでもない。
話し合いは難航し、午前のブレイクタイムの訪いだけでは終わらず、昼食時には一旦侯爵と司教は引き上げた。
大伯母と共に付いた昼食の卓では大伯母は進学については一言も話さず、午後再度二人が訪れアデルがお茶を出し終え部屋を退出すると大伯母の小さな居間の扉は再び閉じられ、アデルに中の様子が伝わる事は無かった。
それでも午後のティータイムに新しいお茶とお菓子を用意しカーラさんと持って行くと丁度話し合いを終えた頃合いと見え、侯爵は真面目な表情で書類を読み司教は穏やかにアデルに微笑んでみせた。一方、大伯母は眉間の皺を揉み解して疲れた様子に見えた。
話し合いはどうなったんだろう。大伯母さまはなんてお返事なさったんだろうか。
アデルの胸が早鐘の様に大きく打つ。
「アデル、おめでとう。リンド夫人は承諾してくださったよ」
晴れやかな顔をした司教に言われてアデルは息を呑んだ。思わず侯爵を見るとアデルを見て満足そうに微笑んでいる。
「大伯母さま、ありがとうございます」
未だ眉間を揉んでいる大伯母にアデルは勢いよく頭を下げた。
「私よりも侯爵様に感謝申し上げなければいけませんよ、アデル。全てこの方が望まれたからこそ、私は承知したんです」
言外に不承不承であると滲ませた大伯母の物言いに司教が取りなし付け加える。
「ええ、そうでしょうとも。なんと言ってもアデルはまだ子供だ。一人で遠くへやるなんて心配して当たり前ですとも。だからこそ貴女の勇気ある決断は神の御心に叶うものとなるでしょう」
大伯母はそれには応えずフーッと息を吐き出すと黙りこくってしまった。
その後お茶を終えて二人を見送るとアデルは大伯母の居間に呼ばれた。
大伯母は一枚の紙をアデルに見せた。そこには司教の字で話し合いで決められた約束事が書かれていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
アデルの大伯母さまのお名前はリンド夫人です。




