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もっと早く知りたかった  作者: 蔵前
病院と黒子と浮遊霊
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四 院内探索

 三階には大きなナースステーションがあり、そこに辿り着いてわかったのが、病院は停電していたが完全に停電してはいないという事実である。

 ナースステーションのナースコールボタンも生きており、非常口への案内板のライトなど、そこかしこで赤や緑色の小さな灯りは灯っていたのである。


 私がいた病室が真っ暗だったのは、あそこの場所が取り込まれていく人々が眠る場所だったからと宇津木は言った。

 でも私はナースステーションに辿り着くまでに目にした光景、廊下や病室の窓に段ボールやブルーシートなどが貼られていた光景の方が、現実感が無いと思った。

 だって、患者の自殺防止に窓が無い病室だってあるような気がするし、そう、霊安室だって病院にはあるはずだし、こんなバリケードのような状態の病院こそあるはずないのだ。


「半分化け物の世界なのに電気が生きているのね。」


「半分は現実だからね。それに、現実でも予備電源はあるものでしょう。病院が完全に停電したら大変でしょう。生命維持装置に繋がれている患者さんもいるんだし。」


「そっか。その人たちは大丈夫なのかな。」


「大丈夫じゃない。化け物は人に乗り移ってはそこかしこで爆発して自分の分身をばらまいているから。彼らは逃げることも出来ずに侵食される。化け物から無事でも予備電源はもうすぐ止まるし、助けが無ければあと数時間の命ってとこ?」


「そっか。でも、そんな化け物、どうやって倒すの。あなたが言う一階の集中治療室に化け物がいるっていうけど、銃だって火炎放射器とかだって無いでしょう。」


 ハハハと宇津木は楽しそうな笑い声をあげ、私と繋ぐ手をぎゅっと強めた。


「大丈夫。さぁ、サクサク行こうか。」


 彼は私の手を繋ぎ、ナースステーション横のエレベーターホールへと歩きだした。

 そして私も、左足首の靭帯を損傷している筈なのに、今は普通に歩いている。

 それはこの幽霊である自分の力なのだと宇津木は言い張り、私達は一分一秒でも早くラスボスへとたどり着けるように手をつないだまま歩いているという事だ。


「あぁ、せっかく女子高生と手を繋いで歩いているのに、こんな気味の悪い病院内だよ。ねぇ、遊園地のアトラクションだと想像しようか。それとも、これからラブホに行く援交少女とおっさんというシチェーションとか。あぁ、パジャマと病衣か。畜生。制服をどこにやったの、君は女子高生でしょう。制服アイテムは大事にしてよ!」


「だまれ、宇津木。お前は黙っていろ。」


 本当に、私の中のお前のイメージを壊すんじゃねぇ。


「幽霊に優しくないよね、君。ミリミリはすっごく優しいって俺は思っていたのに。」


「うるせぇよ。お前こそ私の中の自分のイメージを壊すなよ。お前は文学青年だったんじゃないのかよ。こんな下卑たおっさんじゃないはずだ。」


 宇津木はわかりすぎる程にびくりとし、そして馬鹿みたいな笑い声を上げた。

 やけっぱちにも聞こえる大きくて煩いものだ。


「はははは。おっさんだよ。下卑たおっさん。恋をした女子高生を眺めるために、覗き見の視線を隠すためにって、毎日頭の良さそうな本を片手に電車に乗っていたおっさん。ほんとに馬鹿でしょう。ほんとうに、ほんとに、一度でも声をかけていれば。」


 私の右手はぐいんと下に引っ張られた。

 宇津木は私の手を握ったまましゃがみ込んでしまったのだ。

 私は初恋の人が絶望で泣く姿に耐えられずに、でも、彼の手を放したくないからと、左手で彼の頭をそっと撫でた。


 言い訳はすまい。

 この行為はずっとずっとやってみたかった私の夢でもある。


「君は嘘つきのおっさんに優しいねぇ。」


「優しくないって言ったり優しいって言ったり、面倒だね、あなたは。大体いくつなの。私は十七歳だよ。」


「……言いたくない。」


「なんでだよ。既にロリコンだってわかったからさ、言えよ。」


「……二十六。」


「全然おっさんじゃないじゃん。大丈夫、女子高生にはまだ許容範囲内。いや、就職している二十六歳なら、自慢できる彼氏?」


 しゃがんでいる男は私が酷いと二つ折りになり、うわっと大きく泣き出した。


「なんで泣くの!慰めてんのに!」


 がばっと宇津木は上体を起こし、顔を上げて私を睨んだ。

 目元に涙跡が残るということは全部が嘘泣きでは無かったのかと、思わず私は彼の頭をポンと撫でた。

 が、その手はぱしっと宇津木に払われた。


「君は本当に意地悪だよ!」


「わたしのどこが!」


「だってさ、自慢の彼氏になれるんだったらさ、俺は告白したよ。絶対に告白したね。でも、俺は死んでんの。もうトライできないの、わかる?この辛さ。そんなのに、頭をよしよしだよ。意地悪だよ、君は。」


 二十六の男は大人では無かったようだと思うような喋り方をしたあとに、右手でぐいっと涙を拭うと、勢い良く立ち上がった。

 私の右手は今度は上にグインと引っ張られた。


「行くよ。それから、なんか得物を持って。」


「獲物?」


「うん。武器。長い棒みたいなのがあれば最高。ほら、お客さんがやってきた。」


 ひたひた、ぺたぺたという複数の音は、空耳ではなく私達の方へと向かってきており、ぴかぴかと点滅する緑の光で照らされた廊下の先には、黒い小さなぶつぶつの集合体の様な看護師がのそりのそりと四つ足の様な姿で蠢いているのが見て取れた。


 彼らはナースステーションに向かって動いているのだ。


「無理。急いでエレベーターホールに行こう。そこに階段があるんでしょう。ねぇ、動こうって、ねぇ、とおる君たら!」


 宇津木は私を見返すと、今までのみっともなさを忘れたかのようににやっと微笑んだ。

 なんだか物凄く嬉しそうな顔だ。

 どうしたお前って、言いかけた時、彼は偉そうに言い出した。


「階段にも化け物がいたら大変でしょう。だから武器をって。」


 そこで宇津木はピタリと口を閉じた。


「おい、どうした。格好つけて途中で止めるな。」


「おや、あら、ごめんね。少しだけ手を離すね。」


「痛い!」


 私は彼が手を離した途端に左足に激痛が走り、その場に座り込むしかなかった。

 私から手を離した宇津木は、ナースステーションの机に両手を置いて支柱にして身体を回転させるようにして、なんと、私達のすぐ後ろにいた男の形をした化け物に両足で蹴りを入れたのだ。


「うわあ!」


 叫んだのは勿論私だ。

 そして叫び声もあげる間もなかった化け物は、宇津木に蹴られて大きく真横へと大きく飛ばされて、ナースステーションの真向かいとなる壁にぶつかりそこで爆発した。


 ぶしゅう、と。


 壁は真っ赤な血と男だった破片だけが残り、破片と血はもぞもぞと動いている。

 虫の様な動きをするなあと茫然と見守る中、私はその動きをするのはそれらが全部小さくて細い虫だからだと理解した。

 黒子の様なぶつぶつが膨らんでいるのは、そこで黒い虫が繁殖していたのではないかと。


「きゃあああああああああああああ。」


 私は第四のパニックで叫び声をあげ続けた。

 宇津木は何て言っていた?

 取り込まれると。

 私の中にはたくさんいると。


「いやだああああああああああああああ。とおるくんたすけてええ!もうやあだあ!」


「たすけるー!」


 私はハイな声を出した宇津木に抱きしめられ、どころか、彼になんとお姫様抱っこをされて非常階段へと連れ去られた。


「うわああああああ。」


 どうしよう。

 私は落ちないように彼の首に両腕でぎゅうっと抱きついている。


 第五のパニックだ。


 吊り橋効果め、私は彼が大好きだ。大大好きだ。

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