二十 宇賀神
病院で生き残っていた人達は、私に話しかけるどころか遠巻きにして、それはあからさまに化け物として脅えてくれた。
そんな怖がられるだけの化け物と私がされたのは、全て宇賀神のせいである。
でも、宇津木はそんな身の上の私だからか、常に自分の傍にいろと言って、私と一緒に行動することを選んでくれた。
まず、宇津木は再び真っ白の防御服に黒マスク姿になると、病院の生存者達によって作られた最上階のセーフティゾーンから部隊の半数、彼を入れれば十二名だが、隊員を引き連れて飛び出して、セーフティゾーンフロアのすぐ下の階、七階へと感染者の掃討に乗り出した。
破裂していないものは破裂させる、動き回れるものは銃弾で動きを止めるという掃討だ。
虫で一杯の体中を膨れ上がらせた感染者達は、どれも宇津木達を見つけると逃げるどころか救難者が助けをもとめるかのようにして彼らに向かって来た。
彼らはあの紙袋が破裂させる音、銃撃を人だったものに行いながら、あるいは病院に残されていた投げられる小物をぶつけて感染者を強制的に破裂させていった。
その後、最上階から三つ目のフロアとなる五階まで完全掌握したと見るや、自分は別行動を取ると宇津木は部下に言い放った。
「ここからの作戦指揮も全部立神に戻すと伝えてくれ。」
インカムを立神と繋げている部下の一人がその言葉に対して右腕をぐるっと回して見せると、宇津木に叫んで返した。
「立神さんより返答です。ああ、やっぱり。まあ、やることはこれからも一緒だし、いいですよ。だ、そうです。」
「木村。そこは了解だけでいいよ。」
「ですが、隊長。立神さんは自分の鼓膜が破れるぐらいの溜息を出してくれましたからね。そこも伝えてさし上げなければって。」
「ありがとよ。じゃあ、これ以上立神を困らせないように君達は彼の言うことをよく聞いて。」
「困らせるのは隊長だけでしょう。自分達はケツを差し出せるぐらいにいい子ですよ。」
隊員達は下卑た笑い声をあげると掃討作戦にと私達から離れていったが、部下で隊員の一人である高杉は宇津木から離れなかった。
彼はマスクをしている顔を私に近づけると、マスクから唯一見える目の片方を瞑った。
「白いもさもさの猛者雄と一緒にいるよりは、丸出しのJKと一緒の方が良いじゃない。」
「ま、丸出し言うな!」
私は防御服を着ていないだけだ。
感染者なのだと宇賀神に名指しされたのだから、感染者に防御服はもったいないという理由と、宇賀神によって私がこれ以上感染はしないだろうと決めつけられた事による。
思い返さずとも、数時間前の自分はあの血にまみれた虫が蠢く世界において、四つん這いになってぺたぺたと動き回っていたのである。
確かに、今更何を防御するのって奴だ。
そして、私を観察したいらしい宇賀神も私達から離れなかった。
その上、マスクはしているが彼も防御服無しなのだ。
今更だが、私の隣に宇津木がいることもあって、私はずっと抱えていた疑問を変態に尋ねていた。
「宇賀神さん。あなたは防御服を着なくても良いのですか?」
「うん。体中にワセリンを塗ってあるし、寄生虫には自分以外の虫を宿主から排除しようとする性質も持っているからね、僕は大丈夫かなって。」
「あ、あなたも感染者、だった?」
「感染者って言うか、宿主。僕のお腹にはサナダさんがいるからね。」
「え?」
「サナダムシだよ。日本のサナダムシは絶滅したのか卵が手に入らないから西洋産の子だけどね。西洋産だからか、この子はお腹を時々痛くするのよ。やっぱり日本人には日本の虫だよねぇ。」
私は宇賀神からできる限り離れたいと移動して、当り前だがすぐ横にいた宇津木の身体にぶつかった。
宇津木の腕にしがみ付いたと言うべきか。
「どうした。」
「いえ。変態が気持ち悪くて。」
彼はマスク越しだが心地の良い笑い声を立てた。
そして、私の頭をさらっと撫でたのだ。
撫で方が、亨君とそっくりだった。
部隊と離れたのは、私達がこれから亨君が眠っている部屋に行くからだ。
五階のこのフロアにいるのに、どうしてすぐにそこに連れて行ってくれなかったのかは、このフロアどころか、毎回攻略フロアが完全に安全となるまで私と宇賀神は一番最初に制圧することになるナースステーションに押し込められるからにすぎない。
いつも宇津木は私に大丈夫かと声をかけ、それから出撃し、私は彼が戻ってくるたびに飼い主を待つ犬のように彼が帰ってきたと彼にしがみ付くのだ。
本当に犬のように、だ。
お兄さんを持つって、こんな感じなのかもしれない。
亨君にはドキドキばっかりして、彼に抱きつきたいのに逆に抱きつけなかったというのに、彼の兄である宇津木には平気で出来るって不思議なものだ。
だが、それを繰り返しているうちに、彼の部隊は私に優しくなっていた。
反対に高杉が少し距離を取るようになった気がする。
いや、彼は最初から私には警戒していなかっただろうか。
「どうしたの?」
「ううん。あと少しなんですね。亨君に会えるのが、あと少し。」
「――そうだね。もう二人は出会っていたなら、君に敢えて会わす必要は無いかなって気もするけどね。あいつはね、」
私は生きていた彼に会った最後を思い出していた。
骨と皮だけで、髪の毛だってまばらに生えているだけの、亨君の面影も消えていた、彼。
「でも、もう一度だけ手を握りたい。亨君が自分の所に連れて行ってくれた時に私は彼の手を握ったけれど、この、現実の今も手を握りたい。」
「――ありがとう。あいつはもう死んでいるけどね、喜ぶと思うよ。」
薄汚れた院内の通路を歩いて、今や目の前には薄汚れた白い扉もある。
宇津木はその病室のドアを横に開け、私はこの化け物達が死体の肉を食べるようなゾンビじゃなくて良かったって思った。
ベッドの上にはやせ細った彼が眠っていた。
出会った時のあのパジャマ姿で。
「とおるくん!」
自分の遺骸の隣に立つ幽霊はいなかったが、これは私には全く同じ再現のシーンだ。
横たわる彼に縋りついて彼のぐんにゃりした大きな手を両手で握りしめ、私は彼の温かく柔らかい手を自分の頬に当てた。
「とおるくん。どうして、まだ生きていたの?私の為に死んだんじゃなかったの?」
生命維持装置がまだ稼働していたのである。




