十三 亨君の言葉
亨君は私の元に戻って来てはくれなかったが、代わりに彼の兄を遣わしてくれた。
私の目の前に立つ男は全身を白い防御服に包まれており、顔などはガスマスクのようなもので覆われているという姿だ。
おまけに、背が高い。
亨君は中肉中背、いや、標準身長にアイドル歌手みたいなすんなりした肢体を持った美青年だったが、彼の兄と自称した男、宇津木亮はただただでかい。
百八十センチは軽く超えているはずだ。
「足が痛いってどうして?」
彼はしゃがみ込むと私の痛いと申告したはずの足首をぎゅうっと掴んで引き寄せた。
私は当たり前だが体を捩じるようにして転がされており、こんな無体な事を平気で出来る男は亨君の兄に違いないと確信をしていた。
亨君は優しいようで適当な所があった。
「あ、圧迫骨折してそうだね。ベッドに挟まれちゃってたんだっけ?」
宇津木の相棒と言っていた高杉も宇津木の隣にしゃがみ込んだ。
「ああ、これは歩けないわ。頑張ったねぇ、女子高生。うん、偉い偉い。生き残っている所も偉いね。やっぱ、女子高生は世界最強かもね。」
亨君の優しいようで適当だった所は、彼個人の性格ではなく警察官という属性によるものだったのだろうか。
「あの、ええと、あなた方は亨君を助けに来たの?」
私は彼等の存在はそれしかないと考えていた。
でも、私は亨君と一緒に行ったはずの亨君がいた集中治療室にも向かっていたが、集中治療室には亨君どころか、彼が横たわっていた部屋ではなかったのだ。
「いや。あいつはここの病院じゃないからね。」
あれは私の勝手に見た夢だったのかと希望が胸に咲いたその時、宇津木は私に質問を重ねてきた。
「それよりもどうして君はあいつを知っているんだ?あいつは君に話しかけも出来なかったはずだろう?」
私は亨君が私の事を家族に話していたという事実を知って、嬉しいよりも悲しくなってしまっていた。
あの亨君のひと時が私の脳みそが勝手に拵えたものだったならば、彼は生きている筈なのに、あれが本当の出来事だというのならば彼は私の為に自殺したのだと認めなければならないのだ。
「だって、亨君が助けてくれたから。」
「いつ?」
「警察やっていた時じゃ無いですか?それで、彼もこの子を好きになっちゃったって言う感じかな。彼は自分を覚えていないと思い込んでいて、でも、彼女は覚えていてくれた。良かったじゃないですか。あとはこの子を外に出して、弟さんに面会だ。」
「と、亨君は生きていたの!」
マスク姿の男はマスクのくせに顔を見合わせてから、再びそのマスク顔を私に向けた。
マスクから唯一覗ける宇津木の彫りの深いというかかなり濃い目元は、私に対して不信感を表わして、でも目元に悲しい色を一瞬見せてからマスクでくぐもった低い声を出した。
「あいつは死んだよ。あと二時間市内で生命維持装置は止められる。」
――電気が無くなってもうすぐ機械は止まるけれど、君に止めて欲しかった。
「ああ、そういう事だったんだ。亨君は電気が止まるって言っていた。パンデミックで緊急電源は病院だから生きているけど、もうすぐ切れるから死ぬ前に会いたかったって。ううん、そうじゃない。死んだら私をこの化け物から助け出せるから、自分のスイッチを切れって言って、言って、私が出来なかったから、自分で、自分で切って。」
私は亨君の兄だという男に亨君の言った事を語っており、言いながら涙も零れ、でも、私はゴワゴワな防御服に顔を押し付けられていた。
「――ハハ、あいつは君に会いに来たのか。幽霊で。幽霊になれたんだ。」
「うん。死んだばかりだからって、好きな子の傍にいたいから浮遊霊になったって言っていた。生きている時に私と話したかったって、でも、私こそ、彼が生きている間に話しかけたかった。ずっと、ずっと、好きだったもの。ずっと、彼を眺めるためだけに馬鹿みたいに早い電車に乗っていたのだもの。」
私は物凄く強く宇津木に抱きしめられ、私は絶対的に安全な腕の中だと、子供のように泣き出していた。
怖かった。
悲しかった。
夢じゃなくて、本当に亨君は私の事が大好きだった。
幸せだけど彼がこの世にいないなら地獄の中だ。
だから、とにかく泣いて誰かに縋りたかった。
「はい、ここまで。それで、美梨ちゃん。亨君は他に何を言っていたかな。」
亨君の兄じゃない方のマスクが私に声をかけた。
「ええと、外でパンデミックが起きているって。本当なの?それで親玉は犠牲者の意識や記憶を取り込んで自分のものにしてしまうって。パンデミックが起きていたら、病院こそ安全な場所になるのにねって。」
黒マスク達は再び顔を見合わせた。




