VS,ピオーネ
今回の夜会もなかなかの人出だった。
大広間には色とりどり、この国では見ない衣装の人々もいる。
数年に一度、関係を保つために持ち回りで催される夜会。それが今年はこの国で開催されていた。
それ故に周辺国の王族や貴族も多数参加している。
半ば警備も兼ねて、いつもなら出張ってこないハイランダーズの騎士、隊長級以上が会場内に散っていた。
とはいえ夜会は夜会。
アメリはクロノに引っ付いて、いつもより長時間の挨拶回りを終わらせて、いつものようにご婦人専用の休憩場所で腰を下ろす。
ご婦人専用ではあるが、それは建前上の話で、男女の比率は半々に近い。
大概のご婦人の側には、その世話をする人がいるからだった。
もちろんアメリにもお守りが付いている。
愛人その1(笑)のハルが側に控えていた。
そして珍しくアメリの横に、この場に送り届けて来たクロノも腰を下ろす。
「……ちょっと、近くない?」
「……そんなことはない」
「いや、近いでしょ」
お互いの腰が引っ付きそうな位置にクロノはいる。
腕が邪魔になるから、右腕は背もたれに回し、アメリの肩を抱くような格好だった。
「離れてって、座りにくいから」
いつにも増したむすっとした表情で、クロノはさらに間を詰める。
少しでも小さくまとまろうと左側の足を組み、アメリはその膝の上で頬杖を突いた。
「……左足を上げるな」
「…………イヤこれどう思う、ハル」
「……うーん……まあ、そうなるだろうと思ってた」
へらりと笑って、ハルは長椅子から離れていく。食べ物と飲み物を取りに、食事の用意されている場所へ優雅に向かった。
広間の中央で踊っている人々や、その脇で談笑している人々を眺めていると、人波をかき分けて男が真っ直ぐに歩み寄ってくる。
アメリのすぐ目の前に立つと、苛々とした声を上げた。
「おい、何してるんだ。座ってないで、その辺りを練り歩け」
声の主はアメリの衣装を一手に引き受けている、仕立て屋のグレゴール。
「グレゴールどうしたの? 夜会に来るなんて、珍しいね」
「他所の国で流行っている衣装が見放題だからな……こんな機会は余りない。勉強になる」
「なるほど、さすがだね」
「そんな世辞は要らないから、もっと歩き回れ。俺の衣装をあちこちに見せびらかしてこい」
「……ちょっと休憩くらいさせてよ」
と、アメリは言ったものの。
終わり間近まで居座って、そのままあちこち行かないのがいつものお決まりではある。
なんとか濁してこのままここで落ち着きたい。
グレゴールはそんなアメリの雰囲気を感じ取ったのか、気難しい顔を険しくさせる。
すぐに飲み物とちょっとした食事の皿を持ち、器用に両手で運ぶハルが戻ってくる。
ささっと小さな卓に並べるのも慣れた手付きだった。
「こちらの方は?」
「グレゴールだよ、いつも私の衣装を作ってくれてる」
「ああ、妹殿下の! ……へぇ、会えて光栄だな、よろしく」
にこにことハルはグレゴールに手を差し出し、握手を交わしている。
特にハルの方は固く手を握った。
「もう、ホント。いつもありがとう!」
「……何がだ」
「今回のアメリの衣装も最高だよ!」
「……騎士団長はお気に召さないようだが」
「それはまぁ、しょうがないよね! でも、最高!」
「そう見えるように作ったんだから、当然だ」
クロノは卓の上のグラスを取って、ひと息で酒を飲み干すと、少々乱暴にグラスを戻す。
「……もう少し何とかならないのか」
「奥方はあまり露出をするのは好んで無いぞ」
「肌を見せろとは言ってない」
「……何が不満なんだ」
「分からないのか?」
手のひらの上に乗せた何かを、壊さないようにぷるぷるしながら持っていたが、我慢ができなくなったように力一杯握りつぶす。
ぎりぎりと力をこめて拳を震わせている。
グレゴールはそれを見ながら、少し首を傾げた。
「……あー。……うん。多分ね、体にぴったりし過ぎなのを言ってるんだと思うよ」
ハルはくすくす笑いながら、自分のグラスに口を付ける。
「何だ? それのどこが悪い。こんな真っ直ぐな体、分厚く覆い隠すのはもったいないだろう」
「あ! 分かった! クロノは真っ直ぐ過ぎて胸が小さいって言いたい!」
「なに?!……違う、そうは言ってない」
「そうだよ。そんなことないでしょ、アメリはちょうど良い感じだよ?」
ハルはアメリを見て、自分の手に視線を落とす。
手の中に収まる、何か丸いものを撫でているようなハルを、斬り倒す勢いでクロノは睨んでいた。
「おい、その手を止めろ……」
「……なんだ? 奥方は締め上げるのも嫌いだし、横から寄せようにも寄せるものが無い……どうしろと」
「……胸の話はしていない……」
「では何が気に食わないんだ」
「こんな! ……これは……これ……布一枚しかないような……」
「一枚じゃないぞ」
「二枚重ねだよね?」
「枚数の話じゃない」
絹の薄布の上を、緻密に編み込まれたレースで覆う。
ぴたりと体に沿うこの意匠は『騎士団長夫人の符丁』として、御婦人方の間では、もうすでに浸透していた。
ハルがわざとらしく咳払いをして、注目を引く。
「あのね……アメリ下着を着てないよね」
「何言ってるんだ。ここまで体型に沿ってるんだ、そんなもの着せられるか。下着の形が外に響くと美しくない」
「……グレゴールがそう言うから」
「その横の切れ込み。そこね、もう、足の付け根まで見えてるでしょ」
「構わないだろう、左側は騎士団長がいる」
「こっち側は傷がないから見えても別に嫌な気分にならないでしょ?」
うーんと言い淀んで、ハルは言葉を選ぶのを止めることにした。
「なんて言うの? 他は隙なく肌が隠れてるのに、足だけばっさり見えてるでしょ」
「そこが良いんだろ」
「うんそう! 僕はね、とっても良いと思う。どうかこのままでお願いします! そして、いつもありがとう!!」
ふたたびハルはグレゴールの両手をとって固く握手をした。
「お前は誰の味方なんだ……」
「ああ……そうだった。えっと、だからね? 総長はさ、今のアメリは、つるっとひと皮剥けばもう裸じゃないかって言いたいんだよ」
「葡萄みたいだね!」
「色も似てるな」
「ホントだ!」
作って着せる方は服がより美しく見える事しか考えず、着せられる方はそれに応えようとしているだけ。
どちらも中身に関して余りにも気を回さない。
薄々そうではないかと感じていたが、着せる側と着せられる側にひとつも齟齬がない。
今夜この場ではっきりとした。
「……あー。これ無理だ、総長……諦めなよ」
確かにいつも気が気で無いし、他の誰にも見せたくはない姿なのに。
毎度、ひと目で我が妻の美しさに心が奪われるのは本当のところだった。
「……もう一杯持ってきてくれ」
「はいはい」
「それを飲んだら、そこらを練り歩いて見せびらかせよ」
「ふふ……葡萄なのに」
◻︎◻︎◻︎第三回戦◻︎◻︎◻︎
クローディオス ✖️ー ◯ ピオーネ
クロへいちゃんは全敗で三本勝負は終わりです。
ここまでお読み下さいまして、ありがとうこざいました。
楽しんで頂けましたでしょうか。
そうであったら、幸いでございます。
一番楽しかったのは私でした。
また何か思い付いたら発作が起きます。