220話 障壁の正体
高速で飛行するスフィンクスの眼前に、カード使いしか使えないはずのバインダーが浮かんでいた。
しかも、スペルを使用したのである。
「スフィンクスが……なんで……」
だってあいつは、この世界で生み出された存在なんだぞ? どう考えても、転移者ではない。
しかし、スフィンクスはカード使いとしての力を持っている。これは間違いなかった。
生物即死や拘束能力の対象にできない理由も、これで理解できる。プレイヤーとしての特性を持っているからだ。
基本、モンスターのみが対象のスペルや能力は、プレイヤーに対して使用できない。そもそも対象にすらできないのだ。
そしてあのライフバリアにそっくりな障壁。そっくりではない。ライフバリアそのものだったのだろう。
スフィンクスが時おり虚空を見つめるのは、自身のライフを確認しているのだと思われた。
考えれば考えるほど、スフィンクスがカード使い以外の何者でもないと、確信できてしまう。だが、なぜ?
「クアアアアア!」
「くっ! まずい!」
俺の思考を邪魔するように、スフィンクスの咆哮が響き渡る。そして、凄まじい速度で降下してきた。
その狙いは、コボルトたちに救助されている最中のオーク・グランドチャンピオンだ。
「クアアアォォォ!」
「逃げろっ!」
コボルトの狙撃弓兵やバルツビーストたちは何とか逃げ散ったが、未だに満身創痍のオークは無理だった。
スフィンクスの振り下ろした前足に頭部を砕かれ、カードに戻ってしまう。
だが、こちらだってやられっぱなしではなかった。低空まで下りてきたスフィンクスに向かって、バルツビーストたちが一斉に跳び掛かったのだ。
左右からではなく、高く跳躍したバルツの森の主が上からも襲い掛かる。
「クアァァ!」
「またカード使いやがった!」
幻影転移。プレイヤーに対するアタックを1ターンの間、完全に無効化してしまうスペルである。
プレイヤーを対象に使うカードだ。やはり、あのスフィンクスがカード使いで間違いなかった。
幻影を残して、上空へと転移したスフィンクスが、憎々し気にこちらを見下ろしている。
先程の五連水弾といい、今の幻影転移といい、スフィンクスが使ったのは青のスペルだ。
「青のカード使い……」
俺が思い出すのは、水原伊織の名前だ。しかし、なぜあんな姿に?
プレイヤー自身をあんな怪物に変身させるカードあったか? いや、そもそも、スフィンクスはエルフに作られた存在で……。
「あー、分からん!」
何故かスフィンクスと水原が融合し、プレイヤーとしての力を手に入れた。それ以外は分からない。
だが、今はそれで十分だった。
「とりあえず、奴の障壁がライフバリアだって分かったんだ! 攻撃を続けるぞ!」
ダメージを与えて行けば、いずれ破壊することができるだろう。
「みんな! 攻撃だ! やれ!」
「わかりましたぞ! わっふー!」
「行きます!」
槍持ちの2人、ワフとエミルがスフィンクスに突進していく。攻撃することが有効であるとハッキリしたのであれば、俺も自信を持ってカードを使える。
「――ストーンキャノン!」
「クアァ!」
「ぬおりゃあああ!」
「ガアアア!」
ワフたちの突進を躱したスフィンクスは、直後に放たれたストーンキャノンを前足で迎撃する。
さらに、背後から襲い掛かったゼド爺さんを尻尾を振り回してで弾き飛ばすことに成功したが、虎人の大剣士までは対応しきることができなかった。
その背に、一撃が加えられる。まだライフバリアは残っているか。しかし、そろそろなのは間違いない。
昨日から合わせても、20点以上のダメージを与えているのだ。青のカードにはライフバリアを回復させるカードもあるが、それでも限界はあるはずだった。
「グウウゥ……クアアアアアアア!」
スフィンクスも己の限界を理解していたのだろう。賭けに出ることにしたらしい。
すなわち、相手の要となっている人物を倒して、逆転を狙う。
狙われたのは俺だ。
凄まじい咆哮を放ちながら、スフィンクスがこちらに向かってくる。もう、防御も回避も行わない。
「ちょりゃあぁ!」
軌道を逸らそうと背後から突進したワフの攻撃が、バリアに弾かれる。まだダメか!
「グガアアァァ!」
スフィンクスの巨体が、俺を押し潰さんと迫りくる。だが、こんな時のために、対策を立てているのだ。
「ガルフ! フォル! メー! やってくれ!」
「ゴゴオオォォ!」
「お任せあれ!」
「メメー!」
岩と木の根が絡み合いながらせり上がり、俺の体をドームのように包み込む。さらに、背嚢から闇が溢れ出し、ドームの中の空間を満たした。
これが、俺の考えた防御方法だ。岩と樹木の盾で防ぎ、衝撃は闇で吸収する。精霊達の協力技で生み出されたこの防御なら、相当な攻撃でも防げるだろう。
それでも、凄まじい振動と音が、ドーム内の俺を襲った。
全身がシェイクされ、揺さぶられる。
数秒後、真っ暗のはずのドーム内に、光が差し込むのが分かった。見上げると、崩れ落ちたドームの隙間からこちらを睨みつけるスフィンクスと目が合う。
「グルルル……」
その額からは、僅かに血が流れ落ちていた。怪我自体は大したことがなさそうだ。弾け跳んだ石か何かが当たったのだろう。
重要なのは、奴が怪我を負ったということだ。
「ライフバリアが切れた! みんな! 攻撃が通るぞ!」
ドームの中から、ありったけの声で叫ぶ。すると、分厚い壁の向こうから、仲間たちが応えてくれる声が微かに聞こえた。




