第1話 鋼の刃は急転直下の烈風と ⑬
星嶺学園正門前駅からリニアトレインに乗るために、駅までは無駄に長い距離を歩かされる。体を案じるアルトが慧恋を昨日のピラーでのことのように抱えて行こうかと提案したが、頑なに拒否されていた。改札を通るときは機械が勝手に学生タグを識別してくれるからただ通過するだけでいい。タグの入っているデバイスは多様なので、反応しにくい位置に装備している場合は別個で簡易端末を所持することがある。全身精密機器なヒュームはそんな手間とは無用だ。リニアは学園領を網羅するように走っており、星嶺学園に所属するものは無制限で利用できる。
慧恋の住む寮の最寄り駅まで10分程度。整備が統合してできるからということでリニアが採用されているが、最高速度で走ることはないのだ。さらに駅から歩いて15分ほどで寮につく。
慧恋が自室の戸に手をかけると同時に開錠される。玄関で靴を脱いでから壁をなぞるようにして表示させた家内システムを操作する。リビングに入るや否や、ソファに飛び込んだ。
「今日は何だか……とっても疲れた気がする。気がするというか疲れた。原因は一つだ」
扉を静かに閉めて「どうかしましたか?」とばかりに首を傾げるアルトを睨む。その無垢な微笑を見ていると、疲れてきた過程までを思い返すことは億劫だった。
「まぁシャーリィ先生が悪いことのほうが多いか」
契約初日からアルトへの好感度を下げてはいけないと、無理矢理シャーリィに責任転嫁してみると、思いの外上手くいった。というか実際そうなのだ。誕生日のサプライズはいいが当事者はサプライズしすぎだ。
「待て、何故近付いてくる」
クッションを胸の前に抱えて身構える。さっき研究棟前で最接近を許してから、アルトとの距離に敏感になっていた。
「お疲れのようなので、マッサージでも致しましょうかと」
「アルトってボディタッチが積極的すぎやしないか」
「シャーリィさまがお疲れの際は、よく頼まれていました」
「親が原因かよ」
自分は嫉妬しているのだと思った。アルトのオーナーがシャーリィだと思い込めるくらい、二人の関係は浅くないはずだ。それがよもやアルトを扱き使っていたとは。
「はぁ……ちょっと出てくる」
「どちらへ?」
「暗くなる前に夕食買いに行こうかと」
制服を着ているうちに出かけたいという思いもあった。部屋着に着替えたいが、とてもじゃないがそれで外出はできない。私服はいろいろ調えなければならないが、制服は楽だ。
「食材はあるようですが?」
ずっと同じ場所に立ったままのアルトが言った。家内システムに冷蔵庫の食品の出入りの具合を尋ねたのだろう。ヒュームなら、情報は見なくても見れる。
「今日は疲れた。自炊する手間よりは買出しする手間を選ぶよ」
「僕がお作りしましょうか?」
「……そうか、ヒュームなら料理も作れるのか」
ネットワークから料理をつくる一連の動作を取り込むことで、あらゆるバリエーションに対応が可能だ。膨大な蓄積された情報を重ね合わせることで、応用がきく。
「えぇ、まぁ……。僕の場合は練習したのですが」
「練習だと?」
「はい。いずれ振舞う機会があるだろうと暇をいかして練習していました。慧恋さまに召し上がっていただくことを考えると、自ら経験して上達したいと考えました。不都合であればデータベースを参考して料理します。その方が、食材の効率もいいでしょう。僕のレパートリーでは満足いただけない場合もありますし」
節目がちに少し自信なさげに言葉を紡ぐアルトを見て、慧恋は体の奥が熱くなるのを感じた。
自分には頑張ってまで料理を振舞いたい相手なんていないとはいえ、時代錯誤だが伝統的に女子は男子にそうしたいらしい。二人の立場は逆だったが、それは不可逆でもあった。ヒュームにできないことの一つだ。
「アルトの料理が食べたい。食材は好きに使ってくれてかまわないから、作ってくれ」
「はい、ただちに!」
目を輝かせて、台所へ駆けていった。仔犬であれば尻尾を振りまくっていたに違いない。
ひとの騒がしさが離れたリビングで、慧恋は少しだけ緊張を味わう。アルトの料理に不安はない。そわそわした新鮮な緊張だ。
たまらず、右手を払う動作でテレビをつける。夕方の微妙な時間にはつまらない報道番組しかやっていなかった。
「ていうか夕食には微妙にはやい時間だな」
買出しの時間も見込んで話題が始まったので、然るべき事態だ。
「小腹が空いたら夜食でも作ってもらおう……」
少しだめなひとになってしまいそうだ。頼ろうと思えばいくらでも頼れる。でもいっしょに住むのなら、専業主夫のように家事を一任しても悪くないはずだ。
「……飛躍しすぎだろう……」
アルトだけじゃない、誘里たちのことはヒュームだとしっかりと認識している。それでも彼等はものとは思えない。ひとだとすら思える。この時代の主流だ。
顔があつくなる。心は緊張しているのに顔が緩む。アルトが自分の所有物という言葉に意味が重なるのだ。
二つの意味の中で、一つ屋根の下、どちらを選んで自分は居るのだろうか。




