EP 36
生中継の防衛戦
ポポロ村に新しく専属の配信者(情報屋)として加わった少女・キュララは、現在、村の中央広場に特設された配信ブース――もとい、木製のテーブルの前に陣取っていた。
彼女の手元には、大陸中の情報受信板とリンクした魔導通信石が置かれている。水晶玉の表面には、すでに数千人単位の視聴者からのコメントが滝のように流れていた。
『おい、本当にあのポポロ村の生配信が始まったぞ!』
『噂の水道とか水洗トイレってやつを映せよ!』
『帝国の査察官を論破したって本当なのか?』
「皆さん、落ち着いてコメントしてちょうだい! 今日のポポロ村は、ただの観光案内じゃないわよ。なんと、村の西側防壁で『極秘の防衛演習』が行われるの! 世界初、辺境要塞のリアルガチ戦闘を生中継しちゃうんだから、刮目して見なさいよね!」
キュララが勝ち誇ったように通信石のレンズ(水晶)を向けると、配信の視聴者数は一気に数万人へと跳ね上がった。
しかし、その配信の裏で、当の本人である副村長・トオルは、役場の執務室で冷や汗を流していた。
「おいキュララ、何が生中継だ! 演習なんて聞いてないぞ! あれは正式な『不法侵入者の排除作戦』だ!」
「細かいことはいいのよトオルさん! 丁度いい宣伝になるんだから! ほら、画面の向こうの貴族たちに、この村に手を出したらどうなるか思い知らせてやりなさいよ!」
トオルが頭を抱えているその瞬間、村の空気を切り裂くように、あの忌々しい防災用拡声器のサイレンが鳴り響いた。
ウーーー――ッ!! ウーーー――ッ!!
『緊急お知らせ。北西セクター、防壁外周二十メートルに不審な武装集団の接近を確認。夜間定点センサーおよびソーラー投光器により捕捉。……これより、インフラ防衛プロトコルを発動します』
役場のデスクからマイクを通して響いたトオルの冷静なアナウンスが、村中に轟いた。
深夜の闇。黒幕であるリアク侯爵が送り込んだ精鋭の暗殺・傭兵部隊五十名が、音もなくポポロ村を包囲しようと森の影から忍び寄っていた。
「へっ、相変わらず田舎臭い鐘の音の代わりに変な大声が鳴り響きやがって……。こんな真夜中に、明かりの消えた村なんて丸裸同然だ。一気に踏み込んで、副村長とかいうガキの首を刎ねてやるぜ」
傭兵のリーダーが不敵な笑みを浮かべ、部下たちに合図を送る。
彼らは、かつて帝都の暗部を震撼させたプロの殺し屋集団だった。魔力を纏った忍び足で、村の防壁を軽々と越えるつもりだったのだ。
――だが。
パッ……!!
「「……っ眩っ!?」」
突如として、漆黒の夜が『完全な真昼』へと書き換わった。
防壁の各所に設置された大出力のソーラーLED投光器が一斉に点灯し、森のキワまでを数千ルクス以上の強烈な白色光で焼き尽くしたのだ。
闇に目が慣れていた傭兵たちは、網膜を焼かれるような激しい痛みに襲われ、その場で頭を抱えて悶絶した。
『あ、目が……! 何だこの光は!? 魔法の閃光弾か!?』
『見えねぇ! 周りが真っ白だ!!』
さらに、村の見張り櫓から、防災拡声器を通じたトオルの声が容赦なく降り注ぐ。
『侵入者の皆さん、夜間の無断立ち入りは軽犯罪法および治安維持法違反です。直ちにその場で武器を捨てて投降してください。繰り返します、投降しない場合は、物理的な『お仕置き』に移行します』
「ふざけやがえっ! ガキの脅しに屈するプロの傭兵がいるか! 突撃しろ、あの光の元を叩き潰せ!」
リーダーの怒号に背中を押され、傭兵たちが目をしばたたかせながら突進を始めた――その時。
ピシャァアアアアアッ!!!
「「冷たっ!? なんだこれ水柱かっ!?」」
突如として、防壁の内側から高圧の放水が噴き出した。
それはただのホースの水ではない。村の最高所にある「大型貯水タンク」の重力水圧と、魔導ポンプの加圧システムを直結させた、消防車顔負けの超高圧放水銃だった。
ゴゴゴゴッ! と唸りを上げる水流が、突撃してきた傭兵たちを直撃する。
時速百キロ近い水圧の塊は、分厚い鉄の鎧を着た戦士すら一瞬で吹き飛ばし、泥水と冷水の濁流の中に叩きつけた。
「ひゃああっ! 息ができない! 骨が砕けるぞ!」
「なんだこの水圧は!? まるで巨大な滝の底に落とされたみたいだ!」
武器を構える暇すらない。ただ冷水と高圧の暴力に押し流され、プロの傭兵たちはまるで子供のように地面を転げ回った。
***
その光景のすべてが、キュララの魔導通信石を通じて、大陸全土に生配信されていた。
『――リスナーの皆さん、ご覧ください! これがポポロ村の最新防衛システム『ウォーター・ディフェンス』です! 剣も魔法も使わず、ただの水と水圧だけで、精鋭の傭兵部隊がまるでプールの流れる水に揉まれるアヒルちゃん状態になっています!』
通信石のコメント欄は、文字通り発狂したような流速で埋め尽くされていいた。
『待て待て待て! あの傭兵団、ウチの国のギルドで指名手配されてるSランクの暗殺者だぞ!? それが水の勢いだけで全滅しかけてるんだが!?』
『剣を抜けよ! なんでビショ濡れになって泣き叫んでるんだよ!』
『これが……噂のインフラ防衛……恐ろしすぎる……』
ムーンキャピタルの豪邸で生配信を見ていたリアク侯爵は、手元の高級ワイングラスを握り潰し、顔を青ざめさせて立ち上がった。
「馬鹿な……! 私が巨費を投じて雇った精鋭が、一発の矢も放たれずに、ただの水流で……!? あの村はどうなっているんだ!!」
***
「よし、鎮圧完了ですね」
役場のモニター(監視用魔導鏡)で敵の全滅を確認したトオルは、静かにマイクのスイッチを切った。
「マンミアさん、自警団を率いて外の連中を拘束してください。あ、ちゃんと風邪を引かないように、診療所で温かいお茶と毛布を配ってあげてくださいね。『労働基準法』の精神は、不法侵入者に対しても基本的人権の範囲内では適用されますから」
「り、了解だトオル! ……それにしても、相変わらず容赦のない戦術だな!」
マンミアは苦笑しながら、エンジン式チェーンソーではなく、頑丈な結束バンドと大型ネットを抱えて防壁の外へと飛び出していった。
数分後。
「生中継、大成功よトオルさん! 視聴者数が過去最高を叩き出して、今頃王都の貴族たちは冷や汗ダラダラよ!」
キュララが通信石を掲げて大はしゃぎする。
トオルは深いため息をつき、腕時計――前世の形見の防水時計を確認した。
午後五時を少し回ったところ。
「……少し残業になってしまいましたが、これにて本日の全業務を終了します」
「お疲れ様、トオル君!」
執務室に飛び込んできたキャルルが、嬉しそうにトオルの腕にしがみついた。兎耳が機嫌よくピコピコと揺れている。
「外の片付けは自警団に任せて、早くサウナに行こ? スアイさんが『今日の排熱風呂は最高の仕上がりよ』って待ってるから!」
「そうですね。温かいお湯に浸かって、今日の分の疲れを完全にリセットするとしましょう」
トオルは書類の山を綺麗に整頓し、ボールペンをペン立てにカチッと収めた。
襲撃者は一兵も失わずに完全制圧され、その敗北の様相は大陸全土にリアルタイムで晒し者にされた。
もはや、武力でこの村を潰せる者などこの世界にはいない。
インフラという名の堅牢な牙を剥き出しにしたポポロ村の夜は、今日もどこまでも明るく、そして平穏に更けていくのだった。
ピロンッ♪
【不法侵入した傭兵部隊を非致死性インフラ(投光器と高圧放水)により完全制圧しました。】
【専属配信者による生中継を通じた抑止力の誇示と防衛の完遂により、貢献度ポイント +800pt を獲得しました。】
【現在の残高:12,804pt】
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




