1.運命に負けない
「お前を愛することはない! 俺には真実の愛がいる」
豪奢な新婚の寝室。その静寂を破ったのは、私の三人目の夫となったフェラーラ公子アルフォンソ閣下が放った、投げ捨てるような宣言だった。
これでもかと言うほど硬い眼差し。彼は胸元に光る女性物のペンダントを、固く誓うように握りしめている。
私が「呪われたボルジアの不吉な毒婦」と、彼に忌み嫌われているのは知っている。彼だけではない。
扉の向こうでは、フェラーラ宮廷の家臣たちが「毒婦が我が主を呪い殺さないか」と、張り詰めた空気で息を潜めているのが気配でわかる。初夜の床で突きつけられた、あまりにも残酷で、孤独に突き落とす白い結婚の宣言。
だが私の心は折れない。折れてなるものか。
私は身にまとったシルクの寝衣を優雅に揺らし、ふっと美しい微笑みを浮かべてみせる。できうる限り挑戦的に見えるよう、瞳に力を込めて。
「まあ、偶然ですわね。私にも真実の愛がおりますの」
「……は?」
閣下の端正な顔が、一瞬時を止めた。まさかそんな返答が来るとは夢にも思わなかったのだろう。眉をひそめ、呆然とこちらを見つめている。
「お前、今なんと――」
「ですから、お互い様でございますわ、閣下。好都合です。無理に愛し合う必要がないのでしたら、私たちは無駄に夫婦の真似事をする必要もございませんでしょう」
私はベッドサイドの机に、ずしりと重い羊皮紙の束を置いた。
「親愛なる戦友である閣下に、こちらを。私がお持ちした財産の目録です」
「な……っ」
閣下が弾かれたように目録に目を落とす。そこには、父であるローマ教皇から持たされた、金貨、領地、美術品、そして商権といった、眩暈がするほどの莫大な財産が記されていた。
「これの半分もあれば、今後20年間の軍事予算はゆうに賄えますでしょう?」
「お前……我が国の財政難を知っていて……」
「ええ、もちろん。ですから、愛を注いでくださらなくて結構ですし、最強のビジネスパートナーとしてこれ以上ないほどお役に立って見せますわ。お互い、心の奥底に『真実の愛』を秘めたまま、共にこの国を豊かにいたしましょう?」
私が凛とした態度で微笑むと、閣下は毒気を抜かれたように言葉を失った。
背中を向けてベッドへ向かう私は、『真実の愛』と交わした、秘密のポエジーリングを指先で優しくそっと撫でる。
「世界が私たちを分かつとも、私の魂はあなたの影を追い続ける」
かつて二人で作った詩。あの時には、この国に来ることになるなんて想像もしていなかった。
(見ていてね、私の真実の愛。私はどんな運命にも、決して負けないわ――)
――なぜ、こんなことになってしまったのだろう。
時計の針を巻き戻すように、私は遥かな記憶を思い返していた。
それは、ボルジアの呪いに染まる前。私がまだ、ただ無邪気に愛し愛されていた、5歳の頃……。




