後悔
私は人生の終わりを迎えるようになって、深い後悔をしている。
夫は20年も前に逝ってしまった。
大切にしてくれた夫だったが、その愛は私に向けられていなかった。
夫の愛はただ一人の女性に、その生涯に渡って向けられていた。
その女性一人に捧げられていた。
あの事故が全てを変えた。
あの事故が起きたから、夫は私と結婚してくれた。
でも、愛されないまま時だけが過ぎた。
病床に臥している私は病室の白い天井をぼんやり見つめていた。
兄が部屋に入って来たのを気付くのが遅れるくらい白い天井を見ていた。
「華子?」
「………お兄様、来て下さいましたの?」
「勿論、ただ一人の妹だから当然だよ。」
「皆様はお健やかでいらっしゃいますの?」
「あぁ……ありがとう。皆、変わりなく過ごせているよ。
華子は……痛みはどうだい?
軽減しているかい?」
「はい、ありがとうございます。」
「そうか……良かった。
華子、欲しいものがあったら言いなさい。
持ってくるよ。」
「……お兄様、どうかお気遣いなく………。」
「何を言ってるんだ。立った二人の兄妹なんだ。
華子が望むことは叶えたい。」
「お兄様………では、お願いがございます。」
「うん? 何だ?」
「お兄様………私を高嶋のお墓に入れて下さいまし。」
「何を言ってるんだ。君は高嶋から嫁いだ身だぞ。」
「お兄様………あの人が望んでいるのは私ではございません。」
「華子………。」
「あの人のお墓には……あの方に一緒に……入って頂きたいのでございます。
私とは……お兄様、お願い致します。」
「………華子。」
「お兄様……あの方は御存命なのでしょう。」
「あぁ……。」
「では、あの人のお墓を、これから先お願い致したいとお伝えくださいまし。
きっと、あの人は喜んでくれると思いますわ。」
「華子……いいのか?」
「はい……遅すぎたくらいでございますわ。
…………あの事故が無ければ……誰もが幸せだったのでは…………。
後悔してもしきれません。」
「華子。」
「お兄様、後の事はよろしくお願い致します。」
「相分かった。」
「嬉しゅうございます。」
「華子、逝ったらなどと言わないでおくれ。」
「………分かりました。」
「もう、休みなさい。 疲れただろう。」
「ええ、そうさせて頂きます。
お兄様もお疲れでございましょう。
もう、ご自宅でごゆっくりなさって下さいまし。」
「分かった。そうしよう。」
兄が病室から出て行った。
もう私は長くない――と分かっている。
白い天井、白い壁、白いシーツ。
白に囲まれた病室に居ると、私の脳裏に若い頃が蘇って来た。
真っ白な花嫁衣装に身を包んだ私。
その隣で新郎である夫は笑みを見せていた。
その時の私は、花嫁衣装を身に纏った自分の姿、凛々しい新郎の姿しか見ていなかった。
夫がその笑みで本心を押し隠していることを、私は知ろうとしなかった。
否、見ようとしなかったのだ。
夫の顔には翳りがあったことを、その時の私は見ようとしなかった。
見てしまうのが怖かったのかもしれない。
あの事故が夫と私、そして彼女の人生を大きく変えた。
あの事故が起きたから、私は夫と結婚出来た。
そして、彼女は…………。
白い天井、白い壁、白いシーツが私を若い頃に引き戻した。
私の記憶が20歳の時に戻された。
それは人生の大きな分岐点だった。




