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人殺し配信者と呼ばれた俺、なぜか毎回ダンジョン事故を当ててしまう  作者: 有馬 凪


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第十三話 開かないでください

【神谷リョウ最後の配信 完全版】


 真田さんは、はっきり言った。


「開かないでください」


 声は低かった。


 怒っているというより、止めるための声だった。


 協会の人間として。


 事故調査部の人間として。


 たぶん、何度もこういう映像を見てきた人間として。


「分かりました」


 青崎が先に答えた。


 ミオも小さく頷く。


 俺はスマホを伏せたまま、画面を見ないようにした。


 見ない。


 そう決めた。


 なのに通知音が鳴るたび、指が勝手に動きそうになる。


 人間は見るなと言われるほど見たくなる。


 それが一番嫌だった。


「公式声明を出します」


 真田さんは立ったまま、協会の端末を開いた。


「映像の閲覧、拡散、切り抜きを控えるように。ご遺族が望んでいないこと。脅迫と権利侵害の可能性があること。まずこれを出します」


「止まりますか」


 ミオが聞いた。


 真田さんはすぐには答えなかった。


「止まりません」


 事務的な声だった。


「ただ、止める理由を作ります」


 止める理由。


 それすら作らないといけない。


 スマホがまた鳴った。


 見ない。


 見ない。


 見ない。


 でも、机に伏せた画面が少し光る。


 通知の一部が見えた。


【完全版、やばい】


【灰原レン、やっぱり助けに行ってた】


【リョウの最後、きつすぎ】


 胸の奥が冷える。


 誰かがもう見ている。


 俺が見ないと決めても、世界は勝手に見ている。


「灰原さん」


 ミオが小さく言った。


「見ちゃ駄目です」


「見てません」


「見そうな顔してます」


「そんな顔あります?」


「あります」


「どんな顔ですか」


「冷蔵庫に賞味期限切れの肉があるか確認したい顔です」


「それ前も聞きました」


「分かりやすいので」


 少しだけ笑いそうになった。


 でも笑えなかった。


 真田さんが声明文を入力している。


 青崎はその横で何かを確認していた。


 いつもの青崎なら、ここで言葉を整えるはずだった。


 この文面はこうした方が伝わるとか。


 この順番だと炎上する、とか。


 でも今は黙っている。


 たぶん、言葉を整えること自体が怖くなっている。


 少し前までの俺ならそれを見て少しだけ安心したかもしれない。


 青崎も同じだ、と。


 でも今はそれどころではなかった。


 俺たちは同じ火の周りに座っている。


 誰がどのくらい燃えるかを比べている場合じゃない。


 ミオのスマホが震える。


 ミオは見ない。


 見ないように両手でスマホを伏せている。


 でも指先が震えていた。


「白瀬さん」


 青崎が言った。


「スマホ、こちらで預かりましょうか」


 ミオは即答しなかった。


 画面を伏せたまま、小さく言う。


「預けたら楽ですか」


「少しは」


「じゃあお願いします」


 ミオはスマホを差し出した。


 青崎が受け取る。


 これで、俺のスマホも伏せられ、ミオのスマホも預けられ、青崎のスマホも机の端に置かれている。


 配信者三人がスマホを遠ざけて座っている。


 依存症のグループワークみたいだった。


「配信者スマホ断ち会ですね」


 ミオが呟く。


「初回から重すぎますね」


 俺が言う。


 青崎が少し笑った。


「講師が真田さんですか」


 真田さんは画面から顔を上げないまま言った。


「私は参加しません」


「冷静」


 ミオが小さく言った。


 その瞬間。


 協会の公式アカウントから声明が出た。


【神谷リョウ氏に関する事故映像の拡散について】


 真田さんはそれを確認して、こちらを向いた。


「出しました」


 すぐに反応が来る。


 真田さんの端末にも、青崎のスマホにも、俺の伏せたスマホにも。


 通知音が重なる。


 声明は流れていく。


 そのすぐ下に、完全版の切り抜きが出る。


【協会声明の直後に見る神谷リョウ完全版】


 最悪だった。


「最悪だ」


 思わず声が出る。


 ミオが言う。


「心の声が漏れてます」


「もう隠す余裕がないです」


 青崎が画面を見て、顔をしかめる。


「声明が燃料になってます」


 真田さんは頷いた。


「そうなる可能性はありました」


「分かってて出したんですか」


 ミオが聞く。


「出さなければ、協会は黙認したことになります」


 真田さんは言う。


「出しても燃える。出さなくても燃える。こういう時は、正しい方を選ぶしかありません」


 正しい方。


 その言葉が少しだけ眩しかった。


 俺たちはずっと、伸びる方とか、燃えにくい方とか、切り抜かれにくい方を考えていた。


 正しい方。


 そんな単純な言葉を久しぶりに聞いた気がした。


「ただ」


 真田さんは続ける。


「正しい方が勝つとは限りません」


「ですよね」


 青崎が言った。


 その声には妙な実感があった。


 通知がさらに増える。


 完全版を見た人たちの反応が流れてくる。


【灰原、助けに行ってるじゃん】


【リョウの声きつい】


【コメント欄、今と変わらなすぎ】


【これ見て笑ってた視聴者も同罪】


【青崎の追悼配信、もう一回見たら無理】


【白瀬ミオのコメント、軽すぎ】


【霧島、昔からこうだった】


 全部が混ざっている。


 俺の冤罪。


 青崎の追悼。


 ミオのコメント。


 霧島の投稿。


 リョウの最後。


 そして視聴者。


 誰か一人に向かっていた火が広がっていく。


 ミオが言う。


「これ、もう誰も止められないんですか」


「止めるというより、広がり方を変えるしかないです」


 青崎が言う。


「どうやって」


「分かりません」


 正直だった。


 青崎が分からないと言うと、本当にまずい気がする。


 真田さんの端末に電話が入った。


 真田さんは少し離れて出る。


 声は低い。


 内容は聞こえない。


 でも表情だけで、あまり良い電話ではないことが分かった。


 俺は机に伏せたスマホを見た。


 見たい。


 見たくない。


 全部見なければいけない気がする。


 でも見たら壊れる気もする。


 ミオが俺を見る。


「今、同じこと考えてます?」


「たぶん」


「見たいですか」


「見たいです」


「私もです」


「最悪ですね」


「最悪です」


 青崎が言う。


「見たいのは自然です」


「青崎さんも?」


「見たいです」


 青崎は苦笑した。


「自分が今どれくらい燃えているのか知りたい」


 その言い方があまりに正直で少し怖かった。


 燃えている自分を見る。


 それは、自分の身体に火がついているのを鏡で確認するみたいなものだ。


 確認したところで火は消えない。


 でも見ずにはいられない。


 真田さんが電話を終えて戻ってきた。


「ご遺族側の代理人からです」


 俺は顔を上げる。


「……はい」


「神谷さんのご遺族は今回の映像拡散について強い抗議の意向を示しています」


 当然だ。


 当然なのに胸が痛い。


「また、灰原さん」


 真田さんが俺を見る。


「ご遺族から、あなたに伝言があります」


 息が止まった。


 ミオも青崎も黙る。


 真田さんは一度だけ言葉を選ぶように間を置いた。


「今は、謝りに来ないでください」


 その言葉は思ったより静かに刺さった。


 謝りに来ないでください。


 責められるより苦しかった。


 俺は頷く。


 声が出なかった。


 真田さんは続ける。


「映像の拡散が止まるまでは、会いたくない、とのことです」


「……分かりました」


 やっと声が出た。


 分かりました。


 本当は何も分かっていない。


 でもそう答えるしかなかった。


 ミオが小さく言う。


「灰原さん」


「大丈夫です」


 またそれを言った。


 大丈夫じゃない時に言う言葉だと、もう全員分かっている。


 でも他に言葉がない。


 青崎がスマホを見た。


 いや、見ようとして、止めた。


 そして真田さんを見る。


「協会として我々ができることは?」


「映像の閲覧を促さないこと。引用しないこと。配信で扱わないこと」


 真田さんは即答した。


「そして、もし発信するなら、神谷さんのご遺族が拡散を望んでいないことを最初に置いてください」


 最初に置く。


 それが今まで抜けていた。


 俺たちは自分たちの炎上を先に置いていた。


 でも本当はそこじゃない。


 リョウの家族が見られたくないと言っている。


 まずそれだ。


「発信します」


 俺は言った。


 ミオがすぐこちらを見る。


 青崎も少し身を乗り出す。


「配信ではなく、文章で」


 俺は続けた。


「ご遺族が望んでいないから映像を見ないでほしい。それだけ出します」


 青崎が頷く。


「それがいいです」


 ミオも言う。


「私も出します」


「俺も出します」


 青崎が言った。


 真田さんは少し考えたあと、頷いた。


「文面は確認します」


「お願いします」


 青崎がノートパソコンをこちらへ向ける。


 白い画面。


 また謝罪文みたいな時間が始まる。


 でも今度は少し違う。


 自分を守るためではない。


 いや、自分を守るためでもある。


 でも、それだけじゃない。


 俺はキーボードに手を置いた。


【神谷リョウさんの事故映像について】


 そこまで打って止まる。


 指が重い。


 ミオが隣から言う。


「最初にご遺族のことですよね」


「はい」


 青崎が言う。


「“ご遺族は映像の拡散を望んでいません”を早めに」


 俺は頷いて打つ。


【神谷リョウさんの事故映像が拡散されています。ご遺族は、その映像の拡散を望んでいません。】


 それだけで少し息が詰まった。


 続ける。


【映像を見ないでください。切り抜かないでください。引用しないでください。】


 短い。


 でも、このくらいでいい気がした。


 言葉を足すと自分の話になる。


【三年前の事故について、私自身が話すべきことはあります。ただ、今一番大事なのは、神谷さんの最後をこれ以上コンテンツにしないことです。】


 ミオが画面を見る。


「いいと思います」


 青崎も頷く。


「最後に協会の声明へのリンクを」


 真田さんが言う。


 リンクを貼る。


 文章は短かった。


 短いけれど、これ以上足したくなかった。


 投稿する。


 すぐに反応が来る。


《分かった》

《見ちゃった、ごめん》

《見ない方がいい》

《もう遅い》

《コンテンツにするなって言葉がコンテンツになるんだよ》


 最後のコメントが嫌に鋭かった。


 そうだ。


 これもまたコンテンツになる。


 俺が「見るな」と言うことすら、切り抜かれる。


 それでも、言わないよりはいいと思いたかった。


 ミオも投稿した。


 青崎も投稿した。


 三人の文章は少しずつ違った。


 でも最初の文は同じだった。


【ご遺族は映像の拡散を望んでいません。】


 それが並ぶ。


 しばらくして、霧島も同じ文章を投稿した。


 少し遅れて。


 たぶん誰かに言われて。


 でも投稿した。


《霧島も出した》

《今さら》

《でも出さないよりはいい》

《全員同じ文面で草》

《草じゃない》


 ネットはそれでも止まらない。


 でも、少しだけ流れが変わった。


 映像のリンクを貼る人に対して、やめろと言う人が出始めた。


 見た感想を書く人に対して、今それ言うなと言う人が出始めた。


 完全には止まらない。


 でも、少し濁る。


 火の色が少しだけ変わる。


 真田さんが言った。


「このあとは協会側で対応します。皆さんは今日は発信を控えてください」


 はい、と青崎が答える。


 ミオも頷く。


 俺も頷いた。


 発信を控える。


 配信者にとって、それは意外と難しい。


 黙ることが一番怖いから。


 でも今日は黙るべきだった。


 真田さんが帰り支度を始めた時、青崎のスタッフが部屋に入ってきた。


「青崎さん」


「どうしました」


「外の記者、少し減りました」


 青崎が息を吐く。


「よかった」


「ただ、代わりに一人、別の人が来てます」


「別の人?」


 スタッフは言いにくそうにした。


「神谷リョウさんのお姉さんだそうです」


 部屋の空気が止まった。


 真田さんがすぐに顔を上げる。


「神谷さんのご遺族?」


「はい。名刺を預かっています」


 スタッフが差し出した名刺を真田さんが受け取る。


 確認して、表情が変わった。


「神谷沙耶さん」


 その名前を聞いた瞬間、俺は思い出した。


 三年前、協会の廊下で一度だけ見た女性。


 リョウの姉。


 リョウの母親の隣に立って、ずっと俺を見ていた人。


 母親は俺を見なかった。


 でも、姉だけは見ていた。


 責めるでもなく。


 許すでもなく。


 ただ、見ていた。


 真田さんが俺を見る。


「灰原さん」


「はい」


「ご遺族側は、今は謝りに来ないでほしいと言っていました」


「はい」


「ただ、沙耶さんご本人がここへ来ています」


 喉が乾く。


 手元の水を飲もうとして、もう空になっていることに気づく。


 ミオが自分の水を差し出そうとして、途中で止めた。


 今は、それどころじゃないと思ったのだろう。


 青崎が静かに言う。


「会うかどうかは灰原さんが決めてください」


 また、俺が決める。


 いつも、遅れてそれが来る。


 俺は立ち上がった。


 膝が少し重かった。


「会います」


 声は思ったより静かだった。


 ミオが立ち上がりかける。


 でも俺は首を横に振った。


「一人で行きます」


 ミオは何か言いかけてやめた。


 青崎も黙って頷く。


 真田さんだけが言った。


「私が同席します」


「お願いします」


 事務所の外へ出る。


 廊下はやけに明るかった。


 配信部屋のライトとは違う、普通の蛍光灯。


 その白さが少し怖かった。


 階段を下りる。


 外の記者は本当に少し減っていた。


 それでも数人いる。


 真田さんが先に出て、記者たちを止める。


 その向こう。


 ビルの入口の脇に、ひとりの女性が立っていた。


 黒いコート。


 髪を後ろでまとめている。


 三年前より少し痩せたように見えた。


 でも、目は覚えている。


 神谷沙耶。


 リョウの姉。


 沙耶さんは俺を見る。


 三年前と同じように。


 責めるでもなく。


 許すでもなく。


 ただ、見ていた。


 俺は足を止めた。


 何を言えばいいのか分からない。


 すみません。


 違う。


 お久しぶりです。


 違う。


 リョウさんのことを。


 違う。


 俺が黙っていると、沙耶さんが先に口を開いた。


「見ないでって言ってくれてありがとう」


 その一言で俺は何も言えなくなった。


 責められると思っていた。


 責められたかったのかもしれない。


 でも、最初に来たのは礼だった。


 沙耶さんは続ける。


「でも、あなたに会いに来たのはそれを言うためだけじゃありません」


 喉が乾く。


 沙耶さんはまっすぐ俺を見て言った。


「弟のことで、まだ表に出ていない話があります」


 ビルの外で、誰かのスマホ通知音が鳴った。


 俺はもう画面を見なかった。


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