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第9話 ワルキューレの騎行

アリッサは、

二人に計画を話し終えた。


荒削りではある。

穴も、多い。


それでも――

なんとか、上手く行きそうだ。


まずは、

檻からの脱出。


そして、

所持品の回収。


やるべきことは、

はっきりしている。


だが、

アリッサの胸の奥には、

ひとつ、

引っかかるものが残っていた。


帝国は、

本当に悪なのだろうか。


飯は旨い。

街は清潔だ。

子供は、保護される。


それでも。


「……全員、

殺していい理由には、

ならないよね」


「戦わない人には、

逃げてほしい」


隣で、

クリツァが鼻を鳴らした。


「甘いな」


「分かってる」


アリッサは、

前を見たまま答える。


「でも、私は」


「人を殺すために、

ここに来たわけじゃない」


アリッサの声は、

はっきりしていた。


「オペレーター、

聞こえる?」


〈音声状態、

良好です〉


「さっき、

帝国のシステムへの侵入は

無理だって言ってたわよね」


〈はい〉


「じゃあ――」


「システムは無理でも、

電源は?」


一拍。


〈可能です〉


即答だった。


〈本砦は、

ブロック単位で

電源が分離されています〉


〈局所的な遮断であれば、

検知までに

時間差が生じます〉


「……一瞬でいい」


「私の檻のブロックだけ、

落として」


〈了解〉


〈短絡を実行します〉


制御盤のどこかで、

低い音が鳴った。


電子錠のランプが、

ふっと消える。


アリッサは、

音を立てないよう、

檻の扉をそっと開けた。


外へ出ると、

すぐに振り返った。


クリツァの檻。


その扉も、

わずかに開けておく。


――ごめん。


心の中で、

そう告げた。


必ず戻る。


太い鎖と、

金属の口輪で

がんじがらめにされた

竜の姿を、

一瞬だけ見て。


アリッサは、

先を急いだ。


放送制御室へ向かう途中、

通路の脇に、

大きな金属製の箱が並んでいるのに気づいた。


廃棄物収集ボックス。


足を止め、

中を覗く。


「……え?」


見覚えのある色が、

そこにあった。


濃紺のスーツ。

カチューシャ。

赤いリボン。


――捨てられてる。


アリッサは、

一瞬だけ唖然とする。


帝国にとっては、

ただの私物。

価値のない、

処分対象。


だが、

自分にとっては違う。


濃紺のスーツを拾い上げ、

箱の底を、

もう一度だけ覗いた。


その時、

小さな光が目に入る。


「……これは何?」


指先で拾い上げると、

それは、

細い腕輪だった。


汚れもなく、

ひどく丁寧に磨かれている。


飾り気はない。

だが、

安物には見えなかった。


なぜ、

こんなものが

捨てられているのか。


理由は分からない。


アリッサは、

少しだけ迷ってから、

それをポケットに入れた。


――後で、

持ち主が現れたら、

返せばいい。


そう思った。


その場で、

着替える。


袖を通した瞬間、

身体の芯が、

静かに整う。


カチューシャを付け、

赤いリボンで

後ろ髪を縛る。


――これでいい。


足元を見る。


靴は、

帝国の支給品のままだ。


質がいい。

動きやすい。


今は、

それで十分だった。


戦闘準備、完了。


放送制御室の位置は、

すでに分かっている。


さっき、

オペレーターが教えてくれた。


アリッサは、

まっすぐ前を向き、

足を速めた。


――やることは、

もう決まっている。


放送制御室には、

オペレーターが待っていた。


操作卓のマイクに、

スマートフォンが

ぺたりと貼り付いている。


正直、

少し滑稽だった。


「……なるほど」


「確かに、

原始的ね」


アリッサは、

マイクから

オペレーターを引きはがす。


そして、

操作卓の前に腰を下ろした。


手を伸ばし、

スイッチの位置を確かめる。


操作卓の表示には、

簡潔な文字が並んでいた。


砦内・全ブロック共通


館内放送


アリッサは、

一瞬だけ指を止める。


これを押せば、

砦のすべてに届く。


逃げる人にも。

追う人にも。


深く考えるのは、

もう終わりだ。


アリッサは、

指先に力を込めた。


深く、

一度だけ息を吸う。


――さあ、行くぞ


「……聞いてください」


「この砦は、

これから危険になります」


「今すぐ、

外に出てください」


返事はなかった。


誰かが笑う声。


別の誰かが、

スピーカーの方を見て、

首をかしげる。


――子供のいたずらだ


その時点で、

兵士達はアリッサの声を

聞く理由がなくなった。


……駄目だ。


私の声じゃ、

軽すぎる。


正しいかどうか以前に、

信じる理由がない。


「オペレーター」


アリッサは、

操作卓の前で言った。


「帝国の、

偉い人の声データはある?」


一拍。


〈放送制御室内に、

過去の演説記録が

保存されています〉


「……使える?」


〈音声合成は可能です〉


〈誤差は、

人間の聴覚では

判別困難〉


アリッサは、

小さく頷いた。


「合成して」


「その声で、

警告を流す」


躊躇は、

なかった。


「私の声じゃ、

誰も動かない」


「でも、

帝国の声なら、

みんな動く」


〈了解〉


スマートフォンをマイクに貼り付ける


もう一度、スイッチを入れる。

操作卓のランプが、

一斉に点灯する。


スピーカーが、

深く息を吸うような音を立てた。


〈警告〉


〈本砦において、

制御不能な

竜種反応を検知〉


〈封鎖レベルを

引き上げる〉


〈直ちに

指定避難経路へ移動せよ〉


〈繰り返す〉


〈これは、命令である〉


砦に、

低く、重い声が響いた。


兵士たち全員が、

どこかで聞いたことのある声。

いや――

聞き慣れすぎた声。


ざわり、と

空気が揺れた。


「提督……?」


兵士の一人が、

思わずそう呟く。


「この砦に、

提督が来てる?」


「そんなはず、

あるか」


否定する声が、

すぐに続く。


だが、

スピーカーから流れる声は、

間違いなく、

帝国の中枢のそれだった。


〈これは、命令である〉


その一言で、

迷いは消えた。


命令だ。


理由は、

後回しでいい。


「……撤退だ!」


誰かが叫ぶ。


「出口を開けろ!」


兵士たちは、

一斉に顔を見合わせ、


次の瞬間、

同じ方向へ走り出した。


足音が重なり、

鎧がぶつかり合う。


秩序は、

完全に放棄されていた。


人の流れが、

一気に出口へ殺到する。


砦は、

自分で、

中身を吐き出し始めた。


さあ、

クリツァの所に戻ろう。


アリッサは、

スマートフォンを

ぎゅっと握りしめた。



砦の中は、

混乱が続いていた。


私たちのことを、

気にする兵士など、

もういない。


「クリツァ」


「仲間を呼ぶ声を、

これに向かって出して」


アリッサは、

スマートフォンの録音ボタンを押して、

画面を巨大な竜の口元へ向けて構えた。


竜は、

口輪に阻まれながら、

苦しそうに、

何度か低いうめき声を上げる。


録音完了。


「オペレーター、

準備できてる?」


〈外部スピーカーへの

接続完了〉


〈準備、OKです〉


「オペレーター、始めて!」


スマホに録音された、

小さな吠え声。


それが増幅されて、

砦中の外部スピーカーから、

重く荒々しい咆吼が

叩きつけられた。


それは、仲間を呼ぶため、

空へ戻るための合図だ。


砦に響いていた足音が、

一斉に乱れる。


誰かが叫ぶ。


誰かが、

耳を塞ぐ。


「……ついでに」


アリッサは、

ほんの一瞬だけ迷ってから言った。


「私の好きな曲も、

流しちゃおう」


オペレーターは、

間を置かずに返す。


〈楽曲データ、複数確認〉


〈再生可能〉

〈何を流しますか?〉


「ワルキューレの騎行」


次の瞬間、

壮大な旋律が竜の咆哮に加わった。



集まってきた竜たちの攻撃で、

最初に崩れたのは、

砦の外壁だった。


轟音。


石が砕け、

鉄骨が歪む。


空を覆う影が、

一つ、また一つ

低く旋回した。


竜の群れだ。

何頭いるのか分からない。


巨大な翼が風を裂き、

次の瞬間、

砦の一角が消し飛ぶ。


逃げ惑う人々が、

視界の端を横切る。


だが、

竜たちは、

そこには目もくれなかった。


狙っているのは、

人ではない。


砦に組み込まれた、

兵器だ。


砲座。

投射装置。

拘束具。


竜の炎で、

クリツァを拘束する鎖と口輪が

音もなく溶け落ちていく。


解き放たれた竜は、

一度だけ大きく翼を広げ、

空へ跳んだ。


そのまま、

群れの方へ羽ばたき、

他の竜たちと合流する。


自分たちを

直接、

傷つけるもの。


それだけを、

正確に、

破壊していく。


炎が走る。


金属が溶け、

悲鳴のような音を立てて崩れる。


竜たちの怒りは、

無差別ではなかった。


憎んでいるのは、

人間ではない。


人が作った、

兵器だ。


逃げる者は、

放置される。


武器を持つ場所だけが、

砕かれる。


その光景を、

アリッサは、

瓦礫の陰から見ていた。


音楽が、

まだ流れている。


ワルキューレの騎行。


だが、

これは戦争じゃない。


処刑でもない。


魔獣との戦いを、

止めさせるための

メッセージだ。


砦に響く旋律を聞きながら、

アリッサは、ふと、思った。


「……出来れば、

ビデオに撮っておきたかったな」


竜の翼が、

空の向こうで大きく広がる。


スピーカーは悲鳴を上げ、

音は歪み、

やがて途切れた。


もう二度と同じシーンを、

見ることは出来ない。


アリッサは、

それでいいと、

思い直した。

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