表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/16

第7話 そして帝国へ

森は、答えなかった。


アリッサは足を止め、

耳を澄ます。


風の音。

枝が擦れる音。

どこかで小さな獣が動く気配。


それだけだ。


「……ウルフィ」


呼びかけてみる。

返事はない。


もう一度、

少し声を張る。


「ウルフィ!」


それでも、

森は沈黙したままだった。


――簡単には、出てこないよね。


アリッサは、

自分に言い聞かせる。


相手は魔獣だ。

都合よく現れてくれる存在じゃない。


それでも、

黙って引き返す気にはなれなかった。


アリッサは、

スマートフォンを握りしめる。


「……オペレーター」


〈通訳準備完了〉


小さく頷き、

森の奥に向かって話し始める。


「友達が、帝国につかまった」


言葉を区切り、

一つずつ、確かめるように続ける。


「助けるには、

帝国の兵士の死体が、必要」


「砦に入るため」


「その場所を、

知りたい」


声は、

震えていなかった。


嘆願でも、

命令でもない。


事実を並べただけだ。


しばらく、

本当に何も起きなかった。


森は、

変わらず静かだ。


やっぱり、

無理かもしれない。


そう思いかけた時――


視界の端で、

青い光が揺れた。


「……?」


木々の間に、

小さな光の玉が浮かんでいる。


炎ではない。

熱も感じない。


ただ、

淡く、青い。


光は、

ふわりと動いた。


こちらを、

待つように。


「……案内、してくれるの?」


答えはない。


けれど、

光は、

森の奥へ進み始めた。


アリッサは、

一瞬だけ立ち止まり、

それから後を追う。


足元に気をつけながら、

光を見失わないように。


しばらく歩くと、

空気が変わった。


鉄の匂い。

血の匂い。


戦いの痕跡。


――ここだ。


アリッサは、

立ち止まる。


光の玉は、

それ以上進まず、

その場に留まった。


「……ありがとう、ウルフィ」


名前を口にすると、

胸の奥が、少しだけ温かくなる。


返事はない。


姿も、

気配も、

感じられない。


けれど、

確かに、

協力してくれた。


それで、十分だった。


アリッサは、

目の前にある現実を見据える。


ここから先は、

覚悟の話だ。


――帝国の理屈を、

使う。


帝国の兵士は、

そこに倒れていた。


鎧に刻まれた紋章は、

見慣れたものだった。

酒場で見た鎧と、同じ。


アリッサは、

一歩、距離を取って立ち止まる。


死体だ。


分かっていた。

必要だと、判断した。


それでも、

実物を前にすると、

胸の奥が、ひくりとする。


風に運ばれて、

鉄と血の匂いが鼻を刺す。


ウルフィの青い光は、

すでに消えていた。


役目は、終わった。

そう言わんばかりに。


「……行くしか、ないよね」


誰にともなく、

小さく呟く。


英雄でも、

正義でもない。


ただ、

帝国の理屈に、

乗っかるだけだ。


アリッサは、

深く息を吸い、

一歩、踏み出した。


倒れている帝国兵は、三体いた。


どれも、

もう動かない。


アリッサは、

その中から一つの鎧を選ぶ。


理由は、

ただ一つ。


一番、体格が軽そうだったからだ。


それでも、中身を引きずり出すのは、

思った以上に大変だった。


重い。

引っかかる。

手応えが、生々しい。


アリッサは歯を食いしばり、

木々の間へ死体を運ぶ。


落ち葉と、

草と、

枝。


できる限り覆い、

見えなくする。


――弔いではない。

隠すだけだ。


鎧に戻る。


着る、というより、

潜り込む。


中に横たわり、

身体を丸める。


やはり、

大きすぎた。


立ち上がれない。

歩けない。


腕も、

ほとんど動かせない。


ただ、

横になることしかできない。


どれくらい、

このまま待てばいいのか。


分からない。


鎧の内側は、

ひどく蒸れていた。


鉄の匂い。

血の匂い。


息をするたび、

胃の奥が、きりきりと縮む。


気持ちが悪い。


せっかく、

シンディに洗ってもらった服なのに。


それでも、

目を閉じた。


待つしか、

なかった。


どれくらい時間が経ったのか、

分からない。


意識が、

少しずつ沈んでいく。


――駄目だ。


寝ちゃいけない。


そう思った時、

遠くから、

車輪の音が聞こえてきた。


ごと、ごと。


馬車だ。


人の声が近づく。


「……この辺りだ」


「血の匂いがするな」


次の瞬間、

衝撃。


鎧ごと、

乱暴に持ち上げられる。


「やけに軽いな」


「……半分、

食われちまったのかもな」


身体が揺れ、

視界が反転する。


そして、

馬車の荷台に投げ込まれた。


鈍い音。


「あと、

何か所残ってる?」


「これで最後だ」


木が軋む音。

馬が動く気配。


馬車は、

ゆっくりと走り出した。


ごと、ごとと。


アリッサは、

鎧の中で、

じっと息を殺す。


逃げ場はない。


引き返せない。


――そして、帝国へ。


馬車の中は、真っ暗だった。


ごと、ごとと揺れが続く。

石を踏む感触が、

鎧越しに、身体へ伝わってくる。


途中、

何度か、

短く止まった。


そのたびに、

外で声がする。

金属の音。

確認だけして、

また動き出す。


そして、

最後に、

大きく揺れて――


完全に、止まった。


もう、

動かない。


アリッサは、

それで分かった。


――着いた。


鎧ごと、

地面を引きずられた。


ごりごり、と嫌な音がして、

背中に衝撃が走る。


鼻を突く匂いが、

一気に強くなった。


血の匂い。

そして、

腐敗の匂い。


少し遠くで、

がちゃがちゃと、

金属が擦れる音。


鎧を外す音だ。


まずい。


音が、

確実に、

近づいてくる。


次の瞬間、

目の前が、

ぱっと明るくなった。


「なんだ、子供?」


「……生きてるんじゃないか?」


掴まれ、

引きずり出される。


遺体を放り込む穴の中から、

容赦なく。


死んだふりをするには、

遅すぎた。


アリッサは、

小さく息を吐いた。


――作戦失敗だ。


そう思った、

その直後に、

別の考えが浮かぶ。


子供は、保護だ。

館行きには、ならない。


少なくとも、

酒屋で聞いた帝国兵たちは、

そう言っていた。


館行き。


意味は、

よく分からない。


ただ、

それは

とても嫌な響きだった。


アリッサは、

小さく息を吐く。


――まだ、

大丈夫。


そう思うことにした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ