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第21話 合理的な理由

あの黒豹の魔獣は、

きっと、帝国から送り込まれたに違いない。


追っ手が来なかったのも。

時間がかかったのも。


実験的に、

捕らえた魔獣を操る機械を

作っていたのだろう。


その、

帝国の余裕と合理性が、

どうしても、

腹立たしかった。


メイトリックスも、

シンディも、

見たことのない帝国の兵器の話で

しばらく盛り上がっていた。


興奮した声。

身振り手振り。

帝国への怒り。


アリッサは黙って聞いていた。


――あの黒豹の首から下がった機械。

――ガーゴイル社に似たロゴが入ってた


そして、

一通り話し終わり、

熱が落ち着いた、その時。


メイトリックスが、

すっと立ち上がった。


「さて、

出発の準備じゃな」


「もう、

この隠れ家は

安全じゃないからのう」


シンディも、

渋々と立ち上がる。


「せっかく、

いろいろ買いそろえたのに」


恨めしそうに、

キッチンを一瞥した。


「わしの買った

キャンプ用品の出番じゃな」


「あんたの、

あんなペラペラの鍋より」


「私の鉄のフライパンの方が、

よっぽど使いやすいのに」


……そんなに

お気に入りなら、

投げなければよかったのに。


いや。


お気に入りのフライパンでも、

投げたんだ。


メイトリックスを、

助けるために。


……あれあれ?


もしかして。


アリッサは、

メイトリックスの横顔を

そっと覗き込む。


――結構、

かっこいいよね。


あんな、

お爺ちゃんみたいな

喋り方さえなければ。


そんなことを考えて、

にやにやしていると。


ぽん、と。


シンディが、

軽く頭を叩いてきた。


「にやにやしてないで、

あなたも準備しなさい」


「はーい」


返事をしながら、

ふと、

シンディの細い腕を見る。


そこに、

見覚えのある腕輪。


使い込まれて、

少しだけ鈍くなった金属。


……そうだった。


メイトリックスは、

シンディの

双子の妹の旦那さんだ。


だったら。


そんな気持ちに

なれるわけ、

ないか。


アリッサは、

変な想像を振り払い、

自分の少ない荷物を

まとめにかかった。


短い間だったけど、

隠れ家とは、さよならだ。


三人は、

しばし住み慣れた隠れ家を見つめる。


それから、

振り返り、

歩き始めた。


「どこに行くの?」


アリッサが、

メイトリックスに尋ねる。


「まずは、

森の中じゃな」


「そこで、

一旦キャンプじゃ」


――なんだか、

少し嬉しそうだ。


ぶっちょう面のシンディとは、

対照的だった。


アリッサも、

ウルフィと出会った森を思い出す。


胸の奥が、

ほんの少しだけ、

温かくなる。


――悪くないかも。


森は、

ひっそりとして、

ひんやりしていた。


懐かしい雰囲気。

それと同時に、

少しだけ、

怖さもある。


キャンプの準備が始まる。


てきぱきと動く二人を前にして、

アリッサは、

特にやることがなかった。


手伝おうとしても、

声をかける前に、

もう終わってしまう。


――居場所がない。


アリッサは、

一人になりたくて、

うずうずしていた。


けれど、

それらしい理由が、

なかなか思いつかない。


「……薪になる枝、

探してくる」


少し考えて、

そう言った。


「遠くに行っちゃ、

だめよ」


すぐに、

シンディの声が返ってくる。


「分かってる」


そう答えて、

アリッサは歩き出した。


――なんとか、

二人から距離を取る。


スマートフォンを取り出そうとして、

アリッサは、

ふと違和感に気づいた。


――血の匂い。


鼻の奥に、

微かに残る、

鉄のような匂い。


視線を落とすと、

地面に、

何かを引きずったような

血の跡が続いている。


森の奥へ。


アリッサは、

足音を殺して、

その痕跡を辿った。


そして――


そこにいたのは、

血だらけになった

黒い塊だった。


黒豹。


いや、

黒豹のような魔獣。


体のあちこちが裂け、

血に濡れている。


それでも、

胸は、

まだ上下していた。


息はある。


だが、

低いうめき声は、

次第に小さくなっていく。


アリッサは、

一歩だけ、

距離を詰めた。


迷いは、

なかった。


スマートフォンを取り出し、

小さく呼びかける。


「……オペレーター」


『応答可能』


「通訳、お願い」


『通訳モード、開始』


「対象:

黒豹型魔獣」


「……さっきの、

子供か」


スマートフォンから、

低い声が聞こえた。


「襲って、

悪かったな。

お嬢ちゃん」


「でも、

俺の意思じゃない」


アリッサは、

何も言えずに、

ただ聞いていた。


「あいつらは、

俺を捕らえ、

拘束し、

操り――」


少し息を整えてから、

続ける。


「……そして、

捨てた」


改めて見ると、

黒豹の体には、

いくつもの深い傷があった。


皮膚の裂け目。

焼け焦げた痕。


首元にあったはずの、

機械は、

もうない。


――回収したのだろう。


使い終わった後で。


アリッサは、

ようやく口を開いた。


「……どうして、

あいつらは」


「あなたたち、

魔獣を――」


最後まで、

言えなかった。


黒豹は、

かすかに鼻を鳴らす。


「黒服の、

魔法が嫌いな奴がいるのさ」


少し間。


「……合理的じゃ、

ないから」


その言葉を最後に。


黒豹は、

静かに、

息を引き取った。


気配を感じて、

顔を上げる。


そこに、

狼型の魔獣たちがいた。


先頭にいるのは、

ひときわ大きく、

立派な個体。


――ウルフィ。


アリッサは、

反射的に

スマートフォンへ

話しかけようとした。


だが、

ウルフィは、

ぶるっと

頭を振る。


――話したくない。


それだけで、

十分だった。


アリッサの、

スマートフォンを持った右手が、

ゆっくりと下がっていく。


狼たちは、

何も言わず、

ゆっくりと前へ進む。


黒豹の体を咥え、

森の奥へ。


影が、

一つずつ、

木々の間に溶けていった。


ウォン。


一言だけ、

低い唸り声が残る。


――行こう。


二人が待っている場所へ、

戻らなければならない。


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