表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/14

第2話 まず、準備

※第2話は、主人公が置かれた状況を整理し、

生き延びるための準備を進める回です。

派手な展開はありませんが、

この世界でどうやって生きていくのかを描いています。

立ち上がろうとして、

すぐに転んだ。


思ったより、

足が前に出ない。


というより、

思っている距離が存在しない。


「……っ」


声が出て、また固まる。


高い、軽い声。


喉の奥で、

知らない音が鳴った。


地面に座り込んだまま、

両手を見る。


小さい。

指が細い。


関節の位置が、

記憶とずれている。


そのうえ、

着ているものが最悪だった。


スーツ。


しかも、ぶかぶか。


袖は指先まで覆い、

裾は地面を引きずる。


立ち上がれば、

確実に踏む。


これでは、

歩く以前の問題だ。


――まずい。


だが、

そこで思考が切り替わる。


まず、確認。


ポケットを探る。


財布。

社員証。

鍵。


この世界では

意味を持たないものばかりだが、


入っている順番だけは

変わっていない。


右の内ポケットに、

硬い感触。


赤い柄の

折り畳みナイフ。


VICTORINOX。


刃を出し、

軽く指で撫でる。


問題ない。

切れる。


スーツを地面に広げ、

しばらく眺めた。


スーツは、

鮮やかな濃紺だった。


仕事着としては

真面目で、


でも、

少女が身に着けても

不思議と浮かない色。


布は

しっかりしていて、

刃を入れても崩れない。


考えて、刃を入れた。


袖を外し、

短く整える。


ズボンは

股の縫い目を切り、

左右を開く。


余分な布を落とし、

腰の位置で

まとめる。


縫うためのものも

必要だった。


草の繊維を撚り、

糸にする。


針は、

近くに転がっていた動物の骨を

削って作った。


殺したわけじゃない。


残っていたものを、

使うだけだ。


草の繊維を撚った糸で、

切り口を仮留めする。


上着の端も同じように処理し、

ほつれないよう、

最低限だけ縫い止めた。


出来上がったのは――


スカートのような

何かと、


袖の無い

スーツのジャケット。


試しに立ち上がる。


着心地は、悪くない。


「……まあ、

いいか」


見た目より、

動けることが優先だ。


次は、足。


靴がないだけで、

世界は一気に凶器になる。


草を踏む感触が、

直接伝わってくる。


周囲を見回し、

繊維の強そうな植物を選ぶ。


裂き、

水に浸し、

柔らかくする。


編む。

結ぶ。


即席の草鞋が、

なんとか形になった。


足を通し、立つ。


不格好だが、

裸足よりはずっといい。


軽く走ってみる。


布が絡まない分、

動きはかなり楽だった。


ふと、

どうでもいいことを思い出す。


アニメや映画に出てくる女戦士は、

やけに軽装なことが多い。


あれは、

見せるためじゃない。


重い鎧を着れば、

この身体では動けなくなる。


今は、

守るよりも避ける。


当てるよりも動く。


軽い服装で、

機敏に動ける方が有利だ。


合理的だ。


ただし、

誰もそう説明して

くれなかっただけで。


火を起こす。


乾いた枝を集め、

摩擦を避け、

石を打つ。


時間はかかったが、

やがて小さな炎が上がった。


動物の肉を炙る。


腐敗はない。

異臭もない。


生で食べるという選択肢は、

最初からなかった。


腹を壊せば、

ここで終わりだ。


噛む。


思ったより、

普通の味だった。


それでいい。


腹の奥に、

温かさが落ちていく。


それだけで、

今日は生き延びたと分かった。


食後、

足元に残った動物の骨に

目が留まる。


細く、

軽く、

弾力がある。


……使える。


削り、

炙り、

ゆっくり

曲げる。


形は半円。


草の繊維で

留め具を作り、

頭に当ててみる。


即席のカチューシャ。


草に映った影を、

ちらりと見る。


「……うん」

悪くない。


むしろ――

可愛い。


気分が少し上がる。

が、

理由は分からない。


背筋が伸びる。


生き延びるためには、

体力だけじゃ

足りない。


気分が折れないことも、

条件だ。


本当は、

もっと可愛い色に染めたい。


花の汁や、

木の皮。


やり方は、いくつも思いつく。


でも、

今は我慢。


目立つのは、後だ。


今はただ、

生き延びる色でいい。


もう一つ、

気になるものがあった。


スーツの上着から外した、

赤いネクタイ。


派手すぎる色で、

今の服装には浮いている。


少し迷ってから、

ナイフで切った。


細く、

必要な長さだけ。


後ろに流した髪をまとめ、

その切れ端で縛る。


きゅっと

結んで、

軽く

引っ張ってみる。


――邪魔にならない。


水たまりに映った姿を、

ちらりと見る。


高い位置で揺れる、

短いポニーテール。


骨のカチューシャと、

赤いリボン。


「……うん」


さっきより、

しっくりきた。


目立つ色だという自覚はある。


でも、

後ろ姿だけなら問題ない。


それに――

娘が選んでくれた

赤いネクタイは、

まだ捨てきれなかった。


少し

高い場所へ移動する。


遠くに、

人影が見えた。


揃った隊列。

金属音。

規則正しい動き。


――近づかない。


理由は分からないが、

そう判断した。


視線をずらすと、

草原の縁で

動物の群れが動いている。


無意味に争わない。


子を囲むように、位置を変える。


敵じゃない。


少なくとも、

そこにいる理由がある。


日が傾いていた。


ここに留まる理由はない。


だが、

目的地もない。


それでも、

足は自然と前を向いた。


旅をするつもりはなかった。


ただ、

ここにいられなかった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

第2話では「まず、生き延びるための準備」をテーマにしました。

力よりも、判断と工夫が大事な物語です。

次話から、少しずつ他者との関わりが増えていきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ