第1話 AIに拾われた願い
※本作は異世界転生ファンタジーですが、
いわゆる無双やハーレム要素は控えめです。
主人公は最強ではなく、悩みながら選択を重ねていきます。
静かな旅と対話の物語が好きな方に読んでいただけたら嬉しいです。
少女が目覚めると、青い空と真っ白な雲が見えた。思わず眩しくて、目を細める。
――ここは、どこ?
気持ちの良い風が頬を撫でて行く。
青くさい草と湿った土、それにどこか動物園を思わせる獣臭が鼻孔をくすぐる。
光に目が慣れてくると、周りの景色が見えてきた。
体を起こして辺りを見回す。
――どこかの……公園?
それにしては広すぎる。
視界の先まで広がる草原。その隣には、うっそうと木々の生い茂る森が続いていた。
「あれ?」
そこで少女は大きな問題に気づく。
――わたし、何も着てない
慌てて両腕で体を隠す。幸い人の気配はない。
「何か着るもの……」
急いで服を探す。体の下に布の感触があった。
紺色の服。慌てて体をどかして広げてみる。
ズボンと上着。とても大きい。大人用の男物のスーツだ。
少女は、上着を羽織って膝を抱える。
「ふう」
ひと息つく。
――どうしてわたしはこんな所にいるんだっけ……
少女は考えてみたが、何も思い出せないことに気づいた。
「あれ?わたし、誰?」
自分の名前も家族や友達のことも、何も記憶になかった。
怖くなった。
自分の痩せた体を、小さな手を、細い足を見る。
若い。13歳くらいの女の子の体。
少女は頭を抱えて振った。
前髪がさらりと目の前に落ちてきた。
金髪の綺麗な髪の毛。
――私はいったい誰なの?
少女は混乱していた。
「うっ!」
突然、頭痛が襲ってくる。
――あたまが……痛い
少女は痛みで気を失いそうになる。
何かで頭の中をかき回されているような感触。
ひどい頭痛と一緒に、大量の記憶が流れ込んで来た。
ITエンジニアとして働いていた大人の記憶。
――私は上司に呼ばれ、
――レイオフを告げられ……
苦い記憶。
――そして、帰宅しても、
――家に誰もいなかった。
テーブルの上には、残された1枚の便箋。
〈少し、時間が欲しい〉
ソファに腰を下ろそうとした瞬間、
胸の奥が締めつけられた。
胸が痛くて……
部屋で倒れて……
意識が消える前に、
「……もう一度、やり直せたら」
そう呟いた。
そして、気を失う前に聞いた機械的な音声。
〈音声入力を確認しました〉
〈要求内容を解析します〉
〈最適な再構成案を選択中〉
「何、この記憶……」
「これは、夢……?」
頭痛が少しずつおさまってくると、その記憶はより鮮明になってきた。
――わたしって大人の男性だったんだ……
確かに、これは自分の記憶のような気がする。でも、それと同時に違和感もあった。
「俺はITエンジニアだ」
試しに大人の男性の口調を真似てみる。
何か違う。
「わたしって女の子よね」
十代前半の女の子の口調。
こっちの方がしっくり来る。
「うーん……」
しばらく悩む。
目の前に、見慣れた物が落ちているのに気づいた。
――わたしのスマートフォンだ。
慌てて拾い上げる。
幸い画面は割れてもいないし、電源も入るようだ。
急いでカメラを起動する。
自分の顔を見る。
液晶画面に映ったのは、金髪で青い目の女の子の顔だった。
――ありさ?
記憶にある娘の……ありさの姿が頭をよぎる。
確かに似ている。
輪郭も、目元も。
けれど髪は淡い金色で、瞳は澄んだ青。
日本人には見えない。
そして11歳の娘より、ほんの少しだけ年上に見えた。
――これが、わたしなの?
胸の奥がざわついた。
自分に何が起きているのか、全く理解が出来なかった。
気持ちが追いつく前に、影が落ちた。
地面が暗くなり、風が鳴る。
反射的に顔を上げる。
――飛行機?
そんなはずはない、とすぐに分かった。
視界を横切ったのは、鱗に覆われた腹部と、空を覆い隠すほどの翼だった。
草原を渡る風が一変し、獣の匂いが濃くなる。
――すごい!
竜の姿に感動で胸が震えた。
遠ざかって行くまで、ずっと目で追う。
しばらくすると静けさが戻ってきた。
スマートフォンは右手に握りしめたままだ。
まだ、画面は消えていない。
ロック画面の光が、指の隙間から漏れている。
しばらくの間、座り込んだまま考えた。
やっぱり、現実に起きていることとは思えない。
でも、このリアルさは何だろう。
――考えてても仕方が無いか
考えるのを諦めて、まずは、行動することにする。
――まずは着るものを何とかしないと。
今あるのは大人用のスーツ。しかも、ぶかぶか。
羽織っていても、袖は指先まで覆っている。
ズボンをそのまま履いても、裾は地面を引きずるし、歩けば、裾を踏んで転ぶだろう。
――誰も見ていないし、脱いじゃうか。
上着を脱ぐと身体が楽になった。
開放的で風が気持ちいい。
でも、このままじゃ危険過ぎる。
自分はローティーンの少女だ。
しかも、裸同然の格好……
そして、思考を巡らせる。
まずは、持ち物の確認。
スーツのポケットを一つずつ探る。
財布。
社員証。
鍵。
この世界では、意味を持たないものばかり。
別の内ポケットに、硬い感触があった。
赤い柄の折り畳みナイフ。
刃を出し、軽く指で撫でる。
問題ない。
切れる。
「さて、と」
スーツの上下を地面に広げ、しばらく眺めた。
スーツは、鮮やかな濃紺だった。
仕事着としては真面目で、でも、少女が身に着けても不思議と浮かない色。
布はしっかりしていて、刃を入れても崩れなさそうだ。
考えて、刃を入れた。
上着は袖を外し、短く整える。
ズボンは股の縫い目を切り、左右を開く。
余分な布を落とし、腰の位置でまとめる。
縫うためのものも必要だった。
草の繊維を撚り、糸にする。
針は、近くに転がっていた動物の骨を削って作った。
草の繊維を撚った糸で、ズボンの切り口を仮留めする。
上着の端も同じように処理し、ほつれないよう、最低限だけ縫い止めた。
出来上がったのは、スカートのような何かと、袖の無いスーツのジャケット。
着てみる。
試しに立ち上がる。
くるくると回ってみる。
着心地は、悪くない。
ただ、スカートの下が、スースーする感じ。
少し心許ない。
「……まあ、こんなもんかな」
見た目より、動けることが優先だ。
次は、足もと。
靴がないだけで、世界は一気に凶器になる。
周囲から繊維の強そうな植物を集める。
裂いて、水に浸して柔らかくし、編み上げる。
不格好な草鞋が、なんとか形になった。
足を通し、立つ。
不格好だが、裸足よりはずっといい。
軽く走ってみる。
これで、動きはかなり楽になった。
この身体は体力もないし力も弱い。
軽い服装で、機敏に動ける方が有利だ。
――次は、寝る場所を探さなきゃ
近くの森の中に入る。
しばらく森の中を歩き回ると、平らな地面が見つかった。
ここなら寝られそうだ。
――そして、焚き火
乾いた枝を集め、折り畳みナイフに格納されたファイアスタータで火を起こそうとする。
――あれ?上手く行かない
――こう、かな
試行錯誤を繰り返す。
時間はかかったが、やがて小さな炎が上がった。
――次は……食べ物
森の中を探して、狼のような動物の死骸を見つける。
――これ……食べられるかな
――まだ死んだばかりみたいだけど。
死骸を観察する。
腐敗はない。
異臭もない。
――食べるしかないか……
意を決して、ナイフで肉片を切り取る。
肉を炙る。
生で食べるという選択肢は、最初からなかった。
お腹を壊せば、一巻の終わりだ。
焼き上がった肉からは、いい匂いがした。
思い切って噛む。
咀嚼する。
思ったより、普通の味だった。
――塩が欲しいけど、それは贅沢よね
腹の奥に、温かさが落ちていく。
それだけで、今日は生き延びたと分かった。
高い場所へ移動する。
遠くに、人影が見えた。
揃った隊列。
金属音。
規則正しい動き。
――あれに、近づいちゃだめ
危険な人たち。
そう判断した。
視線をずらすと、草原の縁で動物の群れが動いている。
子を囲むように、位置を変えてる。
無意味に争ってない。
――あれは、危険じゃなさそう。
――でも、気をつけてないとね。
日が傾いていた。
ここに留まる理由はない。
目的地もない。
でも、足は自然と前を向いた。
遠くに行くつもりはなかった。
ただ、安全な場所を探さないと。
――あ、バッテリーが……
少女は、慌ててスマホの画面を消す。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
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第1話は状況説明を控えめに、違和感と雰囲気を大切にしました。
次話から少しずつ、主人公が置かれた状況が見えてきます。
よろしければ、続きをお付き合いください。




