第14話 コロシアム
二人組の男たちを、
距離を保って追いかける。
やがて、
視界が開けた。
巨大な建築物が、
目の前に現れる。
――でかい。
現代の国立競技場を、
思わせる規模。
丸く、
圧倒的で、
人を飲み込む形。
でも、
どこかで見たことがある。
この感じ。
胸の奥が、
嫌な方向にざわつく。
――コロシアムだ。
そう気づいた瞬間、
別の違和感が、
はっきりと浮かび上がる。
外壁が、
鈍く、
黒く光っている。
石じゃない。
近づくほど、
それが分かる。
金属だ。
分厚く、
冷たそうな、
金属。
そして、
大歓声。
中から漏れている、
というレベルじゃない。
音が、
外へ撒き散らされている。
アンプで、
無理やり増幅されたような、
耳を塞ぎたくなる大音量。
歓声というより、
騒音に近い。
さらに近づいて、
外壁をよく見る。
……ぬめっとしている。
光を反射する表面。
液体?
それとも――
そこまで考えて、
やめた。
今は、
知りたくない。
理解したところで、
気分が良くなる話じゃない。
アリッサは、
一度だけ深く息を吸う。
まずは、
中に入る方法だ。
考えるのは、
それからでいい。
少し離れた場所から、
入口の様子を観察する。
人が歩いて入る通路と、
馬車が入っていく通路。
二つに、
はっきり分かれていた。
歩いているのは、
一般の観客。
一方、
馬車に乗っているのは、
明らかに身なりのいい人たちだった。
服も、
態度も、
扱われ方も違う。
――あっちだ。
アリッサは、
馬車用の入口に目を留める。
並んで入場を待っている馬車の一台に、
そっと近づいた。
「……オペレーター、通訳」
〈通訳モード、開始〉
周囲を気にしながら、
馬車のキャビンの下に潜り込む。
すぐそばに、
馬の脚。
近づいて、
そっと声をかける。
「……こんにちは。お馬さん」
反応は、
なかった。
〈対象物から、
生体反応は確認できません〉
「……え?」
生きてない?
アリッサは、
目を凝らす。
よく見ると、
その馬は、
妙に整いすぎていた。
表情がない。
目も、
どこか作り物めいている。
――メリーゴーランドの馬みたい。
「……これも、
合理的なつもりなのかしら」
馬の代わりに、
機械。
感情も、
暴れる心配もない。
帝国らしい、と言えば、
らしい。
仕方なく、
アリッサは視線を下げる。
馬と、
キャビンの間。
身体を押し込み、
重心を探す。
揺れに耐えられそうな、
位置。
少しだけ、
息を詰める。
……このくらいなら。
短い時間なら、
耐えられそうだ。
アリッサは、
音を立てないように身を固めた。
馬車が動き出すまで、
じっと、
待つ。
馬車が、
ゆっくりと動き出した。
揺れながら、
上へ、
上へと進んでいく。
思ったよりも、
ずっと高くまで行く。
席までの距離が、
長い。
腕に、
じわじわと重さが溜まる。
――きつい。
指が、
感覚を失いかける。
……まだ?
どれくらい経ったのか、
分からない。
ようやく、
馬車が止まった。
衝撃が、
ふっと抜ける。
キャビンの扉が開き、
人が降りる気配。
男と、
女。
隙間から見えたのは、
磨き上げられた軍靴だった。
土埃ひとつ、
ついていない。
「今日は、
楽しみだろう」
男の声。
すぐ後に、
女の笑い声が重なる。
わざとらしい。
耳につく。
その男の声に、
微かな違和感を覚えた。
――聞いたことがある。
でも、
どこで?
思い出せない。
その時、
別の足音が近づいてきた。
カツ、
カツ、
カツ。
規則正しい音。
男の前で、
ぴたりと止まる。
「提督、
ようこそ
いらっしゃいました」
「ご苦労」
「……いい眺めだな」
その一言で、
すべてがつながった。
――砦で、
聞いた声だ。
合成された、
あの音声。
帝国の命令として、
流れた声。
アリッサは、
息を殺した。
ここにいるのは、
観客じゃない。
帝国の上層部だ。
笑い声が、
遠ざかっていく。
そっと、
地面に下りる。
音は、
立てなかった。
男と女、
そして案内係の軍人の足音は、
すでに聞こえない。
ここは、
馬車の駐車場らしい。
並ぶ車輪。
静まり返った空間。
だが、
奥から、
別の気配が流れ込んでくる。
彼らが立っていた、
コロシアムの入口。
その向こうから、
眩しいほどの太陽の光が、
差し込んでいた。
アリッサは、
一歩ずつ、
そちらへ向かう。
そして――
入口に立った瞬間。
視界が、
一気に開けた。
どこまでも続く、
観客席。
人。
人。
人。
興奮して、
歓声を上げ続ける群衆。
笑い声。
叫び声。
罵声。
場違いな、
派手な楽器の音。
腹の底に響く、
太鼓の連打。
そして、
風に乗って漂ってくる、
生臭い匂い。
血と、
汗と、
熱の匂い。
アリッサは、
思わず息を止めた。
――狂気だ。
まともじゃない。




