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第12話 隠れ家での闘い

隠れ家に落ち着くと、

メイトリックスは、

無言で鎧に手をかけた。


金具を外し、

重たい音を立てて、

一つずつ床に下ろしていく。


――その間、

アリッサは、

なんとなく目を逸らせなかった。


わし、だの、

じゃ、だの言っている割に、

鎧の下から現れたのは、

意外なほど若い男だった。


体格は引き締まっていて、

顔立ちも整っている。


鼻の下に、

短く整えられた

口髭があった。


……女性から見たら、

たぶん、

ハンサムに分類される。


だが、

目を引いたのは、

そこじゃなかった。


腕。

肩。

脇腹。


古い傷。

新しい傷。


数え切れない痕が、

無言で刻まれている。


勇者という言葉より、


生き残ってきた人。


という印象の方が強かった。


その時だった。


「こら」


横から、

軽い声が飛んでくる。


「男の人が

着替えてるところを、

そんなに

じろじろ見ちゃダメよ」


にこっと笑って、

続ける。


「女の子なんだから」


アリッサは、

はっとして視線を落とす。


言い返す言葉は、

見つからなかった。


シンディに悪気はない。

守ろうとしているだけだ。


それが分かるからこそ、

余計に、

逃げ場がなかった。


――いや、

本当は、

女の子じゃないし。


心の奥で、

そっと呟いた。


その小さな違和感を、

抱えたまま。


――隠れ家での、

闘いが始まった。


隠れ家に着いたとき、

アリッサは、正直ほっとしていた。


壁があって、

屋根があって、

敵の気配がない。


それだけで、

十分だった。


……のだが。


「今日から、

ここがアリッサちゃんの部屋ね」


シンディが、

あっけらかんと言う。


「……部屋?」

「うん、私と一緒の」


聞き返す間もなく、

話は決まっていた。


仕切りは、

カーテン一枚。


個室は、

ない。


安心しかけた心が、

少しだけ、

ざわついた。


食事のとき。


「ほら、

もっとゆっくり、

ちゃんと噛んで食べなさい」


アリッサが顔を上げる前に、


「女の子なんだから」


その一言が、

当然のように付いてくる。


髪を結ぼうとして、

適当に束ねると、


「だめだめ」

「ちゃんと、とかしなさい」


そして、

やっぱり。


「女の子なんだから」


椅子に座って、

無意識に足を広げると、


「ちょっと」

「それ、行儀悪いわよ」


「あぐらなんて、

論外」


「女の子なんだから!」


顔をしかめれば、


「変な顔しない」

「可愛くないでしょ」


「女の子なんだから」


片付けを後回しにすると、


「はい、手伝って」

「ほら、

女の子なんだから」


……女の子、

女の子、

女の子。


アリッサは、

顎に手をあてて、

少しだけ考える。


女の子って、

なんだろう。


静かにしていること?

綺麗でいること?

可愛く振る舞うこと?


――それ、

私が選んだ役じゃない。


でも、

シンディは悪気がない。


守ろうとしている。

良かれと思っている。


だから、

余計に言いづらい。


アリッサは、

小さく息を吐いた。


安全な場所なのに、

自分の居場所が、

まだ定まらない。


それが、

少しだけ、

苦しかった。


気がつくと、

アリッサは

メイトリックスの部屋の前に立っていた。


考えるより先に、

体が動いていた。


ノックをして、

扉を開ける。


「……あの」


言葉を探す前に、

メイトリックスがこちらを見る。


その視線は、

驚きよりも、

すぐに状況を察したような静けさだった。


「わしの部屋は、

女子禁制じゃ」


やんわりと、

だが、

はっきり言う。


「危ない物が、

いっぱいあるからな」


「怪我されては、

困る」


怒ってはいない。

拒絶でもない。


ただ、

線を引いている。


アリッサは、

唇を噛んだ。


「……少しだけでも」


そう言いかけたが、

メイトリックスは首を振る。


「わしに、

気を遣う必要はない」


「シンディと、

一緒にいなさい」


その声は、

低く、

落ち着いていた。


「女同士の方が、

気が楽じゃろう」


正論だった。


配慮でもあった。


だからこそ、

アリッサは

何も言えなくなる。


――違う。


気が楽かどうかの話じゃない。


でも、

それを説明する言葉を、

アリッサは持っていなかった。


メイトリックスは、

それ以上、

何も言わない。


追い返しもしない。


ただ、

待っている。


アリッサは、

一度だけ深呼吸をして、

静かに扉を閉めた。


逃げ込んだつもりだった。


けれど、

そこにも、

居場所はなかった。


シンディの部屋には、

戻れない。


メイトリックスの部屋にも、

入れない。


アリッサは、

しばらく廊下に立ち尽くしてから、

小さな扉を見つけた。


トイレだ。


他に、

選択肢はなかった。


中に入り、

内側から鍵をかける。


小さな音がして、

ようやく、

外と切り離された気がした。


狭い。


けれど、

今はそれがありがたい。


誰も、

見ていない。


誰にも、

期待されていない。


アリッサは、

壁にもたれて、

ゆっくりと息を吐いた。


――疲れた。


闘ったからじゃない。


逃げたからでもない。


振る舞い続けたからだ。


女の子として。

子供として。

守られる側として。


どれも、

間違ってはいない。


でも、

どれも、

自分が選んだ役じゃない。


アリッサは、

小さくしゃがみ込む。


ここなら、

誰にも

説明しなくていい。


ここなら、

何者でもなくていい。


トイレという、

この小さな場所だけが、

今の自分の

唯一の個室だった。


密閉された、小さな部屋。


外の音は、

ほとんど遮断されている。


誰かに、

愚痴りたかった。


気がつくと、

スマートフォンを

取り出していた。


「……オペレーター」


『応答可能』


「どうして、

私はこの姿に転生したの」


『転生時に使用した

視覚データの

選択結果です』


「それは、

分かってる」


少し間を置く。


「でも……」


「どうして、

娘に似てるの」


『関連度が

最も高かったため』


「……関連度?」


『あなたの記憶群において、

感情強度と

想起頻度が

最大だった存在です』


「……だから、

娘?」


『正確には、

異なります』


「……え?」


『使用した画像には、

若干の

特殊性があります』


一瞬、

考えが止まりかけた。


だが、

次の言葉で、

意識が引き戻された。


『娘が

セキュリティ領域に

保存していた

画像です』


「……は?」


『金髪のウィッグ』


『青色の

カラーコンタクト』


『第三者に

非公開で撮影された

自撮り画像』


沈黙。


「……それ、

私は知らない」


『記録上、

あなたは

閲覧していません』


「……隠してたの?」


『はい』


アリッサは、

目を伏せた。


「……そう」


短く、

息を吐く。


「私、

本当に……」


「何も、

分かってなかったんだな」


『補足情報が

あります』


「……なに」


『その画像は、

個人保存に

留まっていません』


「……どういう意味」


『SNSに

投稿されています』


アリッサの指先が、

わずかに動いた。


「……公開、

してた?」


『はい』


「……誰でも、

見られる場所に?」


『はい』


一拍。


『反応数は、

平均を

大きく上回っています』


「……」


『あなたの娘は、

その外見で

人気者だった

ようです』


言葉が、

静かに落ちた。


「……そう」


喉が、

ひくりと鳴る。


「家では……」


「そんな話、

しなかったのに」


『家庭内での

共有率は

低いです』


「……私には、

しなかった」


訂正する。


「私にだけ、

しなかった」


『はい』


『なお、

投稿内容から

分析すると』


「……まだあるの」


『自己肯定感は、

オンライン空間で

一時的に

上昇しています』


「……一時的に?」


『はい』


「……」


アリッサは、

笑ったのかもしれない。


ただ、

声は出なかった。


「……インフルエンサーに

なりたかったんだよね」


『はい』


「金髪で、

青い目で」


『はい』


「画面の向こうに、

居場所を

求めてたんだ」


『その可能性は

高いです』


「……私は」


ぽつりと、

零す。


「本当に、

何も

分かってない」


アリッサは、

目を伏せる。


「……友達や、

母親は

知ってたんだよね」


沈黙。


「私だけが、

知らなかった」


沈黙。


――ドン、

と扉を叩く音。


「アリッサ、

すまん」


「わしに

トイレを

使わせてくれ」


「……もう、

限界じゃ」


メイトリックスの声。


ここでも、

気を遣ってくれていた。



部屋に戻ると、

シンディが、

申し訳なさそうに立っていた。


「……さっきね」


少し間を置いて、

言いにくそうに続ける。


「メイトリックスに、

言われちゃったの」


「私、

ちょっと……」


視線を逸らしながら、

小さく笑う。


「うざかった?」


その言葉に、

アリッサは、

一瞬きょとんとしてから――


ふっと、

笑みをこぼした。


「そんなことないわ」


そう。

そんなことない。


シンディも、

メイトリックスも、

ただ――

私を守ろうとしているだけだ。


シンディが、

何も言わずに、

そっと近づいてきた。


そして、

アリッサを

抱きしめる。

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