9話 ケンイチワールド:スライムぷるん、進化の道
目を覚ましたケンイチは、まず自分の状態を確認した。
「……よし、MP、4だ!」
指を立てて、そっと微笑む。寝るたびに1ずつ増えていくMPが、今日も順調に増加していた。初めてこの心の世界に来たときには1だったMPが、もう4になった。あの日、女神ユリが言っていたこと――力が強くなれば異世界の現象を使えるようになる――その意味が、少しずつ実感として迫ってくる。
今日は、MP3まで使おう。1は必ず残しておく。それが、現実世界で体調を維持するための最低条件だから。
体を起こし、あたりを見回す。草原のような、穏やかな景色が広がっている。しかし、何かが違う。足元から少し先まで、幅5センチ程度の草のない道が、約3メートルほど続いていた。
「……道?」
思わず立ち上がり、歩いて確かめる。その道の先にいるのは、ぷるんぷるんと身体を揺らす、透明な存在――ミニレッサースライムだった。
「ん……? いや、ミニレッサースライム。……あれ?」
近づいてじっと見つめると、彼(?)の姿は以前よりも一回り大きくなっていた。直径5センチほど。丸みが増し、弾力も強そうだ。何より、以前よりも存在感がある。
「進化……した?」
思わず声に出すと、スライムの身体がふるりと震えた。返事のようにも見えた。
「ちょっと待って。鑑定!」
目の前に、半透明のウィンドウが浮かび上がる。
⸻
名前:ミニスライム
レア度:1
サイズ:小型(直径5cm)
性格:温和
特徴:草を主食とする自然系スライム。食べた植物の性質をゆっくりと取り込み、自己進化を行う。
進化条件:成長度に応じて自動的に進化。
現在の満腹度:70%
満足度:90%(名前をもらった影響)
好きなもの:魔力を帯びた植物
スキル:なし
ステータス:
HP:6/6
MP:1/1
攻撃力:1
防御力:2
敏捷性:1
知能:1
⸻
「うわ、本当に進化してる……!」
ミニレッサースライムから、ミニスライムへ。パラメータは低いけれど、ケンイチの心には喜びが広がっていた。たったひとつの存在が、自分の世界で成長したという事実。彼の存在が、自分の心の中の世界で生きている。
「名前、つけなきゃな……。ぷるぷるしてるし、……よし、君の名前は『ぷるん』!」
再びスライムがふるふると揺れた。嬉しそうに感じたのは、気のせいじゃない。
「ふふ……かわいいな、ぷるん」
道のようになっていた草の消失も、その理由がわかった。あの巻きつる草を全部、ぷるんが食べていたのだ。3メートル分もの草を――。
「全滅……恐ろしい子……!」
わざとらしく呟いてみせると、ぷるんが再び震えた。楽しげな空気が、二人の間に流れた。
「ぷるん、お前、すごいな……」
足元でぷるんぷるんと身体を揺らすスライム――ぷるんを見ながら、ケンイチは心からの驚きと感動を抱いていた。あの巻きつる草を全部食べつくしたという事実もそうだが、それによってちゃんと“進化”という形で応えてくれたことが嬉しかった。
この世界はただの妄想や空想ではなく、「自分の行動に反応して、変わっていく世界」なのだ。そう実感できた瞬間だった。
「……植物を食べることで、ぷるんは成長した。そして進化した……」
考察モードに入ったケンイチは、地面にしゃがみ込み、草を指先でつまんだり、土の感触を確かめたりする。
「植物の性質を取り込んで進化する、か。巻きつる草には“魔力によって強度が上がる”って書かれていた。もしかしたら、ぷるんにも少しだけ魔力が蓄積されたんじゃないか?」
ぷるんのステータスを思い返す。MPが1になっていたのも、その可能性を示唆しているように思えた。
「……じゃあ、魔力を含んだ植物を食べさせていけば、どんどん進化していく……のかも?」
ワクワクが止まらない。
目の前のスライムが、これからどんなふうに成長していくのか――その未来を想像するだけで、心が踊る。
「うん、今日はぷるんのために、MPを3まで使える。召喚スキル、使っていこう!」
ケンイチは目を閉じ、心の中で唱える。
「《ケンイチワールド作成》……植物召喚!」
空間にうっすらと浮かび上がる、選択メニュー。
昨日の記憶から、巻きつる草はもう使い切ったことがわかっている。今回は、ぷるんのために、別の植物を試したい。
「うーん……あった、これだ。『きらめき草』!」
【MP1消費】
【範囲:指定可能(初期範囲4cm四方)】
【成長速度:通常】
【品質:不明(環境依存)】
「ここだ!」
ケンイチが地面を指さすと、その位置に柔らかな光を放つ、小さな草が現れた。一本の茎の先に、ホタルのような光の粒が宿っている。不思議と見ているだけで、心が落ち着いてくる。
「うわぁ……これ、すごく綺麗だな」
名称:きらめき草
レア度:2
品質:★3
効果:微弱な魔力を含み、周囲をほのかに照らす草。食べた生物に軽度のリラックス効果を与える。草自体の栄養価は低いが、魔力があるためスライム系が好む。
「これなら、ぷるん喜ぶかも……」
目の前に立たせていたぷるんが、きらめき草に興味を持ったように身体を傾ける。
ゆっくりと前ににじるように移動し、光を発している部分の周囲をぐるりと回るように動く。表面を薄く伸ばして触れるように、きらめき草を感触で“確かめて”いるようだ。
やがて、ぷるんはそのまま、草の上に乗るように覆い被さった。
じゅわっ、と草が溶ける音がした。ほんのわずかに光がきらめき、すうっと消えていった。
ぷるんの身体が、一瞬だけ淡い光をまとったように見えた。
「……え? いま、光った?」
身体の中で、何かが反応しているのかもしれない。けれど、見た目には大きな変化はない。だが、満足度の数値が上がったように見えた。
「……気に入ったんだな、ぷるん」
ふるり。
まるで肯定するように、スライムが震える。
ケンイチはその様子に微笑みながら、さらに2回目の召喚に取り掛かった。
きらめき草が風に揺れ、淡く発光する光が、柔らかな金色の霧のようにケンイチの世界を包む。
その光に包まれながら、ぷるんは嬉しそうに弾むように跳ねる。
光を浴びて、そのぷるぷるとした身体が一層透明感を増し、どこか、瑞々しく見えた。
「やっぱり、植物ってすごいな……。ただの草だと思ってたけど、ちゃんと役割があるし、それぞれ個性があるんだな」
現実の世界では味わえなかった感覚が、ここでは手のひらでふれて確かめられる。
きらめき草の生命力を感じながら、ケンイチはふと、自分の残りのMPが【2】であることを思い出した。
「あと2回、何か召喚できる……。せっかくだから、ぷるんが喜びそうなものにしよう」
ふと、脳裏に思い浮かぶのは、この小さなスライムの未来だった。
──この子、もっと進化したり、変わったりするんだろうか?
そんな思いを胸に、彼は【ケンイチワールド作成】スキルを起動する。
すると、視界にまた一覧が浮かび上がった。
⸻
【召喚可能植物一覧(MP1消費)】
・ヒカリノツタ(光を溜める蔓植物。発光はしないが、周囲の光属性エネルギーを蓄積する)
・ふわ種草(風が吹くと種が舞う。見た目が綺麗で、土壌を柔らかく保つ)
・まどい苔(しっとりした苔。水分保持に優れ、一定時間足跡を消す効果がある)
・しんめ葉(新芽が高頻度で生える草。ぷるんの餌になりそう)
⸻
「……これだ。『しんめ葉』。きっと、ぷるんの栄養になりそうだし、たくさん生えてくるなら、持続可能な感じがする」
選択し、土の開けた場所にイメージを集中させる。
その瞬間、青々とした新芽が地面からぐんぐんと生えてきた。
【MPを1消費しました】
しんめ葉は柔らかそうで、淡い緑色の茎が細かく分かれており、地面を薄く覆うように広がっている。葉先はわずかに光を反射し、きらめき草ほどではないにせよ、清々しさを感じさせた。
「よし、次も行こう。もう1回……最後のMPだ!」
彼は続けて、もう一つ別の植物を召喚することにした。
今度は、空間にちょっとした変化を与えたくて選んだのが、**「まどい苔」**だった。
ふかふかとした足元を作ってくれる苔。小さなぷるんが歩くと、そこに足跡が残らないらしい。
選択して、きらめき草の周囲、まだ植物の生えていない場所へと召喚する。
【MPを1消費しました】
地面に濃い緑のマットのような苔が広がり、少し湿った感触を感じさせる。表面には微細な露のような水滴が浮かび、そこに光が差し込んで虹のようにきらめいた。
「うわあ……すごい……」
思わず、目を細めて見入るケンイチ。植物が増えると、心の世界の“風景”そのものが変わっていく。世界が少しずつ、自分とぷるんの居場所として、深く、豊かに育っていく。
その中で、ふと視線を移すと、ぷるんがしんめ葉に近づいていた。
ぐにょん、と身体をのばし、葉の先にぴとりと身体を触れさせる。
ぷるんは、身体の底から吸い上げるように、しんめ葉をゆっくり取り込んでいった。
やはりこの世界では「食べる」行為は、直接触れて分解・吸収していく形らしい。
「どう? ぷるん、美味しい?」
音は返らない。けれど、ぷるんの身体が微かに揺れ、中央がきらりと光る。
それは、言葉で答えるよりもずっと強く、肯定しているように思えた。
「そっか、よかった!」
嬉しくなって、ケンイチも自然と笑顔になった。
ふと、彼は気づく。
──あれ? ぷるん、また少し……大きくなってない?
大きさは、6センチ弱。色味も、透明だったのが淡い青色が混ざってきていた。
再度、【鑑定】スキルを使う。
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【名称】ぷるん
【種族】ミニスライム
【属性】なし
【大きさ】5.9cm
【状態】栄養吸収中(魔力反応上昇)
【進化条件】魔力を帯びた植物を一定量摂取後、安定した土壌で休眠
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「……進化条件が出てる!」
思わず声に出すケンイチ。
ぷるんの中に、確かな“進化”の可能性が生まれている。
ケンイチは一歩引いて、ぷるんを見つめる。
この世界にきらめき草を生やし、しんめ葉を育て、まどい苔で足場を整えた。
それらがすべて“進化”に繋がっているとしたら、自分は今、本当にこの世界を「作っている」んだ。
「……俺の力で、ぷるんが進化する。育つ」
そう思うと、胸が震えた。
現実世界では、何かを育てることはおろか、自分の体を持て余していたというのに。
けれど、今は違う。
自分の行動が、確かに“何か”を変えている。
「……育てよう。この世界も、ぷるんも。俺自身も」
小さな決意が、心の中心に芽吹く。
世界はまだ、小さく、荒野のようで、余白ばかりだけれど。
それでも、確かに“育っている”。
明日になれば、またMPが増えて、もっと色んなことができる。
きっと、水場をつくったり、もっと植物を増やしたり、ぷるんに友達をつくったり……。
やりたいことが、どんどん湧いてくる。
きらめき草の光に照らされたぷるんの身体が、今日も静かに揺れていた。
まるで、「ありがとう」と言っているかのように。
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