③ 女王におねだり
「私の父はこの邑の役人なの。1年前に上役が変わり失脚させられるというところを、地域に暮らす人々を裏切ることで自分の立場を守り通した。だから家族である私たちも目の敵にされている……」
ユウナギには、上役が変わったことで失脚する、という点が引っ掛かった。この国でそんな物騒なことが起こるとは、中央でも聞いたことがない。
「それと同時に、父は上役から新しい妻をあてがわれた。私たちの母は3年前に亡くなっているので、実質新しい母になる人だと思ったのだけど、その人は最初から私たちを奴隷のように扱った」
「でもあなたは今、夫婦で暮らしているのでしょ」
「私はその後夫をもらい、彼と共に追い出されたの。正直ほっとしたわ。いちばん私に対するあたりがひどかったから。妹たちをおいていくのは不安だったけれど……。今度は人との関係で窮屈な思いをしている、それでもあそこにいるよりはマシ……」
継母はそんなに酷い人なのか。特殊な環境で育ったユウナギにはあまり想像ができない。
「でも私だけ逃げて罰が当たったのね。先日、前に良くしてくれていた下男が、ツルナがいなくなったと報告に来たので、3人で探して、見つかった場所は……廃棄場だった」
「え?」
「生活ごみの山に埋もれていたの」
「なんでそんなことに……」
「分からない……」
そして夜が明ける前に妹の身体を洗うため、川に来ていた。妹の居場所が露見したら連れ戻されるかもしれないので、今は隠しているということだった。
「これからどう暮らしていけばいいのか分からない。父には何も期待できない。家屋と衣服は持っていても、ただそれだけ……」
ナズナは暗然とする。
「この頃は殊更に母を思い出すわ……母上に会いたい……どうして私たちをおいて、死んでしまったの……」
「母君は、病で?」
「そう。長く患っていたので突然失うよりは覚悟ができていたけれど、あの経験だけはきっと生涯でいちばん、苦しく哀しい出来事のひとつだと……」
「私も実母を亡くしているの。私が6つ……くらいの時かな」
ナズナはユウナギを見つめて、言葉を口にしなかった。
「でも私の母は、家で待ってても、いつまでたっても帰ってこなくて、そのうち、もういないって聞かされて……。覚悟も何も……」
「ああ、ごめんなさい。私、無神経なことを」
「ううん。私の幼馴染もね、病で母君を亡くした時、一生懸命涙を堪えようとして……涙を我慢しすぎて鼻水が止まらなくて」
そしてユウナギがずっと隣で、その鼻水を拭っていた。
「目の当たりにした方が苦しいのかもしれない。でも別れ方がどうであれ、恋しくて仕方ないよね」
「いくつになっても母は恋しいの。私の母なんて今わの際まで、母上母上と呼びかけていた。子を生んで自分が母親になっても、最後に求めるのは母なのね」
ナズナは眠る妹の頬を優しく撫でながら、そう話した。
その夜。ユウナギは、幼い頃の夢をみている。
ユウナギは物心ついた頃、中央の片隅に建つ、女王付きの侍女が交代で暮らす屋敷にいた。そこでは勤務外の侍女と、ほとんどが子どもなのだが、その家族が共に過ごしていたのだった。
ある日、いつもどおりユウナギは勤務に出る母を見送っていた。しかしその日の母はいつもと様子が違った。子ども心にそう感じた。
「そう、あの日、母上は私に何か言った。いつもはけっして言わない、そんな言葉を。でも、思い出せない……」
夢の中の母は他の侍女に急かされ、今行くと返す。そして幼いユウナギにこうささやくのだ。
「幸せに……」
「「母上?」」
幼いユウナギはよく聞き取れなかったが、不安に駆られたのは間違いない。
ユウナギの夢の舞台は違うところへ移る。
大勢の人がいる、しかしそこは中央ではない。広いその場に見慣れない大きな建造物があり、周りは森のようだ。そこに集う人々の表情は暗く哀しい。
「あれは、丞相? 隣は兄様? まだ少し子どもの兄様……。そこは何? 何をしているの?」
人々は一様に祈りを捧げる。嗚咽をあげる者も多い。
「これは葬儀……? 誰の? この規模の葬儀は……」
ユウナギが見渡すと、四角く深く掘られた大きな穴の中に、大勢の祈りを捧げる人々が佇んでいる。嗚咽を上げる者、時に叫ぶ者。そしてその中に、自分の母親を見つけたのだった。また更に気付く、その人々が納まっている穴へと、土を投げ入れる周囲の面々に。
「何を……。そんなことしたら……」
人々はより強く祈りを捧げる。土はどんどん、どんどん被せられる。
「やめて!! 止めて!! 母上が……!! もうやめて!!」
自分は見ているだけだ。止めるからだがない。力もない。
「埋めないで!!!!」
叫びながらユウナギは目覚めた。
「ああ……」
あの後、幼いユウナギは幼いながらに異様さを感じた。その屋敷で暮らす女性たちの多くが入れ替わったのだ。その頃、母はもう帰らないと告げられた。どこかで命を落としたのだと、やはり泣いて過ごした。
そのような夢をみたので、それから3日間ほどユウナギは元気がなかった。そんな彼女をナズナは心配している。
しかしユウナギは家事もきちんとこなし妹に薬も飲ませ続け、その妹がだいぶ平常に戻ってきたおかげか、家の中が少し明るくなった。
***
ところで、今の中央はというと。
ナツヒは東から帰ってきてすぐさま、父から言伝てがあると配下より聞く。彼はこの遠出の前、丞相である父親に女王への目通りを願い出ていたのだが、それが今から叶うようだ。
「女王、我が息子の無礼をお許しいただき、まことに有難うございます」
ナツヒの隣に控えた丞相が、深々と頭を下げる。
「いいえ丞相。そなたの家族は私の家族も同然ですから。さて、ナツヒ。久しいですね。ずいぶんと成長し、逞しい男になりましたね」
「お目通り叶い、恐悦至極に存じます」
「ふふ。いいのですよ、そのように畏まらなくても。そういうのは苦手でしょう?」
「お恥ずかしい限りですが、おっしゃるとおりでございます」
女王は彼を、何年も前のやんちゃな少年のままに見る。
「して、私に何を?」
「は、率直にお頼み申し上げます。あなた様より直々に賜りたいものがございます」
それを聞いた丞相は目を大きく見開き、おののいた。彼の心の声を畏まらずに表現すると、「えっなにこの子は言ってるの? 女王になんかちょうだいって言ってるの??」という混乱ぶりである。
「まあ……」
「それは、あなた様の日頃より愛でておられる宝だと存じております。ですので、あなた様がいつの日か、お隠れになった後で差し支えございません」
それを聞いた丞相は、驚きで空へも飛んでいきそうだ。「えっお隠れって言った? 死んだ後でいいからって言った? 無礼すぎじゃない? なにその偉そうなの!? 父はそんなふうに育てた覚えないない!」と心の声は非常にけたたましいが、恐れ多くてもはや顔の筋肉が硬直していた。息子を叱責する余裕もない。
女王は、ふふふと笑った。
「私の宝……? そなたはいったい、何を欲しているのでしょう。ねぇ、ナツヒ。それは何ですか?」
「それは……」





