① 呪われた脚
正気を取り戻したら、ふたりは元の体勢のままだった。
互いに見合っていたが、視界の片隅の色が違う。辺りの匂いも違う。
膝をつき項垂れた。
「どうしよう……アヅミが……」
ここぞという時に役に立てなくて、打ちひしがれるユウナギだった。
ナツヒは周囲を見渡し、女王の屋敷の敷地内に帰ってきてしまったことを理解した。
もうどうしようもない。
「早く戻って……報告しに行こう」
彼はもう一度ユウナギの手を取り、起き上がるのを支えた。
ユウナギも立ち上がったその時だ。今度はナツヒが尻もちをつく。
「ん?」
「大丈夫?」
「…………」
「ナツヒも疲労が限界だから……」
「いや、まだいけ……」
手をつき立ち上がろうと脚に力を入れた途端、また尻から転げ落ちた。そんな彼はただ呆ける。
「どうしたの!?」
「脚に……力が入らない……」
「ええっ!?」
もう一度、今度はユウナギが立ち上がるのを手伝う。しかしふたり揃って転がってしまった。
「いたた……。わ、私、誰か呼んでくる。すぐ戻ってくるから!」
ユウナギは屋敷に向かって駆け出した。即ずべっと転んだが、なんとか起き上がりよれよれと走っていく。
「おい大丈夫か」
そしてナツヒは、あ――……腹減ったな……と小声で呟き、そのまま仰向けに倒れこんだ。
自宅である丞相の館にナツヒは運ばれた。中央お抱えの医師が診察している。
その間、執務用の一室にユウナギとトバリはいた。
トバリの言うには、ふたりは門限より早く帰ってきたようだ。今時分は遠出6日目の昼過ぎ。
「ユウナギ様、早くお帰りになったことは良い行いです。ですが、一体何があったのか、お聞かせ願えますか?」
ユウナギは一応食事をとり、先ほどまでの状況からはずいぶん回復した。しかし顔がとても青ざめている。
「ごめんなさい……ナツヒをあんなふうにしてしまったのは、私が……私のせい……」
「そういうことを言わせたいのではないです。あなたが気に病むことではない。ただ私は説明が欲しいのですよ。その道中に何があってこうなっているのか」
どうにも冷静になれない彼女には、責められているようにしか聞こえない。
話さなくてはいけないことは分かっている。ナツヒの状態についてだけでなく、この遠出の間に起こったすべての事を。
しかし今の自分が理路整然と、事の発端からを伝えられるとはまったく思わない。
「ごめんなさい……。今はどうしても、無理……」
こんなところで泣きたくはない、だがどうしようもなく涙がこぼれてしまうユウナギに、トバリは気遣いながら言う。
「分かりました。彼の診断結果を待ちましょう。でも今あなたが溜め込んでいることを、後で必ず話してくれますね?」
涙を拭いながら頷くユウナギの頭を、彼は優しく撫でた。
しばらくユウナギは、彼の邪魔にならないよう気を付けながら傍にいた。彼は木簡に何かを記す業務の最中だ。
ユウナギはやはりこういう真面目な表情を見せる人が素敵なのだと、どうしてアヅミは真逆の、始末に負えない男がいいのだろうと、いまだ不満が募る。
そこからアヅミの負傷を思い出し、心配でたまらなくなってしまった。
更に連鎖のように、あそこでの会話の記憶を紡ぎだし、とうとう口にせざるを得ないほどの不安が蓄積した。
「兄様」
「はい?」
「ナツヒの脚……あれはきっと呪いなの!」
その時、室外からトバリの部下が彼を呼んだ。彼はその連絡を聞き、ユウナギに問う。
「医師の話を聞きに、行きますか?」
「……もちろん!」
丞相館の客室にて。トバリは医師を労い、茶を勧めた。
年老いた医師は言う。彼の膝に、目立たないが腫れて変色している部分がある。そこの内部骨折の可能性が高いと。
「でもナツヒは普通に走ったり跳んだりしてた! 何も打ったりはしてなくて、急によ?」
本人もそう話したようだ。
医師は、ごくまれだが衝撃を受けてすぐではなくとも、それが積み重なりこういう事態になることもあると話す。
「それなら……いくらでもあるだろうけど……」
時を越えた時だって、転落して頭や身体を打ったのだ。
「でも安静にしていれば治るのよね?」
落ち着いて話を聞いているトバリとは対照的に、ユウナギは焦って質問を繰りだしてしまう。
「それは何とも……」
「時間はかかっても骨はそのうちくっつくんでしょ? なんかの書にそう書いてあった!」
前のめりな彼女をトバリは軽く諫めた。
医師はためらいがちに話す。
ただ折れているだけなら元通りになるかもしれない。
しかし実際内部がどうなっているかは分からない。骨だけでなく、筋も異常をきたしていないだろうか。
正常に戻るか、確証は持てない。
たとえ歩けるまでには治ったとしても、あくまで通常の生活に支障のない程度かもしれない。
そこでトバリがやっと口を開いた。
「と、言うと?」
彼はここまでの、歯切れの悪い医師の説明でおおよそ意を得ている。だがユウナギに最後まで聞かせなくてはならない。
「兵士としての働きが今までと遜色なくできるかどうかは、正直……厳しい、かと……」
「!!」
トバリにももちろん衝撃的な話だが、ユウナギはそれどころでない。
王女である彼女が、医師の元で膝をついて頭を下げた。
「お願いします! ナツヒを、今までどおり戦えるように治してください!」
「お、おやめくだされ……」
医師は困惑し彼女の肩に手を添える。
「ナツヒは兵士の職に誇りを持ってて……。この職務が彼の生き甲斐なんです!」
一度食いついたら離しそうもない彼女をトバリは持ち上げ、すとんと席に戻した。
「どうにか、ならないものか」
こういう時は彼のように、冷静に手段を求めるべきなのだ。ユウナギはいつも失念する。
「私の方では……なんとか歩けるようになるまでは、懸命に務めさせていただきます」
「そんな……」
ユウナギが肩を落としたその時だった。
「しかし、あの医師ならば……あるいは……」
医師がそう呟いたのは。
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