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(そんなの、どっちだっていいじゃない)
『よくない。大事なことだ。ワタシはアメリアのコインの裏。あくまでも影だ。人格を持つひとりの人間として認識する必要はない』
頑固者め。
面倒になった私は、フローリア様に意識を向けた。
「『アリア』ならば、乙女ゲームの記録を読むことができると思うんです」
「まあ、本当ですか。ああ、よかった」
喜んだフローリア様は、たぶん寝室であろう隣室へと駆け込んでいく。
戻ってきた時には、古びたヨレヨレの紙の束を手にしていた。
「これです。当時は、綺麗な紙なんて手に入れられなかったから、異母兄達が捨てた紙をこっそり拾ってきて裏側に書き記したんです。――読めますか?」
私は、心の中のアリアに見えるよう、手渡された紙の束に視線を向けた。
その紙には、私には記号にしか見えない丸い文字が、びっしり書き込んである。
きっと当時のフローリア様は、紙を手に入れるのが本当に難しかったのだろう。余白を惜しむように、端までびっしり丸い文字らしきもので埋め尽くされていた。
(どう?)
『読めることは読める。だが、解読が難しい』
(暗号になっているの?)
『そうじゃない。そうじゃないんだが……。転生娘は、どうやら女子高生だったようだな』
(じょしこうせい?)
聞くと、知識が頭の中に流れ込んでくる。
今の私と同じか、少し年下ぐらいだろうか。同じ学校に通う少女達が、集団で同じ服を着て楽しげに歩く姿が脳裏に浮かんだ。皆、膝上のごく短いスカート姿で、素足を堂々と衆目に晒している。
(まあ、可愛いけれど、ちょっと破廉恥ね)
『向こうの世界では、これが普通だったんだ。たぶん転生娘もこんな感じの女子高生だったんだと思う。彼女達の中には、こういう奇妙な丸い文字を書く者がいたからな』
(では、これは癖字なの?)
『そうだ。本来はもっと美しい文字なのだ。彼女達の感性は独特だったから……』
仕方がないと呟きながら、アリアは記録を読み進めていく。
『ここら辺は、既に終わった部分だな』
今手に持っている紙には、乙女ゲームの攻略対象のステータス等が細々と書き込まれ、それぞれのルートの攻略情報が事細かに書かれてあるらしい。
『次を』
言われるまま紙を捲っていると、正面にいるフローリア様からはらはらしている気配を感じた。
「どうです? 読めそうですか?」
そうだった。フローリア様には、こちらの心の中でのやり取りが分からないのだった。
私は、反省しつつ、事情を説明した。
「大丈夫です。ただ、かなりの癖字のようで、読み進めるのに時間がかかるみたいですね」
「癖字?」
「ええ。どうやら、前世のフローリア様は女子高生だったようですよ」
私は紙に視線を向けたまま、フローリア様に異世界の女子高生の姿を話して聞かせた。
「まあ! 女子高生は、太股が見えるほどに短いスカートをはいているんですか」
「ふふ、でも意外に淫らな感じはしないの。可愛らしいですよ。きっと今のフローリア様でもお似合いです」
「ええ、本当ですか?」
でも、足を……と、呟きながらフローリア様はオロオロしているようだ。
『次を』と言われて紙をめくっている私にはその顔を見ることは出来ないが、きっと真っ赤になっているに違いない。
「……前世の私は、ちょうど今の私ぐらいの年齢で亡くなったのですね」
「そうなりますね」
「無念だったでしょうね。……アメリア様……いえ、アリア様はお幾つで亡くなられたのでしょう?」
「それが、アリアはそのことに関しては口を噤んでいて、私も知らないんです。でも、そうね。とても落ち着いているから、今の私達よりずっと年上なんだと思うわ」
「なんだか不思議ですね。私達はこうして前世というものを実感できるけれど、他の方々はなにも知らないまま生きていくんですよね。いま私は、若くして亡くなった前世の私を哀れだと感じているけれど、もしかしたら覚えていないだけで、すぐ側に、もっと幼くして亡くなった方だっているのかもしれないんですもの」
「性別が変わった方もいるかもしれませんよ。ご立派な騎士様が、前世では嫋やかな美女であったり……」
その逆も然り。想像すると、ちょっと愉快だ。
「……なぜ私達は覚えているのでしょう」
「アリアが言うには、死にかけた経験が影響しているのではないかと……」
私はフローリア様に、幼い子供の魂では乗り越えられない危機を乗り越える力を得るために、転生する前の大人だった自分の記憶を強引に呼び覚ましたのだろうという、アリアの推測を話して聞かせた。
「ああ、そうなのかもしれません。私の場合は命の危機が去り、穏やかに暮らせるようになって前世の記憶が薄れていきましたから……。きっと役目を終えて、前世の記憶は私の中にまた戻っていったんだわ」
私は、自分とアリアのこれからを思って、ちょっとドキッとした。
だが私達の場合は、フローリア様とはまったく違う。
完全に分かたれているからこそ、アリアが私に吸収されることはないし、私がアリアの存在を忘れてしまうこともない。
大丈夫だ。
「前世の記憶にこうして生き延びさせてもらったのだから、彼女の分も生きて幸せになりたいのですが……。――どうでしょう? 読み終わりましたか?」
『もう少し待て』
私は、アリアの言葉をフローリア様に伝えた。
じりじりと読み終わるのを待つのも辛いので、フローリア様に領地に帰っている間の話をした。
刺激の強い『乙女殺し』の毒の話だけは避けて、幼馴染み達と山に登った話やオズヴァルド様が迎えに来てくれた話を……。
「まあ、そうだったのですね! オズヴァルド様は帰国前にオールモンド国内を視察するのだとおっしゃってたんですけど、アメリア様をお迎えに行っていたのですね」
素敵、とフローリア様は喜んで聞いてくれた。
調子に乗って、夜の湖畔で求婚されたのに、残念ながら気づかなかった話をすると。
「まあ、せっかく素敵な求婚でしたのに……。アメリア様ったら、いけませんよ」
なぜか非難された。私が悪いの?
『悪いに決まってる。鈍すぎる』
(あら、読み終わった?)
『ああ、転生娘がなにを不安がっているのかも理解した』
「アリアが読み終わったそうです。今から通訳しますね」
「はい。アリア様、よろしくお願いします」
『この世界をモデルにした乙女ゲームは、どうやら二部構成になっていたらしい。前半では、学園に入学したヒロインが、そこで恋の相手と協力者を集めることになる』
私はアリアの言葉をフローリア様に伝えた後に、疑問を口にした。
「協力者って?」
『後半部分への布石だ。これを説明する前に、ふたりとも覚えているか? アメリアが悪役令嬢だった場合の結末がふたつあったことを』
「はい、覚えています。アメリア様が悪役令嬢だった場合、悪役令嬢を修道院送りにしたらヒロインは正妃に、愚者の塔送りにしたら側妃になっていたはずです」
『最終的に、なぜそういう結末に至るのか……。その答えこそが、転生娘の不安の原因だ』
「私……というか、悪役令嬢の命をヒロインが惜しんだことで、慈悲深いと評価されて正妃に迎えられたのではないの?」
『そうではない。悪役令嬢の生死によって、とある登場人物の行動が変わる。その結果、オールモンドは戦火に見舞われるのだ』
悪役令嬢が死ぬことで戦争が起きるのだと、アリアは言った。




