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「戦争が起きるのですか!? ……まあ、どうしましょう。あの不安はこれだったんだわ」
『早合点が過ぎる。――アメリア、転生娘にちょっと落ち着けと伝えろ』
オロオロしているフローリア様に、アリアが冷ややかに言った。
「フローリア様、アリアが落ち着けと言ってます。それと、私は生きているのですから、戦争は起きないのでは?」
「え、あ! そうですよね。やだ私ったら」
フローリア様は早とちりしたことを恥ずかしがって両手で赤くなった頬を隠した。
『戦争が起こったとしても国はまだ滅びない。大量の兵士の命を失った後、こちらから停戦協定を申し出ることになるようだ。そして、停戦の条件として、大量の金品や食料を継続して帝国に供出していくことになる』
その結果、オールモンドは徐々に衰退して、やがて滅びに向かうのだそうだ。
乙女ゲーム的に言うと、これはバッドエンドという状態らしい。
アリアの推測では、本来の婚約者であった悪役令嬢から王太子を奪ったヒロインは、悪役令嬢の死の原因を作ることで戦争の引き金になったとして、戦争後に国民から憎まれるのではないかとのこと。
それ故に、前半で第一王子の心を射止めても正妃にはなれず、側妃ならばと辛うじて認めてもらえたのではないかと……。
『アメリアが不意に姿を消した事が、転生娘の不安をかき立てていたのだろう。記憶を失っても、危機感だけは残っていたんだろうな』
そもそも、フローリア様が乙女ゲームの記録を書き記したのも危機感からだったのだと、アリアは言った。
『この乙女ゲーム、どのルートを辿っても後半では動乱が起きるのだ』
乙女ゲームの記録の中で、転生前の記憶を持つフローリア様はそのことを一番に危険視していた。
動乱の規模と被害を抑える為に、どのルートを辿るべきか、事細かに書いてあったのだそうだ。
『乙女ゲームの中では、騎士団長の息子との恋愛ルートが一番被害が少なかったようだ。ここが狙い目だと書いてあったぞ』
私はアリアの言葉をそのままフローリア様に伝えて、「転生前の記憶を忘れていてよかったですね」と告げた。
「……そうなんでしょうか? 国の危機を避けるという意味では、覚えていた方が良かったのかもしれませんよ」
「そんなことありません。覚えていなくとも、私はこうして無事に生きていて、戦争を回避することができたんですから……。それに、全て忘れていたからこそ、心から愛する方を自分で選ぶことができたのではありませんか?」
もし転生前の記憶が残っていたら、きっとフローリア様は、なんとかして騎士団長の息子と恋に落ちようと努力することになっていたんだろう。
そんなの興ざめだ。
自然に心が惹かれあう方と結ばれたほうがいい。
「……もし前世の記憶があったら、アルフレード様に心惹かれていても、戦争になるかもしれないと恐れるあまり、素直に恋に落ちることなんてできなかったかもしれません。自分の心に嘘をついて、乙女ゲームが示す最善の相手に恋をしたふりをし続けていたかも……」
「そんなの、誰にとっても不幸だったわ」
恋をした相手に振り向いてもらえないアルフレード様も、恋をしたふりを自分に強いるフローリア様も、フローリア様から一途に慕われていると誤解することになる騎士団長の息子も……。
『さて、話を続けるぞ』
アリアは、しみじみ語り合う私達をばっさり遮った。
第一王子の場合は戦争という最悪のルートに突入するが、他の貴族令息達のルートを辿った場合でも内乱が発生する。
ヒロインは前半で得た恋人と、攻略対象者の中で友情を結ぶことができた協力者達とで力を合わせ、動乱を収めていくことになる。
そんなアリアの言葉を伝えると、フローリア様はまたオロオロと狼狽えた。
「ど、どうしましょう。私、協力者なんていません! アルフレード様以外の方とは殆ど接触していないんです」
『だから落ち着け』
「フローリア様、アリアが落ち着けと言ってますよ」
「ああ、でも……」
『どのルートでも、動乱のきっかけは帝国だ。オールモンド国内に潜入していた工作員達が密かに動くことで、動乱が引き起こされる』
「あら、それなら、大丈夫なのかしら……」
「アメリア様、なにが大丈夫なのですか?」
「ああ、ごめんなさい。伝えてなかったわね」
私はアリアの言葉をフローリア様に伝えた。
「今回、私が王都を脱出した際の捕り物で、帝国の工作員達は隠れ家ごと潰されたはずなんです」
『その通りだ。もはや大きな動乱を起こせる程の人員は残っていないだろう。――そもそもアメリアは悪役令嬢ではない。今のこの世界は乙女ゲームの中の話とは違うのだ』
「ああ、よかった」
私を通してアリアの言葉を聞いたフローリア様は、心からほっとしたように肩を落とした。
「私が悪役令嬢だった場合、私の生死によって、とある登場人物の行動が変わって戦争が引き起こされるのよね? その登場人物って、どなたなのかしら?」
ふと疑問に思ったことを口走ると、「まあ、アメリア様ったら……」とフローリア様から非難がましい目で見られ、心の中からはわざとらしい溜め息が聞こえた。
「え、あの……なぜそんな目でごらんになるの?」
「そんなの、考えるまでもなく分かることだからです」
『その通りだ。アメリアは本当に鈍いな』
「え?」
この疑問の答えは、そんなに簡単なのだろうか。
家族は私の死を悲しんでくれるだろうが、ローダンデール侯爵家の者としてオールモンドの平和を一番に考える筈だ。
弟のダージルは感情のままに爆発しそうだが、幼すぎて戦争を引き起こせるほどの影響力はない。
うう~んと悩んでいると、アリアが心の中でまた溜め息をついた。
『天然王子に決まっているだろうが』
「まあ、オズヴァルド様なの?」
「そうだと思いますよ。――この一年、アメリア様との婚姻を望んで密かに母国に連絡を取って動かれていたこととか、領地までご自身でお迎えに行かれたことから考えても、アメリア様を熱愛していらっしゃるのは間違いありませんもの」
『乙女ゲームの中の天然王子は、第一王子が悪役令嬢と婚約破棄するのを待っていたようだ。自ら母国に帰って悪役令嬢との結婚の許可を得ている』
そして、立太子の儀に合わせて再びオールモンドに戻った時、悪役令嬢は既に愚者の塔に送られた後だった。
『苛烈な性格だった悪役令嬢は、愚者の塔に入れられた直後、こんな扱いには耐えられないと自ら命を絶ってしまう。第一王子との間に、婚約破棄後の悪役令嬢の身柄を譲り受ける旨の密約をかわしていた乙女ゲームの中の天然王子は、悪役令嬢の死を知り絶望し、約束を破ったオールモンドに憎しみを向ける。そして自らの信奉者達を率いて、帝国の侵攻に手を貸すことになるのだ』
厳しい砂漠越えを行ってまで、キールハラルは攻め込んでは来ない。ずっとそう思われてきた。
その先入観が、オールモンドの状況判断を誤らせた。
海路と陸路、既成概念を覆す二方向からの侵攻に、オールモンドは初期対応を誤り、ずるずると後退を余儀なくされる。
「オズヴァルド様ったら……」
『アメリア、これはあくまでも乙女ゲームの中の話だ。現実ではない』
「ああ、そうよね。これは乙女ゲームの中のお話なのよね」
よかったと私は心からほっとしたが、アリアは『本当にわかっているのか?』と、なぜかわざとらしい溜め息をついた。




