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長いお休みの間、待っていてくださってありがとうございます。

やっと続きをお届けできます。

よろしくお願いします。

「姉上、もう大丈夫ですか?」


 隣りに座ってハンカチで涙をぬぐってくれていたダージルが、やっと泣き止んだ私の顔を覗き込んできた。

 私は微笑んで頷く。


「ええ。ダージル、ありがとう」

「どういたしまして。姉上のお役に立てて嬉しいです」


 にっこり笑うダージルの頭を撫でてあげたかったが、ぐっと堪える。

 大人びた仕草を見せるようになった弟を子供扱いしては、きっとプライドを傷つけてしまうだろう。


「それで……その……求婚は成ったと考えてよろしいのですね」


 居心地が悪そうに立ちすくんでいたラルコがおずおずと聞いてくる。

 私は深く頷いた。


「はい。私も、オズヴァルド様をお慕いしています」


 恥ずかしさに顔が火照ったが、かまうものか。

 もう二度とおかしな勘違いですれ違ったりしないよう、はっきりと自分の想いを口にしなくては。


『すれ違いではない。アメリアが鈍いだけだろう』


 ……心の中から響くアリアの声は聞き流した。


「ああ、よかった。……では、残る問題は侯爵だけですね」

「そこはもう気にしなくてもいいわ」


 扇で口元を隠しながら、お母様がふふっと小さく笑う。


「あの人の一番の望みはアメリアの幸せよ。アメリア自身がこの縁組を心から望んでいるのだと知れば諦めてくれるでしょう。遠い異国に娘を嫁がせたくないと抵抗するようならば、私とダージルで説得するわ。――ねえ、ダージル?」

「はい! お任せください。姉上、きっと僕がお助けしますからね」


 ダージルは私と同じアメジストの瞳をキラキラさせて、ぎゅっと拳を握りしめた。


「まあ、ダージル。とても心強いわ。もしもお父様に許していただけなかったら、また単騎で王都から脱出しなければならないと考えていたのよ」

「それだけはよしてちょうだい」

「そうだよ、アメリア。なにがあってもそれだけは駄目だ。そんなことをされたら我が家は大損害を被るよ」


 お母様が顔色を変え、お兄様が慌てて身を乗りだした。

 私が単騎で王都を脱出すると、どうして我が家が損害を受けるのだろう?

 ローダンデールの変わり者侯爵令嬢が、馬を駆ってひとりで男を追いかけて行ったと社交界では失笑されるかもしれないが、今さらだ。


「そこまで大事にはならないのでは?」

「なるよ。いいかい? オズヴァルド殿下から結婚したい相手を見つけたと報告を受けたキールハラル国王は、息子の気持ちを汲んで、求婚の宝石を運ぶ使者にオールモンド国王への親書も託したんだ。――ローダンデール侯爵家のご令嬢を、我が末息子の妻とすることを許可されたし、とね」


 そして、我らの国王陛下はその申し出に許可を出した。

 ただし、侯爵令嬢本人が望むのならば、という条件をつけて……。


「国王陛下は、第一王子の婚約内定者として娘時代を無為に過ごさせてしまったアメリアに負い目を感じておられるようだ。政略結婚として強いられて嫁がせることはならぬと仰せだ。――で、アメリアはキールハラルに嫁ぎたいんだよね?」

「はい、もちろんです」

「ならば、この縁組は既に国家間で正式に成立した。それなのに、アメリアがひとりで王都を脱出してオズヴァルド殿下の元に逃げ込むような真似をしたら、キールハラルの方々はどう思われるだろうね? ――どう思う、ダージル?」

「はい。国同士の約束事を、我が国が破ろうとしたと思われるのではないでしょうか?」


 お兄様に指名されたダージルは緊張気味に答えた。


「正解。国同士で決めた縁組に横やりを入れる者がいるのかと、キールハラルの人々の怒りに触れるだろうね」

「横やりを入れる者……この場合は父上ですか?」

「そうだよ。大変な失態だ。なにより、ローダンデール一族の当主が、代々、涙を呑んで築き上げてきた砦を壊す行為でもある」


 ああ、そうか。その通りだ。

 ローダンデールは法の番人。親族の命を質に取られても自らの正義を貫く一族だ。

 そのような一族だと思われるように、代々の当主は涙を呑んで私情を殺し続けてきたのだ。

 娘可愛さのあまり、()()()()()()()()()縁組に反対するなどあってはならない。


 そのようなことが周囲に知られたら、今代の当主は情に脆いと思われてしまう。

 それはそのまま一族の者達の命の危険にも繋がる。

 代々の当主が築き上げてきた、厳粛にして冷徹なる法の番人という砦を壊してはならないのだ。


「ごめんなさい。私の考えが足りなかったわ」

「わかってくれればいいんだ。そもそも、父上が暴走気味なのが一番いけないんだ」

「まったくだわ」


 悄々と反省する私の手を、お母様がそっと握った。


「アメリア、どうかもう二度とひとりで無茶はしないと約束してちょうだい。あなたが王都をひとりで脱出したと聞いた時、私達がどんなに心配したか……」

「そうですよ、姉上。母上は心配のあまり寝込んでしまわれたんですから」

「まあ、そうだったの」


 そんなこと、手紙にはひと言も書かれていなかった。

「ご心配をおかけして申し訳ありません」とお母様の手をぎゅっと握り返した。


「それに母上は、アメリアがひとりで領地まで帰れる訳がないと言い張って、個人的にご実家を頼って捜索隊を出していたんだよ」


 きっと途中で動けなくなって途方に暮れているに違いないと、王都に近い宿場町をしらみつぶしに捜させていたのだそうだ。

 確かに普通の貴族令嬢だったら、ひとり旅なんてできっこない。というか、馬にもひとりで乗れないだろうし、そもそもひとりで出歩くことなどきっと一生経験することはないのだろう。

 お母様が独自に動いたこの行動は、敵に対する目眩ましにもなっていたらしい。私が王都から近い場所で迎えを待っているのではと思われたようだ。


「いいのよ。こうして無事に帰ってきてくれたんですもの。……ああ、でもまたすぐに遠い地に嫁いでしまうのね」


 喜ばしいことだけれど寂しいこと……と、お母様は目を伏せた。


 昔ほどではないとオズヴァルド様は言っておられたが、キールハラルへの砂漠越えはやはり命の危険を伴うものだ。

 何往復かするよりも、このまま私もオズヴァルド様の帰国に合わせてキールハラルに嫁入りするのが望ましいのだろう。


 お母様は、やがて意を決したように顔を上げると、いつもと同じおっとりとした微笑みを浮かべた。


「さあ、縁組が定まったのですもの。さっそく嫁入りの支度を整えなくては。――嫁入りの際、オールモンドでは家具や衣装類を一揃い用意するのだけれど、キールハラルに持って行くのは難しい?」

「はい。残念ながら」


 お母様に聞かれて、ラルコが頷く。

 厳しい砂漠越えに重い家具を持ち込むのはできれば遠慮して欲しいと。

 それにオールモンドの布は厚すぎるし、服のデザインもキールハラルの気候には合わず、持ち込んでも無駄になる可能性が高いと。


「そう。それなら、夏用の薄手の布地を持たせて向こうで仕立てて貰うことにしましょうか。後はなにがあっても困らないよう、質のいい宝石を沢山用立てましょうね。ああでも、花嫁衣装だけはオールモンドの伝統のものを用意させてね」

「はい。一度拝見する機会がありましたが、あれは素晴らしいものでしたね。特にベールに施された繊細な文様の刺繍には見とれてしまいました」

「キールハラルでは刺繍はなさらないの?」

「我が国でも刺繍は盛んです。ですが、質というか種類がまったく違うのです。使う糸もこちらのものよりずっと太く、原色に近い華やかな色を使って、まるで絵のように仕上げるものですから」

「そう。それなら、こちらの刺繍を施した布を大量に用意すれば、あちらの皆さまへのいいお土産になるかしら?」

「はい、それはもう。きっと喜ばれると思います」


 お母様とラルコが、嫁入り支度の具体的な相談をしているのを聞きながら、私はじわじわと自分の体温が上がっていくのを感じていた。


(……アリア、これ、あなたの仕業? 止めてくれない?)


 批難したが、アリアは答えない。

 ただじわじわと体温が上がり、次第に身体が汗ばんでくる。と、同時に手足がムズムズしてきた。

 この感覚には覚えがある。

 子供時代、淑女教育を受けている私の行動を猛烈に恥ずかしがっていた頃のアリアの反応だ。

 あの頃は、このムズムズに耐えきれず実際に手足をバタバタ動かして、周囲の人達からひかれまくっていたけれど、さすがにこの年齢でそれはまずい。

 私は勝手に動き出そうとする手足を必死で押しとどめた。


(アリア、ねえ、どうしたの? 止めてってば)

『……()()()()()()()()()()()()()……』

(え?)

『浅い考えで、アメリアに王都脱出を勧めてしまった……。なんて愚かなことをしてしまったんだろう。ああ……恥ずかしい』


 穴があったら埋まりたい、とよく分からない言葉を呟いて、アリアは私の心の中で身悶えている。

 その影響を受けるこちらとしては大迷惑だ。

 常に私の助言者であろうとしているアリアにとって、今回の失敗はどうやら大ダメージだったようだ。

 常に失敗しては謝ってばかりいる私からすれば、この程度の間違いなんて気にすることなんて無いと思うのだけれど……。


『……失敗に馴れてしまってはいけない』

(私に注意できる気力があるんなら、早く立ち直ってよ)

『……無理』


 頑固者め。


「姉上、どうなさったのですか?」


 赤くなってだらだら汗を流している私に気づいたダージルが、ハンカチで額の汗を拭いてくれた。

 

「嫁入りが決まったことを今さらながら実感しているのかな?」

「なるほど、姉上は照れてらっしゃるんですね」


 兄弟達が私を微笑ましく見つめている。


「もう、ふたりともからかわないで……」


 私は手足のムズムズを必死で押さえ込みながら、不可抗力で赤くなった顔を、侍女のエリスがそっと差し出してくれた扇で隠した。

時間が空きすぎたので、最初から読み返しながら少しづつ手直しを入れました。

といっても、文章を少し直した程度で大幅な設定の変更はありません。

ここから先は乙女ゲーム関連の事情も絡んできて、一気にお話が進む予定です。予定……うん、予定……。

数日おきになるとは思いますが、引き続き楽しんでいただけると嬉しいです。

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