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「まあ、やはり『夜の女神』に例えられることは、神々への不敬だったのですね。……もしかしたら、それで神々のお怒りをかってしまったのかしら」
そのせいで呪われたのでは?
私はふとそんなことを思った。
今回の求婚に関するすれ違いや勘違いは、きっとそのせいに違いない。
『それこそ不敬だ。自分の間抜けさを、神々のせいにしないほうが良いと思うぞ』
心の中から聞こえてくるアリアの声を故意に聞き流していた私に、ラルコが「いえいえ、違います」と慌ててぷるぷると首を振る。
「我らが主神は鷹揚な神ですから、その程度のことでお怒りにはなりません。……そちらではなく、『夜の女神』に例えられるのはどういう時なのかという質問の答えが嘘だったのです」
「え?」
「私はあの時、艶やかな黒髪の女性の美を誉める際、『夜の女神』に例えることがあると申し上げました」
「ああ、そうね。あれが嘘なら、本当はどういう時に例えられるの?」
「私達キールハラルの民は、自らにとって唯一無二の存在を呼ぶ時に、二柱の主神の名を使います」
「唯一無二?」
「はい」
仲睦まじい二柱の主神にあやかるべく、生涯を共にしたいと願う唯一無二の愛する者を神々に例えて呼ぶのだと、ラルコが言う。
「正式な縁組が成るまでは家名や集落を神々の名の頭につけます。たとえば、我が王子が愛する方に呼ばれる場合は、『キールハラルの白銀の太陽神』か、もしくは領地の名を取って『ヴァリエの白銀の太陽神』となります」
「……オズヴァルド様は私のことを、『オールモンドの夜の女神』と……」
「はい。我が王子が『夜の女神』に例えられたのは、アメリア様ただおひとりです」
この一年、ずっとそう呼ばれてきた。
敬愛する『夜の女神』の現し身として、私のこの黒髪と紫の瞳から夜の女神を連想して、そう呼んでいるのだとばかり思っていたのだけれど……。
『間接的に愛の告白をしていた訳か……』
(そうなのかしら……。でも……)
「どうして、本当のことを教えてくれなかったの?」
教えてくれていたら、求婚を勘違いすることもなかったのに。
「教えられるわけがないじゃないですか」
ラルコは情けなさそうな顔になった。
「あの日、私達は、オールモンドの王族の方々との顔合わせをしたばかりだったのですよ」
第一王子の婚約者として紹介された私を見て、オズヴァルド様はいきなり『夜の女神』と口にしてしまった。
「私達からすれば、いずれは隣国の王太子妃となるお方に、『貴方に一目惚れしました』と我が国の王子が宣言したようなものだったんですから」
「ああ、なるほど。だからあの時、キールハラルの護衛達が妙にざわついていたんだな」
あの場に文官として出席していたお兄様が、愉快そうにポンと膝を叩く。
「はい。第一王子の婚約者に堂々と横恋慕したことがばれたら国際問題です。私達としては口を噤む以外に道はなかったんですよ。それに、あの時はまだ、アメリア様が第一王子の婚約内定者という曖昧な立場だということを知りませんでしたからね」
だが、その後、アルフレード様と親しくなったオズヴァルド様はその事実を知り、同時にアルフレード様の心が私ではなくフローリア様に向かっていることにも気づいてしまわれた。
「きっとアメリア様は一年後には自由の身になられる。そう確信した王子は、母国に手紙を出したのです」
キールハラルは遠い。
国王陛下に求婚の許可をもらう為に、自らが国に戻ればせっかくの留学期間がふいになってしまう。自分が留守をしている間に、他の男に愛する人が奪われないとも限らない。
だから、オズヴァルド様は使者に手紙を託した。
――生涯の伴侶としたい女性を見つけた。求婚の為の宝石を今すぐに届けて欲しい、と。
ラルコの話を聞いているうちに、じわじわと頬が熱くなってきた。
「……キールハラルの求婚の作法を教えてくださる?」
「はい。キールハラルはかつてとても厳しい土地でした。ですから男は、自らが手に入れられる最高級の宝石類を宝飾品に加工して、愛する女性に財産として贈るのです」
その際、宝飾品に使われる宝石の中で、一番価値の高い宝石はふたつに割られる。そして男は、その小さい方の欠片を指輪や耳飾りとして求婚の前に自ら身につける。
そうやって、ひとつの石をふたりで分け合い絆とするのだ。
その宝飾品には、婚姻した後に夫の身に万が一のことがあったとしても、その宝飾品を売ってでも妻には生き延びて欲しいという願いも込められているのだとか。
「男達がいつ命を落としてもおかしくない、そんな厳しい時代の名残なのです」
「だからあの時、オズヴァルド様はイヤーカフをつけられたのね」
「そうなんです。……まさか、なんの説明もないまま求婚したとは思ってもみなかったので、あの後、アメリア様がネックレスを受け取ったことで、求婚は成ったと、私共も勘違いしてしまったのです」
ラルコは、悔しそうな顔で声を出さずに口だけ動かした。
『……あのぼんくら王子……と言ったようだな』
アリアの読唇術は聞かなかったことにした。
「ですから、今回の求婚の失敗はこちらの不手際のせいなのです。――本当に申し訳なく思っております」
ラルコは再び頭を下げた。
「それで、ただ謝りに来ただけかい?」
からかうようなお兄様の言葉に、ラルコは慌てて顔を上げた。
「いえ。違います。我が王子は、これ以上侯爵の不興を買うわけにもいかず王城から身動きが取れません。ですので私が、王子の伝言をアメリア様に伝えに参りました」
「オズヴァルド様はなんと?」
「必ずお父上を説得します。どうか共にキールハラルに来て欲しい、と……」
「……そう……ですか」
オズヴァルド様は、夜の女神の現し身としてではなく、国益の為でもなく、この私を望んでくださるのだ。
はじめて愛するお方に望んでもらえた喜びに胸が震える。
身体中に満ちた喜びが、瞳から溢れ出る。
「あの、アメリア様。ご返答はなんと?」
「まあ、そのように急かしては無粋ですわよ」
「まったく、聞くまでもないだろうに」
溢れ出る喜びに声も出ない私の代わりに、お母様とお兄様が答えてくださった。
「姉上は泣き虫だったのですね」
今まで知りませんでしたと笑ったダージルが、私の涙をまたハンカチで拭いてくれた。
『やれやれ。やっと心から納得してくれたか』
呆れたような、それでもとても嬉しそうなアリアの声に、私はほんの少し唇の端を上げた。




