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「お嬢さまだけでのせいではありません。私達も悪かったのです」


 涙目の私を庇うように、護衛隊長が発言した。


「私達も、無事に求婚が成されたと勘違いしたのです。それ故、その後はお嬢さまとオズヴァルド殿下が接触しないよう、わざと邪魔をしておりました」


 求婚が成った場合、若いふたりが盛り上がって結婚前に間違いを犯さないよう、くれぐれも気をつけるように。求婚が受け入れられたことをオズヴァルド殿下が自分に直接報告するまでは、決してふたりきりにはしないようにと、あらかじめお父様から指示されていたのだと護衛隊長が言いにくそうに白状した。


「ふたりで過ごす時間さえ取れていれば、お嬢さまもオズヴァルド殿下も、お互いが勘違いしていることに気付けていたでしょう。本当に、本当に申し訳ありませんでした!」


 再び深々と頭を下げられて、思わず溜め息が零れた。

 皆がそれぞれに勘違いしていたとは……。


「謝らなくてもいいわ。勘違いしていたのはお互い様ですもの」


『この場合、アメリアが鈍いのが一番の問題だと思うぞ』


 護衛隊長に頭を上げるようにと促していると、心の中から痛い指摘が聞こえてきた。


(そんなこと言ったって、私、キールハラルの求婚の作法なんて知らなかったんですもの……)

『それもそうか……。末っ子王子の説明が足りなかったのも悪かったのか。粗忽者同士、これからが心配だ』

(心配してもらえる「これから」に辿り着けるかどうかの方が、私は心配よ)


 でも、心配しているだけでは意味がない。行動しなくては。


「最初に確認するが、アメリアはオズヴァルド殿下との縁組みをどう思ってる?」

「国益に繋がる、良い縁組みだと思っています」

「アメリア。ルーファスはそういう意味で聞いたのではなくてよ。貴方自身、オズヴァルド殿下をひとりの男性としてどう思っているのかと聞いているの」


 お母様が、私の手を取って微笑みかけてくる。


「母上、残念ながら、私の質問はそういう意味ではありません。アメリアの方が正解です」

「アメリアの幸せはどうでもいいと?」

「どうでもいいわけがないでしょう。幸せになってほしいからこそ、異国に嫁ぐのも悪くないと思っているぐらいです」


 王太子に婚約破棄された女。そんな悪名を得てしまった私が、このまま国内にいても幸せになるのは難しいとお兄様は言った。

 アルフレード様の立場からすれば、私が人目に触れる度、長く婚約者として支えてくれた女を捨てたという悪評が再燃することになる。国内に居る限り、私はアルフレード様の邪魔にしかならないと……。


「望まれて異国の王子に嫁げば、悪名も悪評も同時に消せます」


 確かにそうだと納得する私の隣で、お母様は「これだから殿方は……」と、眉をひそめていた。


「アメリアは、国益や汚名返上のことなんて考えなくてもいいの。今までアルフレード殿下の婚約内定者として、立派に勤めを果たしてきたんですもの。これ以上、オールモンドの犠牲になることはないわ」

「犠牲だなどと……。そんな風に思ったことはありません」

「そう? でもね、アメリア。キールハラルは遠い国よ。里帰りだって難しい異国に嫁ぐつもりなら、夫となる人への愛情がなければ辛いと思うの」


 異国でたったひとり。そんな風に私が思い悩み、孤独に苦しむようなことだけはさせたくないとお母様が言う。


「ああ、それは確かにそうだ。母上が正しい。――アメリア、そこのところどうなんだい?」

「え、あの……」


 もちろん、オズヴァルド様をお慕いしているけれど、この場でそれを言うのはなかなかに恥ずかしい。

 家族だけではなく、護衛隊長や侍女達も控えているし……。


『ここは、はっきり本心を言ってしまって、その上で協力を仰ぐのが得策だろう』


 さあ言え。すぐ言えと、心の中でアリアが急かす。

 お母様は励ますように手をきゅっと握っているし、お兄様の隣りに座っているダージルが、興味津々と言った風に小首を傾げて私を見ている。

 恥ずかしさにじわじわと顔が熱くなってきた。


「あの……私……」


『もじもじしている時点で、既にバレバレだと思うぞ』


 言い淀む私に、アリアが呆れている。

 もう少し、繊細な心配りを希望したいところだ。

 と、ちょうどその時、執事がノックと共に部屋に入ってきた。

 その後ろには、すっぽりフードを被って顔を隠した不審な男性が立っている。


「失礼します。お客さまをご案内して参りました」


 前触れもなくいきなり家族が集う居間に客人を連れてくるなど、通常なら有り得ない。

 だが常日頃から執事の優秀さを認めているお母様は、顔を隠した客人に狼狽えることなく微笑まれた。


「どなたなのかしら?」

「前触れもなく、突然お伺いして申し訳ありません」


 フードを外すと、そこに居たのはオズヴァルド様の従者のラルコだった。


「まあ、ラルコ。貴方なの」

「はい。アメリア様。ご無礼をお許しください」


 よく見ると、ラルコは手袋もはめていて、目立つ肌色を完全に隠していた。

 ラルコだって王子の従者を務めるだけあって、キールハラルの高位貴族の子息の筈だ。異国でひとり気楽に出歩ける立場ではない。

 私は急に不安になった。


「まさか、オズヴァルド様になにかあったのですか?」

「いえ。酷く落ち込んでおられますがお元気です。ただ、ローダンデール侯爵の監視がついていて王城から抜け出せそうにないので、私が代理で伺いました」

「まあ、お父様が監視を」

「あの人ったら、なんとしてもこの縁組を邪魔したいのね」

「困ったことに、そのようで……。あ、いえ。ローダンデール侯爵の不信を招くようなことになったのは、こちらの不手際のせいですので……」

「求婚の失敗は、そちらの不手際だと認めるのかい? 妹は、自分が勘違いをしたと言っているけれど」

「いえ、アメリア様のせいではありません」


 お兄様の質問に、ラルコは慌てて首を横に振った。


「アメリア様が勘違いをしたというのなら、その原因を作ったのは私なのです。――申し訳ありません」


 ラルコが私に向けて頭を下げる。


『今日は随分と謝られる日だな』

(本当に……)


「ラルコ、どういう意味なのか聞いても良い?」

「もちろんです。――アメリア様、一年前に私にした質問を覚えておられますか?」

「一年前と言うと、オズヴァルド様がオールモンドに到着した頃ですね」

「そうです。王城で、はじめてアメリア様にお会いした日のことです」

「あの日……。ああ、そうね。覚えているわ。顔合わせの席で、オズヴァルド様から夜の女神に例えられて、それが不敬に当たらないかと聞いたのよね?」

「そうです。それです」


 確か、そう。

 あの時、確か私はこう質問した。


『夜の女神に例えられるのは光栄ですが、不敬と受け取られて神々の怒りを招くようなことにはならないでしょうか?』と……。


 それにラルコは、大丈夫ですよと答えてくれた筈だ。


 そういえばあの時、ラルコはふわふわと視線を彷徨わせていた。

 一国の王子の従者としては、あまりよろしくない態度だと印象に残っていたのだが……。


「もしかして、あの時の答えは嘘だったの?」


 恐る恐る聞くと、ラルコは気まずそうに小さく頷いた。

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