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「アメリアとの婚姻の許しを貰いに来たときは、なかなかの切れ者だと思ったんだけどねえ。まさか、肝心の求婚に失敗するとは……」
お兄様はちょっとあきれたように肩をすくめた。
オズヴァルド様が、求婚の許しを得るためにお父様の元を訪ねてきた時、すでにキールハラルとオールモンドへの根回しは全て終わっていたらしい。
両国にとって良いこと尽くめの縁組みだけに、どちらもあっさり許可が貰えたようだ。
「だが、父上だけは反対していたんだよ」
「どうして反対なさるんでしょう? 国益になる婚姻ですのに」
政略結婚だとしても、国内の貴族が相手の時とは違って、オールモンドの民全ての利益に繋がる婚姻なのだ。
反対する必要はないと思うのに……。
『ちょっと待て!』
私が首をかしげると、心の中から焦った声が聞こえた。
(なあに?)
『末っ子王子とのこの縁組みが、政略結婚だと思っているのか?』
(当たり前でしょう)
他になにがあるというのか。
オズヴァルド様は、王族の義務として国益を考えた上で、この縁組みを望んでくださっているに違いない。
『恋心故だとは思わないのか?』
(さすがに、そこまで自惚れていないわ)
友として好ましく思っていただいているのは確かだろう。
そして『夜の女神』を連想させる私の外見を、好ましく思ってくださってもいる。
白銀の髪と赤い瞳の持ち主たるオズヴァルド様と、黒髪と紫の瞳の持ち主たる私。
そんな私達の姿に、キールハラルの民は白銀の太陽神と夜の女神を連想するに違いない。
並んで立っているだけでも、王家の求心力に貢献できるのだ。
王族であるオズヴァルド様にとって、実に有益な縁組みだ。
『まったく、そこまで自信満々では、反論しても聞く耳を持たなそうだな。アメリアは後ろ向き過ぎる』
アリアがわざとらしいため息をつく。
反論しようと思ったが、隣りに座るお母様の、ふふふと笑う声に気を取られた。
「どうなさったの、お母様?」
お母様は笑う口元を隠していた扇子を畳んで私を見た。
「アメリア、貴女はとても賢い娘なのに、時々とてもお馬鹿さんになるのね。お父様が、オズヴァルド様との結婚を反対なさるのは、大事な一人娘を遠い異国の地に嫁がせたくないからよ。これほど名誉な縁組みを拒む理由なんて、それ以外にないでしょう?」
「父上は、おまえとアルフレード殿下との婚約内定が破棄されて、これで王家にアメリアを取られずにすむと密かに喜んでおられたんだよ」
「まあ、本当に?」
「本当ですよ。お父様はね、一人娘である貴方を手元に残しておきたいの。以前から、貴女をギャレット様の息子達のどちらかと結婚させたがっていたぐらいなのだから」
「まあ、兄様達と……」
それは初耳だ。
兄妹同然で育ってきたから、やっぱりピンとこないが。
「とは言っても、国王陛下が薦めてくださる縁談を無下にするわけにもいかないからね。だから父上は、ふたつ条件を出したんだ。――ひとつ目は、まず最初にダニエルから求婚の許可を得ることだ」
これは、ダニエル兄様の持つ人物を見る眼力――鑑定眼でもってオズヴァルド様を見極めて貰うためだったらしい。
『なるほど、末っ子王子がヴィロス城を訪ねて来た時、父上殿からの依頼がどうのと言って脳筋と握手していたが、そういうことか』
(あの時、ダニエル兄様はこの縁談を認めてくれていたのね)
あの時、ふたりは初対面でろくな会話も交わしてはいなかった。
それでもオズヴァルド様のお人柄を判断できたのならば、ダニエル兄様の眼力とやらは一種の直感のようなものなのかもしれない。さすが脳筋だ。
「ふたつ目は、おまえに直接求婚して、受け入れられることだ」
「お父様は、私に判断を委ねてくださったのね」
「そうだ。とはいえ、たぶん父上は、オズヴァルド殿下がダニエルの鑑定眼で弾かれると思っていたんじゃないかな」
「すんなり認められていましたけどね」
キールハラルの民から愛される、天真爛漫で無邪気な麗しの末っ子王子が弾かれる訳がない。
私はちょっと得意な気分になった。
「で、求婚なんだが……。アメリア、おまえ、本当に求婚されていないのかい?」
「ええ。されていないと思うわ」
「お嬢さま、それは違います」
ずっと部屋に控えていた護衛隊長が慌てて口を挟んできた。
「ヴィロス城での最後の夜、おふたりで水晶湖の畔を散歩なさいましたね?」
「そうね」
「あの時、オズヴァルド殿下から、ネックレスを受け取りましたね?」
「ええ、とても綺麗なアメジストのネックレスをいただいたわ」
「あれこそが、求婚のネックレスだったのです」
「え? ……ええ?」
あの時、私は、あのネックレスを正当な報酬だと思った。
オズヴァルド様が愛したお方の身代わりとなって、私が命を賭けたことにたいするお詫びの品だと……。
だが、オズヴァルド様は私と婚姻を結びたいと思ってくださっていたのだ。
となれば、あのネックレスの意味合いも自然に変わってくる。
「まあ、どうしましょう……。私、勘違いしたみたい」
「求婚だとはまったく気づかなかった?」
「ええ。オズヴァルド様からのお詫びの品だと思ってしまったの……」
「お詫びねぇ。なんでそんな勘違いをしたんだい」
呆れたように肩を竦めたお兄様に勘違いした理由を説明すると、がっくりとうなだれてしまった。
「求婚に気づいて貰えなかったとは、さすがにオズヴァルド殿下がお気の毒だ」
「だって、それらしいことはひと言も言われなかったんですもの」
あの時、オズヴァルド様は求婚の言葉をまったく口にしてくださらなかった。
『私の気持ちを受け取ってもらえるだろうか? とは言っていたぞ』
(感謝とお詫びの気持ちだと思ったのよ)
『そうだったな。……まったく。――アメリアは鈍いし、末っ子王子は天然だしで、見事にすれ違ったな』
ここまでくると笑えると、アリアが本当に心の中で笑っている。
(アリア、酷い……)
笑えない私は、涙目で俯くしかなかった。




