10
居間には、お父様以外の家族だけではなく、私の護衛隊長もいた。
どうやらお兄様に何事かを報告していたらしい護衛隊長は、私の顔を見ると深々と頭を下げた。
「お嬢さま、申し訳ありませんでした」
「どうして謝るの?」
いきなりの謝罪に、私は困惑した。
知らぬ間になにかあったのだろうかとお兄様を見ると、お兄様は溜め息をついてから立ち上がり、頭を下げたままの護衛隊長の肩を叩いて顔を上げさせた。
「とりあえず、頭を上げなさい。訳がわからず、アメリアが困っているからね。――アメリア、事情は私の方から順序立てて説明する。だがその前に、ダージルに勤めを果たさせてやってくれないか?」
「ダージル?」
「はい。僕、姉上の代理で学園の卒業式に行ってきたんです」
「まあ、では私は正式に学園を卒業したことになっているのですか?」
学園には無断で王都を出て、卒業式にも出ないままだったから、中退扱いになっているのではないかと思っていた。
「もちろん卒業しているよ。なにしろアメリアは、オールモンド王国の為に、自らの身を囮にして帝国の工作員達をおびき出し、その拠点をあぶり出す手伝いをしてくれた功労者ということになっているからね。中退扱いになどしないさ」
「ちょうど卒業式の頃、父上と兄上はお仕事が忙しかったので、僕が代理で卒業式に行ってきました。姉上の代わりに卒業のメダルを受け取ってきたんです」
ダージルは、ちょうど彼の手の平サイズの箱を持っていて、蓋を開けて私にその中身を見せた。
「まあ! 金色のメダルなの?」
「はい! 女生徒で金色のメダルは十年ぶりだと言われました。僕、凄く誇らしかったです!」
卒業の際、学園の生徒達は、学園で過ごした五年間の成績の加味して順位がつけられるのだ。
総合一位の生徒には水晶のトロフィーを、二位の生徒には金色のメダルを、そして三位の生徒には銀色のメダルが授与される。それ以外の生徒はみなブロンズ色のメダルだ。
「一位はダントツで第一王子だそうだ」
「ですが、私は二位になるほどの成績を収めていなかったように思うのですが……」
確かに常に十位内には入っていたが、トップスリーに入ることは稀だった。
私がそう言うと、兄上は「だからだろう」と笑った。
「この五年の間、成績が上下することなく安定していたから、最終的に金色のメダルに手が届いたんだ。おめでとう」
「きっとアメリアのたゆまぬ努力が実った結果なのね。素晴らしいわ。貴方は私の自慢の娘よ」
「あ……りがとうございます」
お兄様とお母様に祝福されて頬が熱くなる。
同時に、じんわりと心の奥から喜びが溢れてきた。
「姉上、少し屈んでください」
ダージルが箱から取り出したメダルのリボンを手に、歩み寄ってくる。
私が屈むと、背伸びしてメダルを胸に掛けてくれた。
「姉上、ご卒業おめでとうございます」
「ありがとう、ダージル。とても嬉しいわ」
胸に掛けられたメダルを手に取り、近くでじっくり眺める。
メダルには、卒業年度と私の名前が刻まれていた。
これは世界にひとつしかないワタシの誇りだ。
(アリア。このメダルは、貴方に捧げるわ)
胸の奥から溢れてくるアリアの喜びを感じながら、私は心に中に話しかけた。
だって、アリアは私よりもずっとこのメダルを欲していた。
それに、学園で学ぶことを、私よりもずっと楽しんでもいた。
アリアの学ぶ喜びが私にも伝わっていたからこそ、怠けることなく常に学び続けられたようにも思う。
だからこのメダルは、私よりアリアにこそ相応しい。
『いいや、アメリア。ワタシはアメリアの為に、このメダルを手に入れたいと思っていたんだ』
(私の為?)
『そうだ。ワタシの一番の願いは、アメリアが普通の人生を歩むことだったんだ。普通に家族に愛されて育ち、普通に学園で友に恵まれ学んで卒業する。そして普通に恋をして、愛する者と結ばれる。――今度こそ、そんな普通の幸せを与えてあげたかった』
アリアの望む普通って、どういうものだろう?
私にとっては、今の自分の状態が普通だから、ちょっとよくわからない。
『だろうな。ワタシとアメリアでは、普通の感覚が違う。ワタシからすれば、侯爵家に産まれたアメリアは随分と窮屈な人生を歩んでいるように感じられているからな。それでも、可能な限り普通の幸せを感じて欲しかったんだ』
押しつけがましくて済まないとアリアが謝る。
そんなことない、と私は心の中で答えた。
お父様の愛情を疑った幼い日、まるで通訳のようにお父様の愛情を私に伝えてくれたのはアリアだ。
また恋に破れてしまったわと、オズヴァルド様への想いを諦めようとした私に、まだ諦めるのは早いと説得しようともしてくれた。
(私、アリアから、たくさんの幸せを貰ったわ)
お父様から、おまえを誇りに思うと言われた時、涙が出るほど嬉しかった。
オズヴァルド様とのご縁だって、まだ途切れていない。
アリアが私に希望の光を見せてくれたから……。
(ありがとう)
金色のメダルをぎゅっと握って心からお礼を言うと、急に視界が滲んできた。
「あ、姉上? どうかなさったのですか?」
急に涙を零した私を見て、ダージルがおろおろと狼狽えながらも、ハンカチで涙を拭いてくれた。
「大丈夫よ。とても嬉しいだけ」
これは私の涙じゃない。アリアの涙だ。
『……少し気が早かったな。喜ぶのは、麗しの末っ子王子との絆を結んで、アメリアが女性としての幸せを摑んだ後にしなければ』
(そうね。頑張りましょう)
このまま大人しくしていたら、希望の光は消えてしまうかもしれない。
消える前に、自分で動いて今度こそ摑み取りたい。
その為の力が――貴族令嬢らしからぬ行動力と、励まし助言してくれる心の中の支えが――私には既に備わっているのだから。
『父上殿を攻略する為に、まずは情報が必要だ』
(わかったわ)
私はメダルを握りしめたまま、お兄様に視線を向けた。
ネット小説大賞に応募していた「縁側でひとやすみ」が最終選考を通過し、書籍化が決定しました。
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きちんと最後まで書き続けますので、よろしくお願いします。




