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 目の前が真っ暗になって倒れた私が次に目を開けると、世界は乳白色に染まっていた。

 そして、目の前には怒った顔のアリアがいる。

 ということは、ここは私の心の中の世界だ。


 元は私と同じ、つり目がちでキツい顔立ちだったのを、さらに女性らしさをそぎ落として男装したアリアの怒り顔は、なかなかの迫力だ。

 正直、とても怖い。


『ワタシがなぜ怒っているか分かるか?』

(……私が気を失ったから?)

『そうだ。それは悪手だと小さな頃から何度も教えてきた筈だ』

(ヴィロス城で気を失った時は怒らなかったじゃない)

『あれは肉体的苦痛のせいで、不可抗力だった。だが今回は違う。アメリアは認めたくない現実から目をそらす為に、自ら意識を手放した。最悪だ』

(……はい)

『あの場には味方しかいなかったから良かったものの、これが逆だったらどうなっていたと思う? 生殺与奪の権利を敵に与えてしまうことになるんだぞ』

(はい。ごめんなさい)


 たまにだが、子供の頃から、こんな風にアリアに叱られることがあった。

 以前は、心の中から聞こえる声だけだったからそれほどでもなかったが、こうして目の前に怒った顔があると、なかなかに骨身に染みるものがある。


『ワタシに謝る必要は無い。もっと自分を大事にして欲しいだけだ。どんな時でも諦めず、最善の道を捜す努力をしなさい』

(そうするわ。……でも、さすがにさっきのはショックだったから……)


 希望の光が、いきなりフッと吹き消されたような気持ちになってしまったのだ。

 しょんぼりする私に、アリアは溜め息をついた。


『しょうがないな。とりあえず、座りなさい』


 目の前に、ふわっと雲の固まりのように見える白いソファが現れた。

 ふんわりして、なかなか座り心地がいい。


『末っ子王子では父上殿に太刀打ち出来ないとワタシが言ったのがショックだったか。だがな、もう少し我慢できれば、希望の光も見えていたぞ』

(そうなの!?)


 私は、隣りに座ったアリアの顔を意気込んで覗き込む。

 アリアは、そんな私ににやりと笑って見せた。


『ああ。――末っ子王子では太刀打ち出来ないが、お前の友人である第一王子ならば、ある程度の影響を与えることが出来ると思わないか?』

(そうね。アルフレード様の言うことなら、お父様も少しぐらいなら耳を貸してくださるかも……)

『それで駄目なら、第一王子から国王に口を利いてもらえばいい。それでも駄目なら最後の手段だ。またひとりで馬に乗って王都から脱出すればいい』

(ひとりで?)

『そうだ。末っ子王子が帰国の途に着いた直後に、アメリアはひとりでその後を追って行くんだ。簡単だろう?』

(まあ! そうね。その手があったのね!)


 この場合も駆け落ちと言うのだろうか?

 それとも押し掛け花嫁と言われてしまうか?

 どちらにせよ、一縷の希望があるのなら、私はオズヴァルド様との未来を諦めたくない。

 私とオズヴァルド様との婚姻にお父様が反対していても、国同士の関係からすれば歓迎される婚姻だ。身ひとつで押し掛けて行っても、きっとなんとかなるはず。

 ただし、以前王都を出た時同様、帝国からの刺客に襲われる覚悟はしなければならない。


『変装して商隊に紛れ込むなり、国に護衛を頼むなり、身を守る方法はいくらでもある。普通の令嬢達と違って、アメリアならば多少無理な行程でもなんとかなるだろう』

(ええ。希望があるのなら頑張れるわ)

『よし、その意気だ。やる気が戻ったのなら、さっそく目を覚ますといい』

(え、もう戻らなきゃいけないの?)

『目覚めて、協力者を捜すんだ。ワタシに出来るのは助言だけだ。現実の世界で力を貸してくれる存在が必要だ。できれば第一王子だけじゃなく、父上殿以外のアメリアの家族達も説得して味方につけたほうがいい』

(わかったわ。……でも、もう少し、ここに居たい)


 こんな機会でもなければ、アリアと顔を合わせて話をすることはできないのだ。

 もう少しだけ、アリアと一緒にいたい。

 だが、アリアは、首を横にふった。


『ワタシはいつでもアメリアの中にいるのだから優先する必要は無い。現実を優先しなさい。今すぐ戻ったほうがいい。末っ子王子がこの国に居る期間は限られている。少しでも早く動かないと手遅れになるぞ』

(そうね。とても残念だけど……)

『そんな風に思ってもらえるだけでも嬉しいよ。――さあ、また横になるといい。子守歌を歌ってあげるから』


 アリアに促されるまま、アリアの膝を枕にしてソファに身体を横たえる。

 目を閉じると、あの時と同じように、私の知らない言葉で歌われる子守歌が聞こえてきた。


(ねえ、アリア。この子守歌の歌詞が知りたいわ)


 目を閉じて、穏やかな歌声に耳を傾けながらお願いすると、綺麗な詩が脳裏に流れ込んできた。




 さあ、お眠り、私のよい子。

 森や草原に住む動物たちも、お前と一緒に眠る。

 月から降り注ぐは銀の光。美しいこの夜にゆっくりお眠り。


 さあ、お眠り、私のよい子。

 大好きな玩具もお人形も、お前と一緒に眠る。

 共に夢見て夜を越えよう。新しい希望の朝を迎える為に。


 さあ、お眠り、私のよい子。

 きらきら光る星も優しい風も、みんなお前を愛してる。

 だから泣かずに、微笑んで。ゆっくりお眠り、愛しいよい子。




 男とも女とも判別のつかない穏やかな歌声にうっとりと聞きほれながら、私はゆっくり眠りに落ちていった。




     ◇  ◆  ◇




 目覚めると、見覚えのある天蓋が見えた。

 ここは、王都の屋敷にある私の寝室だ。

 子守歌ですっかり穏やかな気持ちになった私がゆっくり身を起こすと、側に控えていたらしいエリスが慌てて近づいて来た。


「お嬢さま、ご気分は? どこか痛いところはありませんか?」

「平気よ。私、どれぐらい眠ってたの?」

「ちょうど、一時になります」

「そう。……オズヴァルド様は?」

「王城にお戻りになられました」


 どうして王城に? と一瞬不思議に思ったが、すぐに納得した。

 学園を卒業されたオズヴァルド様は、寮を出て、国家の客人として王城に部屋を賜っているのだろう。


「では、お父様は?」

「……オズヴァルド殿下を王城までお見送りがてら、仕事に戻られると」


 エリスの話では、オズヴァルド様は倒れた私を心配してここに残りたがったらしいが、お父様が笑顔で脅して無理矢理王城へと追い出してしまったのだそうだ。

 明らかに不敬な行為だが、大丈夫なのだろうか。


「お母様とお兄様はご在宅?」

「はい。皆さま、居間のほうにいらっしゃるはずです」

「そう、良かった。それなら、お話したいことがあるから少し時間をいただけるか聞いてきてくれる? あ、それは誰か他の人に頼んでね。エリスは私の着替えを手伝ってちょうだい」

「はい」


 頷いたエリスが、誰かに言付けする為に急いで部屋を出て行く。

 私も身支度をする為にベッドから降りて、鏡の前に立った。


「……私では男性に変装は無理ね」


 アリアは骨格から中性的に変えてあるから男装が似合っていたけど、丸い肩と細い首を持つ私では不自然にしかならないだろう。いや、辛うじて少年ぐらいになら変装できるか……。


『それは最後の手段だと言っただろう。ひとりで飛び出す前に協力者を得る努力をしなさい』


 ひとりで飛び出したがってる訳じゃなく、ただ変装に興味があっただけなのだが……。

 心の中から聞こえてくる厳しい声に、私は軽く首を竦めた。

作中の子守歌は、有名な子守歌を参考に、ちょちょいとねつ造してみました。

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