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 オズヴァルド様のあからさまに狼狽える様を見て、私は事情を察した。


「残りふたつの単位が、卒業までに取れなかったのですね」


 きっとそれで留年して、恥をそそぐ為にお国に帰れなくなってしまったに違いない。

 庇うわけではないが、キールハラルとオールモンドでは学ぶ内容がかなり違うらしい。一年前に留学してきたばかりのオズヴァルド様が単位を落としても仕方ない。

 お気の毒に……と同情する私に、オズヴァルド様はぶるぶると首を横に振ってみせた。


「いや、違う。ちゃんと単位は取れた」

「そうですよ。以前お話しした時点で、すでに特例で卒業試験は受けていたんです。あの後、教授達からお情けで合格をいただけたので、王子は無事に卒業できました」

「では、どうしてまだこの国に?」

「……そ、それは――」

「――勝手に宣言したせいで、帰るに帰れなくなっちゃったんですよ」


 狼狽えるオズヴァルド様の言葉を遮るようにラルコが言った。


「なにを宣言なさったんですか?」

「いや、だから、それは……」


 私が聞くと、オズヴァルド様はまた狼狽えて、まるで救いを求めるようにラルコを見る。

 ラルコは呆れたように肩をすくめ、大きく溜め息をついてから言った。


「立太子の儀に出席すると宣言したんです」

「そうだ。その通り」

「まあ、アルフレード様の立太子を共に祝ってくださるのですね。素晴らしいわ」


 代理人ではなく、キールハラルの王族が直接オールモンドの公式行事に参列するのは、たぶんこれがはじめてだろう。

 両国の友好を内外に示せるし、キールハラルの煌びやかな正装を纏ったオズヴァルド様のお姿を見ることが出来るのはとても嬉しい。


「この一年でアルフレードとは随分と親しくなったからな。やはり友として、祝福してやりたいと思ったんだ」

「ありがとうござます」

「うん。――ローダンデール侯爵から、アメリアも立太子の儀に出席すると聞いた。オールモンドに残ったものの立太子の儀まではなにもすることがなかったからな。侯爵に、アメリアを迎えに行かせて欲しいと頼んだんだ」

「まあ、そうだったのですね。私の為に残り少ないオールモンドでの時間を使っていただいてありがとございます」

「なんの。オールモンドの夜の女神の為ならお安い御用だ」


 感動した私に鷹揚に微笑み返すオズヴァルド様の隣で、なぜかラルコがまた溜め息をつきつつ肩をすくめている。

 不思議な事に、ほぼ同時に心の中からアリアの溜め息が聞こえた。


(なあに? なにか言いたいことがあるの?)

『別に……。馬に蹴られたくはないからな』

(馬に蹴られる? どういう意味?)


 たぶん前世の諺か言い回しなのだろう。アリアは、たまに私には意味の分からない言葉を使うことがある。

 いつもだったら、聞けばすぐに大体の概念を直接伝えてくれるのだが、今回はそうしてはくれなかった。


(……これも自分で考えなきゃいけないの?)

『……』


 まただんまり。


(もう! アリアったら、最近ちょっと意地悪だわ)

『意地悪をしているつもりはない。どちらかといえば、意地悪なのは末っ子王子の外部頭脳の方だろう』

(外部頭脳って、まさか、ラルコのこと? その呼び方だけは止めて。それじゃあ、まるでオズヴァルド様がダニエル兄様のような脳筋だって言ってるみたいに聞こえるわ)

『そのつもりで言ってるんだ。……いや、末っ子王子は、どちらかといえば脳筋ではなく天然なのか……』

(天然? どういう意味?)


 そう聞くと、今度はすんなり天然という概念が伝わってきた。


(あら、確かにそうかもしれないわね)


 素直で無邪気、キールハラルの民に愛される麗しの末っ子王子。

 私にとってのオズヴァルド様は、天性の性格のままで誰にでも愛される特別な存在だから、天然という表現に違和感は覚えなかった。


『惚れた欲目か、痘痕もえくぼか……』


 アリアが呆れた声でそう言ったが、これは深く追求しないほうが良いと心の中で警鐘が鳴っているので黙っていた。


『アメリアと末っ子王子は、思いの外、似ている部分があるようだな』

(まあ、本当に? 嬉しい)

『……誉めてない』

(……)


 この酷い発言には、私もアリアを見習ってだんまりを貫かせてもらった。



     ◇  ◆  ◇



 翌日には、無事に迎えの馬車もヴィロス城についた。

 馬車に同行してきた御者や騎士達には気の毒だが、一晩で荷物を積み込み、馬車の整備もして、その翌日には再び王都に出発することが決まっている。


 立太子の儀までまだ日にちはあるものの、ラルコが持ってきたお父様からの書状には出来るだけ早く王都に帰参するようにと書かれてあったのだ。

 その為、ヴィロス城中の使用人達が慌ただしく出発の準備に追われた。


 そんな中、私はオズヴァルド様のご希望で、我が領地を案内していた。

 一日だけだから遠くには行けない。オズヴァルド様の希望を聞くと、以前話したことのある、私の幼馴染み達が働いている商店街が見てみたいとおっしゃられた。

 水晶湖の辺にある商店街には、避暑に訪れる者達が立ち寄る土産物屋もある。

 鉱山で取れる半貴石や木工細工などもあるが、磨かれた巨大魚の鱗で作ったアクセサリーや鳴り物などはキールハラルのお方には珍しく映るのではないかと思って紹介してみたのだが、予想どおりに喜んで貰えた。


「七色に光って綺麗なものだな。音もいい。いくつか土産に買って行こう。――ラルコ」

「はいはい。お任せを……。この巨大魚の鱗の細工物は、騎士達の家族への土産にも良さそうですね」


 ラルコは護衛の騎士達と手分けして、複数ある土産物屋の棚が空になる勢いで購入していく。

 商店主達は大喜びだし、この後に不足分を補うために、巨大魚専門の漁師や鱗の細工師達の仕事も増えることになるだろう。

 思いがけない特需に商店街は沸いた。


 だが、それ以上に商店街の人々を喜ばせたのは、キールハラルの人々の煌びやかでエキゾチックな出で立ちだ。

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