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やっと外出許可が出ると、幼馴染み達を代表して、ギャレット叔父様の長男で従兄のダニエルが会いに来てくれた。
「体調が良くなったんなら、山で野営しようぜ」
領地内を守る私兵団の副隊長であるダニエルは、ちょっと……というか、かなり脳筋気味で考えなしなところがある。
「馬鹿をおっしゃらないでください! 外出許可が出たとはいえ、アメリア様はまだ病み上がりですよ!」
呆れる私に変わってエリスが怒ると、ダニエルは亀のように首をすくめた。
「相変わらずエリスはおっかねーなぁ。大丈夫だって、アメリアはガラー山羊に乗っけて行こうって、トロンが言ってるからさ」
トロンはダニエルの弟で、脳筋の兄とは違い文官としてギャレット叔父の補佐をしている。
彼も同行してくれるのなら、脳筋に振り回されてヨレヨレになる心配はない。ひとまず安心した。
「もうガラー山羊の毛刈りは終わったの?」
「まだだ。でも今日明日で終わるってさ」
ガラー山羊は、厳しい山脈内に生息する稀少な山羊種で、我が領地では、このガラー山羊を家畜化することに成功していた。
体長は通常の山羊よりひとまわり大きく頑丈で、冬場の寒さを凌ぐためにふわふわの体毛をもっている。春先に刈った体毛は毛布や毛糸に加工され、乳を絞ることもできるし、春から秋にかけては山岳地帯で働く人々の荷運び役もこなしてくれる。非常にお役立ちな存在なのだ。
そういうことならとエリスの許可も出て、三日後に山で野営することが決まった。
目的地は、幼い頃から何度も遊びに行っている山の上の放牧場だ。
当日、ゆったりと歩くガラー山羊の背に乗せられた私は、のんびりと山道を登りながら周囲の景色を見渡していた。
ローダンデール領は王都より春が来るのが遅いが、私が寝込んでいる間にすっかり春めいてしまっていた。
道の脇には若葉が茂り、所々に春に良く見る黄色の花々が咲いている。
山の斜面に植えられた果樹の木々も白やうす桃色の花を咲かせていて、風に煽られてひらりと空を舞う花びらが綺麗だった。
「ああ、綺麗ね」
「ホントに……。私、この季節が一年で一番好き」
思わず呟いた言葉に頷いたのは、ガラー山羊の脇を歩いていたアビーだ。
アビーの父親は私兵団の一員で、今は城の門番として働いてくれている。
「私は秋が好き。美味しい物が沢山あるから」
「そんなことばっかり言ってるから、ジューンは太るんだよ」
「ふ、太ってないもの! ちょっとぽっちゃりしてるだけじゃない!」
「マテオ、レディに失礼なこと言うもんじゃないぞ」
「本当のことを言ってるだけだし」
「じゃあ俺も本当のこと言おうか? 実はマテオは、ジューンのことを――」
「わー!! 言うな! 聞くなっ!」
荷物を載せたガラー山羊を引いて後ろから付いてきているジューンとマテオとロランが、なにやら仲良く揉めている。お年頃なのだ。
この三人は、ヴィロス城から見て水晶湖を挟んだ対岸に並ぶ商店街の住人で、それぞれが商店街を代表する老舗商家の子供達だ。
今日は、この三人と、先頭としんがりを歩いてくれている従兄のダニエルとトロン、そしてアビーとエリスと私の八人での道行きだ。
ちなみに、私以外はみんな徒歩。
これは、自分の足で山道を登った方がメシが美味いとダニエルが強固に主張した結果だ。実にはた迷惑な脳筋だ。
子供の頃から、私は大体この八人と仲良く遊んでいた。
従兄ふたりは少し年上だが、他の五人はほぼ一緒で、脳筋のダニエルに強引に城から連れ出されて顔を合わせるうちに、ごく自然に仲良くなった。
私がアルフレード様の婚約者候補になってからは年の三分の一は王都で過ごすようになったが、それ以外の日々はこの地で彼らと一緒に楽しい日々を過ごした。
ちなみに、みんなの兄貴分を気取る脳筋ダニエルの被害者仲間でもある。
「みんな疲れただろう? そろそろ休憩がてら昼食にしようか」
「さんせーい!」
「さっそく敷物を……」
朝に出発して、ほぼ三時間歩き続けたところで、トロンが言った。
もうちょっと行けるんじゃないかと不満そうな脳筋ダニエルを無視して、みんないそいそと道の脇の休憩用の広場で昼食の準備をはじめる。
昼食は城のシェフが作ってくれた大量のサンドイッチとジューンの家で作っている羊肉の串焼き、そしてロランの家の売り物の山羊乳のチーズと干し果物だ。
エリスが山の綺麗なわき水で皆の分のお茶を淹れている間、ガラー山羊から降りた私は広場の端に行って麓を見下ろしていた。
「この光景を見ると、本当に帰って来たんだって気持ちになるわね」
見下ろした先には、ヴィロス城の裏側が見える。そして、その先には太陽の光を反射してキラキラ光る美しい水晶湖が広がっていた。
険しい山脈から流れ出る冷たい雪解け水は水晶湖でいったん温められ、そこから川の流れとなって、ローダンデール領の穀物庫である平野部の隅々へと運ばれていく。
この水の流れがあるお陰で、ローダンデール領は干ばつに悩まされることがない。
元々が避暑に向いているような寒冷地なので、作っている穀物類は素朴で種類も少ないが丈夫なものが多く、多少の気温変動では不作になることもない。
水の綺麗な水晶湖には魚も多く生息し、山間地では羊や牛等が放牧され、山の斜面には大量に果樹が植えられている。
山脈を更に昇れば、大量の木々が茂っており木材に困ることはなく、鉱山資源も豊富だ。
『ここは本当に豊かな土地だな』
朝からだんまりを決め込んでいたワタシが、しみじみと感心したように告げる。
(そうね。この地を王家より賜ったご先祖様に感謝しなきゃね)
私は心の中で深く頷いた。




