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私の護衛についた五人のうち、私の元に辿りついたのはふたり。
残り三人のうちのふたりは、王都内で私の護衛だと気づかれ、敵に跡をつけられて、私の行方を隠す為にも王都からの脱出を諦めざるを得なかったのだとか。
そして最後のひとりは、私が王都を出た二日後、私の件とはまったく別の仕事をしていたローダンデールの暗部に発見され救出された。私の居場所を探るべく拷問を受けていたのだそうだ。
「その時の暗部は、帝国から侵入したスパイの動向を探っている最中だったとか」
「では、帝国の者が私の護衛を捕らえていたのですか……」
護衛隊長の言葉に、背筋がぞっとする。
広大な山脈に我が国への侵攻を阻まれている大国。
なぜここでその名が出るのか理解できない。
「イスナール侯爵家のルコント殿は、どうやら帝国と通じていたようです。愚かなことに、本人にその自覚はないようですが……」
私の困惑に気づいたフォスターが、事情を説明してくれた。
元々、その粗野さで様々な問題を起こしていたルコントは、跡継ぎの座を弟に奪われそうになっていたらしい。
このままではまずいと、少しでも点数を稼ぐために多額の利益を得られる商取引に手を出して大失敗。窮地に陥ったところで、とある商人が救いの手を差し伸べ損失を補填してくれた。その後のルコントは、その商人の言いなりなのだとか……。
「その商人が、帝国の手の者だったと?」
「そういうことです。素性を隠して国内に潜入していたようで……。というか、そもそもルコント殿は最初から帝国の手の平で踊らされていたのでしょう」
粗野で乱暴者のルコントが、点数を稼ぐ為にと商取引を思いつくこと自体がおかしい。その時点で、すでに帝国の手の者に、それとなく思考をコントロールされていたのだろうとフォスターが言う。
「でも、帝国が、どうして私を?」
婚約内定者だった時ならともかく、内定が取り消された今の私は、帝国に目をつけられなければならないほどの重要人物じゃない。
でもルコントは、婚約内定者を取り消された私に手を出そうとしてきた。
なにか変ではないか?
「帝国の奴等、万に一つでも、お嬢さまを手に入れることでローダンデールの力を得られればよし、駄目でも嫌がらせぐらいにはなると考えたんじゃないのか?」
「嫌がらせって……。いくらなんでもその程度のことで帝国は動きませんよ」
フォスターが呆れた顔をする。
「じゃあ、なんだってんだ?」
「たぶん国内を乱れさせるのが目的でしょう」
イスナール侯爵領は南の要、オールモンド王国の穀物庫として重要な場所だ。当然、国内での発言力も大きい。
その跡継ぎが、やはり国内で大きな力を持つローダンデールの一人娘に狼藉を働いたとなれば、間違いなく問題は大きくなる。
「……いや、だがなぁ。俺達が守り切れなかったら、お嬢さまはイスナール侯爵家に輿入れすることになってたんじゃないか?」
大問題になれば、私の名誉ばかりではなく、娘ひとり守り切れなかったローダンデール侯爵家の名誉も汚される。内々になかったことにする為にも、確かにその場合、輿入れせざるを得ない状況になっていたかもしれない。
「輿入れできない状況だったら?」
「はあ?」
「ですから……その……攫われたアメリア様が無残な死体で発見されたらどうなっていたと思いますか?」
仮定の話とは言え、あまりの恐ろしさに、ヒュッと喉が詰まって声が出ない。
「……そりゃあ、犯人見つけ出して八つ裂きにしてやるさ」
「いや、八つ裂きにする前に憲兵に突き出して、法の下で裁かなきゃ駄目ですからね。法を司るローダンデールの騎士が私情で動いてはいけません」
「わかってるよ。――嫌な仮定だが、その場合は確かに問題は大きくなっただろうな。お嬢さまは第一王子のご友人でもある。きっと王族が前面に出て犯人捜しをするはずだ」
「そして帝国の者達は、自分達は影に潜んだまま、犯人としてルコント殿を差し出すでしょう」
「そうなったら、イスナール侯爵家は大打撃か。……なるほど、確かに大問題だ」
法のローダンデール、農のイスナールとボーティマー、そして武のグレイグとジファール。
この五家が、オールモンド王国を古くから支え続けている主要な侯爵家だ。
五家の内の二家、ローダンデールとイスナールが絡んだ醜聞が、貴族間のパワーバランスにどんな影響をもたらすのか、想像するのは容易だった。
『アメリアが過剰に恐れる必要は無い。敵の正体が見えれば対策も立てられる。なにも分からず馬を走らせることしかできなかった時より前進している』
励ますような心の中の声に、私は詰まっていた息をふうっと深く吐き出した。
(……そうね。怖がらずに自分のできることをしないとね)
『その通りだ。過剰な心配はせず、だが油断もせず。いつも通り堂々としているといい』
(わかったわ)
「それにしたって、国内で多少ごたついたところで帝国があの山脈を越えて攻めてこられるわけじゃないだろう。なんで帝国はこんなことをしてるんだ?」
「たぶん彼らは、彼らなりの長期展望を持って動いているんですよ。――ここから先は、旦那さまの考察になりますが……」
「まあ、フォスター。貴方、王都を出る前にお父様にお会いできたの?」
「はい。アメリア様をとても心配しておられましたよ」
王宮に部屋を賜っているお父様は、仕事が忙しく滅多に屋敷に帰ってこない。
用があるときは手紙のやり取りが基本で、ここ数年は学園に通っていたこともあって、私だって公式の場でしか顔を合わせていなかったぐらいなのに……。
『おや、焼き餅か?』
愉快そうに、ワタシが心の中で茶々を入れた。




