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ローダンデール侯爵領までは、普通なら馬車でのんびり十日ほどの道のりだ。
そこを私は、騎馬で三日という有り得ない早さで駆け抜けた。
宿場町で貸し馬を交換できなければ不可能な荒技で、早馬の伝令なみのスピードだ。自分でも無茶をしているという自覚はあったが、どうしてもスピードを緩めることができなかったのだ。
その原因となったのは、護衛についてくれた若手の騎士達から聞いた話だった。
当初、護衛隊長は私の護衛として五人の若手を指名したのだそうだ。
彼らはそれぞれのタイミングで王都を脱出して私を追いかけてきてくれたのだが、実際に待ち合わせ場所に辿り着いたのはふたりだけだった。
「残りの三人は私達の先輩で、手練れだったのですが……」
辿り着いたふたりは、ごく最近騎士に昇格したばかりの新人なのだと言う。
「それなら敵は、私の護衛達の顔をあらかじめ把握していたのかもしれないわね」
新人でまだ顔を知られていなかったからこそ、彼らふたりは敵の目をくぐり抜けて王都を脱出できたのかもしれない。
顔を知られていた残りの三人がどうなったのか、その時の私達には確認する術はなかった。
だからこそ、余計に恐怖心が募ってしまったのだ。
――すぐそこまで追っ手が迫っているかもしれない。捕まったら、どんな目に遭わされるか……。
そう考えたら、もう駄目だった。
剣を使えない私と、新人騎士がふたり。
手練れの騎士三人を足止め出来る力を持つ者達に追いつかれたら、抵抗する術はない。
恐怖に突き動かされるまま、私はふたりの護衛達と共に、夜以外はほとんど休憩なしで馬を走らせ続けた。
見るも無惨によれよれのぼろぼろ、息も絶え絶えの状態で侯爵領に辿り着き、ローダンデール侯爵家の本邸であるヴィロス城が見えた時には、安堵のあまり涙が零れた。
ヴィロス城は、ローダンデール侯爵領最北の地に築かれた美しい城だ。
城の背後には自然の要塞たる広大な山脈が広がり、城の前面には広大な山脈から流れ出る清らかな水を湛えた大きな湖が広がっている。
水が綺麗で透明度の高い湖は水晶湖と呼ばれ愛されていて、水晶湖の湖面に映るヴィロス城もまた美しいと、地元の民や避暑に訪れる人々にも好評だった。
「ああ、やっと……帰ってこれた」
幼い頃から見慣れた、美しい城と鏡のように凪いだ湖面に心から安堵した。
この地ならば安心だ。
敵が来たとしても、領地の皆が守ってくれる。
ほっと安堵して、身体から力が抜けた。
気力を振り絞ってなんとか馬を走らせ、城の門に辿りついた所で、顔馴染みの門番達に挨拶する間もなく、私の記憶はぷっつりと途切れた。
◇ ◆ ◇
その後、私は熱を出して寝込んだ。
乗馬は得意だったし、普通の貴族令嬢より体力があると自負していた。
それでも、お嬢さま育ちで普段からゆったり上品に過ごしていた私が、こんな荒行に耐えられるわけがなかったのだ。
やっと熱が下がり、全身の筋肉痛が楽になってきた頃には、到着してからすでに一週間以上が過ぎていた。
その頃には、王都から私の護衛達やエリス、そしてフォスターも領地に到着していた。
「私は怒っています」
ちょっと目を離した隙に髪もお肌もぼろぼろじゃないですかと、普段無口なエリスがぶつぶつ文句を言う。それでいながら、いそいそと嬉しそうに世話を焼いてくれるのが微笑ましい。
いつもの日常に戻れたようで、ほっと気持ちがほぐれる。
「ねえ、エリス。ご両親にはもう会った?」
「まだです。後で機会があったらと思ってます」
「そう。それなら、今のうちに実家で寝泊まりするといいわ」
エリスの両親は、代々我が家につかえてくれている人達だ。
体調を見て貰っている医師からは、熱は下がっても一週間は外出は禁止だと言われている。城の中にいれば私の身は安全だから、この機会に護衛でもあるエリスをご両親の元に戻してあげたかったのだが、エリスに断られた。
「両親とは城にいても会えるので、それで充分です。私はアメリア様のお側にいてずっとお守りします」
私が一緒にいたら髪をこんなに傷めずにすんだのにと、エリスはご立腹だ。
これ以上はなにを言っても無理そうなので、エリスのご両親には申し訳ないが諦めるしかなかった。
病み上がりでぼろぼろだった状態を、エリスの手でとりあえず人前に出ても大丈夫なぐらいに整えてもらってから、私は城の応接室に向かった。
私が脱出した後の王都の状況を、護衛隊長とフォスターから報告してもらう為だ。
「お嬢さまがひとりで脱出したのは正解でした。敵はイスナール侯爵家だけではなかったようです」
フォスターの渋い顔に、緩んでいた気持ちがきゅっと引き締まる。




