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『初恋は古今東西かなわないものと相場が決まっている。だが、それで死んだ者はいない。まだ育ちきっていない未熟な自我が初恋と認識したその感情が、真に愛に至る感情だったと証明することもできない。ただの憧れだった可能性もある。だからこそ、世の人々は皆、未熟な時代に破れた初恋などなかったことにして、初めての恋人を初恋の相手だと堂々と嘯き、自分と相手を騙しているのだ。だからここで泣くな。周囲の者に悟られて、君の人生の汚点にしてはいけない。失恋などたいしたことじゃない。今は辛くとも、十年も経てばそんなこともあったっけとおぼろげに思い出す程度のことになる。ここで汚点を残さなければ、アメリアならばもっと素晴らしい出会いが待っている。ワタシが保証する。だから泣くな。負けるな。この程度のことで挫けてはいけない』
あの時のワタシのとても慌てふためいた様子は、本当に面白かった。
すぐ側に自分より狼狽えている存在がいるせいで、逆に頭が冷えて落ち着けたような気もする。
延々と奇妙な理論を展開し続けるワタシの、理路整然としているようでいてどこか滑稽で必死な励ましの言葉に、失恋のショックも忘れて思わず笑ってしまったぐらいだ。
ちなみにその時、婚約者選定の儀に出席していた大人達も、第一王子と国王の爆弾宣言にそれはもう大騒ぎしていた。
そして大人達がとにかくまず会議を開かなければと慌てふためいていた中、冷静になって佇んでいた私にアルフレード様が駆け寄って来た。
「さっきの発言だが、誤解しないで欲しい。けっしてアメリアが嫌いなわけではないんだ。ただ私はアメリアのことを友達だと……いや、違うな。そう、家族のように思っているんだ」
「家族ですか……」
そう言われて私の脳裏に浮かんだのは、おねえたまおねえたまと私の後をついてくる可愛い実弟の顔だった。
その面影が、目の前のアルフレード様の顔と重なる。
そして私は決意した。
姉ならば、可愛い弟の幸せのために協力すべきだと……。
つまり失恋による傷心を、新たな使命によってすっぽりと覆い隠して紛らわせることに成功したのだ。
ある意味、未熟な自我が初恋と認識してしまっただけで、その感情が真に愛に至るものではないかもしれないというワタシの理論は正しかったのかもしれない。
だからこそ、大人達の会議が終わった後で、婚約内定者になるかと打診された時に迷わず頷くこともできた。
ここで私が断れば、婚約者候補の残りの二人に話が回ってしまう。
彼女たちは肉食系で、虎視眈々とアルフレード様の婚約者の地位を狙っていた。そんな彼女たちが婚約内定者の地位を手に入れたら、きっとその地位を笠に着て他の令嬢達を蹴散らしてしまうだろう。
そうなってしまったら、ただひとりの愛する人を妃にしたいというアルフレード様の望みがかなわなくなってしまう。
それでは駄目だと思ったのだ。
でも、もしもあの時、私の中にワタシがいなかったら?
婚約内定者になるかと打診された段階で、きっと私はまだ失恋のショックのただ中にいたはずだ。そして迷わず婚約内定者の地位に飛びつき、アルフレード様の周囲にいる令嬢達を威嚇しまくったことだろう。
だって、アルフレード様がただひとりの愛する人に巡り会えなければ、婚約内定者である私がそのまま本当に婚約者になれることが決まっていたのだから。
だが婚約者になれば、一族の者達と縁を切ることになる。
そうなった時に私が孤独にならないためにも、アルフレード様の愛を得る必要もあった。
追い詰められた私は、ただひとつの恋と、その後の幸福な人生を得るために、きっと脇目もふらずがむしゃらにアルフレード様の愛を求めて暴走を繰り返したに違いない。
その行為故に、アルフレード様の心を失うとも気づかずに……。
それはきっと、まさに『悪役令嬢』そのままの姿だったことだろう。
『それは違う。アメリアは『悪役令嬢』にはならない』
ワタシが存在しなかった場合の私の行動を思い描いていると、不意にワタシが否定の言葉を発した。
基本的に私の思考は、ワタシに筒抜けなのだ。
幼い頃からこの状態なので心の動きを知られることに抵抗感はないが、私がワタシの思考を知ることが出来ないのはちょっと不公平なのではないかと常々思っている。
(慰めてくれなくてもいいの。自分のことだから、私が『悪役令嬢』になる流れが凄くよく理解できるし……)
『そういう意味ではない。そもそも前提が違う。さっきも言っただろう。こちらが物語の中の世界なのではないと。『乙女ゲーム』こそが物語の世界なのだ』
こちらの世界の歴史を、恋愛シミュレーションゲームというひな形に流し込んで作り上げたのが『乙女ゲーム』の世界。
フローリア様が語った『乙女ゲーム』の内容は、ゲームの遊び手を楽しませる為の脚色が過剰に施されているのだとワタシが教えてくれる。
『そもそも伯爵令嬢が七人もの貴公子と恋愛を楽しむことが、現実の世界で可能だと思うか?』
(……不可能ね)
そんな多情な令嬢が実際にいたら、絶対にその周囲が放っておかない。
醜聞を恐れる実家に連れ戻されて修道院に放り込まれるか、社交界には縁のない地方貴族の後添いにでもさせられるか。
とにかく、卒業式の舞踏会まで恋愛をのんびり楽しむ余裕はないだろう。
うん、これは間違いない。




