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『だからと言って、あの娘の在り方を批難するつもりはない。あの娘もまた危機的状況で転生前の記憶を取り戻したのだろう。生き残る為にふたつの人格を融合するのは、本来ならば自然の成り行きなのだから』
ワタシ達のほうが特殊なのだと、ワタシが言う。
(そう? 私は別にどっちでも構わなかったから、フローリア様の在り方をどうこう言うつもりはないわ。私にとっては、いま目の前にいるフローリア様こそがフローリア様だから)
フローリア様も四歳の頃、私と同じ熱病にかかって死にかけたことがあると聞いている。
きっとその時に転生前の記憶が甦ったのだろう。
その頃のフローリア様は母親と二人暮らしで、母親は没落した男爵家の娘だったと聞いている。生きる為に密かにコール伯爵の囲われ者になってフローリア様を産み、そしてフローリア様と同時期に熱病にかかって亡くなったのだと……。
当時、市井では熱病の特効薬だと偽った質の悪い偽薬が流通して、多数の犠牲者が出ていた。二人はどうやらその偽薬の被害にあったようだ。
奇跡的に生き残ったフローリア様は伯爵家に引き取られたが、そこで本妻から酷い虐待を受けた。伯爵の親族にそんなフローリア様を哀れに思った女性がいて、学園に入学するまで自分が面倒を見るからと本妻から引き離して助けてくれたのだそうだ。
彼女に引き取られなければ、学園に入学する年齢まで生きていられなかったかもしれないとフローリア様は言っていた。
(フローリア様も転生者じゃないかって以前から疑っていたって言ったけど、どうしてそう思ったの?)
『あの娘はよく手作りの菓子を作るだろう? あれはかつてワタシが生きていた世界でよく食べられていた菓子だ』
(シフォンケーキやスイートポテトやアイスクリームのこと?)
『そうだ。特にアイスクリームの製法が気になった』
私達は基本的に卵を生では食べない。食あたりを起こすと言われているからだ。
だが、フローリア様はアイスクリームを作るのに生卵を使った。食あたりを起こさないように処理したから大丈夫だと言って……。
『あの娘は低温殺菌を行ったのだ。サルモネラ菌の性質を正確に把握していなければできないことだ。この世界の人間はまだ細菌の存在を認識していない。だからまず間違いないだろうとは思っていた』
頭の中に細菌というものの知識が流れ込んでくる。目に見えないぐらい小さなものらしい。正直、よくわからなかった。
(気づいていたのなら、教えてくれればよかったのに)
『なんの為に?』
(なんの為って……)
なんの為だろう?
フローリア様自身が語らないことを、わざわざ知る必要はあっただろうか?
(知る必要……ないか)
『そうだろう。だが今は違う。事情が変わった。ワタシは、あの娘の語る『乙女ゲーム』の内容に興味がある』
(『乙女ゲーム』の中で私は『悪役令嬢』になっているみたいだし、今の状況とは全然違うのよね)
こちらの歴史を知る人が向こうの世界に転生して『乙女ゲーム』を作ったのならば、今のこの状況は何らかの事情で歴史が改変されてしまった状態ということになるのだろうか?
(……私、もしもワタシが側に居てくれなければ、本当に『悪役令嬢』になっていたかもしれない)
ふと、脳裏をよぎったのは、十二歳の婚約者選定の儀でアルフレード様に言われた言葉だ。
――この中から誰かひとりを選べと言うのなら、やはりアメリアを選びます。でもアメリアに恋はしていないから、婚約者にはできません。
あの時、私は「アメリアを選びます」と言われて天にも昇る思いになった。
だがその直後に、「アメリアに恋はしていない」と言われて惨めに地に叩きつけられた。
ローダンデール侯爵家の娘として産まれた以上、王族入りすることが望ましくないとわかっていた。
婚約者として選ばれれば、一族とは縁を切らねばならなくなることも……。
それでも、あの頃の私は密かにアルフレード様に想いを寄せていた。
光を弾く眩い金の髪にサファイアのような深い青の瞳、王族らしい高貴な顔立ちの聡明で思慮深い第一王子。
大切に育てられたせいか少しだけ我が強いところもあったが、それさえも将来国王になることを思えば長所となった。
五歳から十二歳まで婚約者候補として、ずっとそんな彼の側にいたのだ。
好きにならずにいられるわけがなかった。
婚約者選定の儀で醜態を晒さずに済んだのは、ワタシが心の中で、『落ち着け。感情をそのまま顔に出してはいけない。今は我慢するんだ』と、一生懸命になだめ続けてくれていたお陰だった。




