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交錯奇縁の新年パーティー1

さぁ、ようやく新章の開始です。

リアルでも就活がひと段落したので、随分と気楽に書けました笑




 年の瀬が忙しいのは、結局どこに行っても変わらないらしい。日本では月末締めや年末調整、在庫処理etc。それに加えて年賀状を始めとした正月行事の準備やらでてんやわんやとしているが、忙しさはこの街も引けを取っていない。

 大組織は傘下の組織や店から“みかじめ”の回収をしなければならないし、対する彼らも年末に合わせて“みかじめ”を奮発しなければならない。しかしそれだけに飽き足らず、その忙しさに付け込んだ押し入り強盗も頻発するのだからこの時期のアトロシャスは非常にピリピリしていた。その強盗も、元を辿れば敵対組織の指示であったことなどよくある話で、この時期は互いの潰し合いすら行われる非常に騒がしい期間であった。



 その点俺はどこの組織にも属しておらず、自営業でもあるため会計業務さえ済んでしまえば後はやることは特にない所謂勝ち組というやつだった。これから行うのはそんな騒がしい年末騒動を肴にした年越し宴会(パーティー)である。

 今もリビングのテーブルには、カセットコンロの上で鍋がぐつぐつと煮立っており、その傍には二人が買えと注文してきた山盛りのオードブルセットが置かれ、急遽作ることになったサラダはテーブルの端に追いやられていた。ご丁寧にオードブルは二人が取りやすい位置に、サラダは俺の席の目の前に置かれている。

 意図があからさま過ぎて怒る気にもなれなかった。



「イヴ、ノエル。そっちの準備は終わったか?」

「うん。こっちは大丈夫」

「もういい感じだし、早く食べよー?」



 テーブルの上に食器を並べ終えたイヴが返事をして、催促奉行兼灰汁取り奉行に就任したノエルが食器をカチカチと叩いて催促してくる。

 今の二人ともゆったりとしたスウェット生地の七分丈のパーカーにショートパンツという非常にラフな恰好をしており、パーカーは鎖骨が見えるまでファスナーが下ろされ、ショートパンツのために太腿は大胆に露出させられていた。上下揃いで、イヴが黒色、ノエルが白色というお揃いである。どうやら、二人はパーカーをいたく気に入ったようだ。



「そう急かすなよ。2階の掃除をやっただけじゃあそこまで腹は空かないだろ?」

「むぅ、その前にちゃんと味見役もやったじゃん」

「それは、ただのつまみ食い」

「つまみ食いの罰で掃除をやらせたんだが……さては懲りてないな?」

「味見が仕事として認められないなんて、間違ってると思いまーす!」



 屁理屈を捏ね出したノエルにデコピンをお見舞いして、最後の料理をテーブルに置く。その料理が見慣れないものだったのか、二人は揃って料理に興味を持った。



「これは?」

「コテキーノって言うイタリア料理らしいぞ。イタリア(向こう)じゃ年越しによく食べられるんだとさ」



 実はこのコテキーノ、渡してきたのは『フォラータ・アルマ』のレオニダである。あの依頼以降ちょくちょく顔を合わせるようになったのだが、祖国の定番料理が手に入ったからお裾分けということで俺の所に持ってきたのだ。

 コテキーノというのはイタリアのモデナ地方で食べられているサラミの一種で、簡単に言えば大きなソーセージだ。豚の赤身や脂身、皮を細かく刻み、クローブやナツメグといったスパイスで風味をつけ、豚の腸に詰めて作られるのだが、向こうでは伝統的に年越しに食べられている料理らしい。今朝方会ったレオニダは付け合わせとしてレンズ豆が良いと言っていたため、その助言に従ってレンズ豆のトマト煮を添えてある。



「へぇ……」

「あ、じゃあこの鍋も年越し料理なんだ?」

「残念ながら違うな。こっちじゃ蕎麦が買えなかったから、代わりに鍋にしたんだよ」



 ノエルが指さしたのは、テーブルの上でぐつぐつと煮立っている蟹鍋だった。

 日本じゃ年越し蕎麦なんて言葉があるくらい、大晦日には蕎麦を食べる文化が根付いている。遡れば江戸時代から始まる分化らしいく、“伸びやすい”、“切れやすい”という蕎麦の特徴から“寿命や家運を伸ばす”、“今年一年の厄災を切り捨てる”などと、縁起がいいものとされている。俺としては後者のために是非とも食べたかったのだが、目論見は外れてしまった。

 因みに蕎麦の代わりに蟹を選んだのは、ハサミがあるから今年の多過ぎた厄災を切ってくれそうだという安易な考えからだったのだが、残念ながら蟹にそんな縁起はなかった。



「さて、と。長話もこのへんにしてさっさと食べようか。折角の料理が冷めちまう」

「わーい! 唐揚げ()ーらいっ」

「ん。エビフライは譲れない」

「わかってねぇな。最初は蟹だろ」



 ここに日本の文化を持ち込むのもどうかと思ったから、『いただきます』と言うのは俺だけだ。そして各々好きな料理に手を伸ばし、思い思いに口に運んでいく。俺は勿論メインの蟹から。煮立った鍋から蟹の脚を一本引き抜き、自分の皿によそった。関節から1cmほど内側にハサミで切れ込みを入れ、パキッとへし折る。そして中身を傷つけないようにそっと引き抜けば、出汁の染み込んだ蟹の香りが広がってくる。口に含めば解れた身の柔らかい触感が舌を刺激し、旨味が脳を駆け巡る。

 この美味さがたまらないからこそ、一番手は蟹に限る。二人は目先の美味しそうなものに手を伸ばしたようだが、甘い。この美味さを知っていれば、真っ先に手を伸ばすのはコイツだとわかっただろうに。



「んーー! おいしいっ」

「やっぱり、買って正解だった」

「おう、食え食え。折角のパーティーだ。遠慮なんていらねぇからな」



 だけど二人は二人で、自分が食べたかったものを食べれて満足しているようだった。出会った時とは打って変わった、綻ぶような顔にそっと笑みを浮かべて、俺もグラスに注いだスプリッツを口に含んだ。



 家にいる間は、普段禁止しているノエルの飲酒も解禁している。酒の入ったノエルはいつも以上に饒舌に、そして食が進むようになり、それに負けじとイヴも料理を口に運ぶ数も増えるため、テーブルの上を占領していた料理は見る見るうちになくなっていった。時にノエルがはしゃぎ、時にイヴが酔っぱらって奇行に走ったりと、騒がしいながらも楽しいパーティーは進んでいった。

 しかしそのパーティーも佳境に差し掛かった頃、穏やかだった空気は唐突に終わりを迎えることになる。



———ピンポーーン




「……ん?」



 晩餐の余韻を霧散させる呼鈴の音に、全員の手が止められた。この時間帯はとっくに店を閉めているはずだし、外には『CLOSED』の掛札を出してある。知り合いなら可及な要件があれば直接電話を掛けてくるだろうし、依頼人が来たとしても閉まっているのはわかるはず。そう考えると、このタイミングで呼鈴を鳴らす人物が全く思い当たらない。



「誰か来たみたいだね。依頼人かな?」

「こんな時間に?」

「まぁ何にしろ、非常識な相手ってことに変わりはないだろ。……一応聞くが、ノエルはちゃんと外に掛札は掛けたよな?」

「んぅ?………………あ゛っ」



 酔いの回っていたノエルの口から、間の抜けた声が零れ出た。

 大晦日(こんな日)に来る酔狂な客はいなかったから、やることと言えば簡単な掃除くらいしかないため、掃除のついでにノエルには店仕舞いの準備をするように言ってあったのだが………どうやら、業務に抜けがあったらしい。



「ノエル……」

「え、え~っと、その……」

「罰則は追加だな」

「………はい」



 しゅん、と項垂れている様子を見るに、ちゃんと反省はしているらしい。いつになく萎んだノエルの表情(かお)を尻目に、席を離れてラックに掛けておいたホルスターとコートを羽織る。ついでに、予備の9mm弾の弾倉をいくつか持っていくことにする。



「ボクらは……どうする? 一応……お茶くらい、淹れられるけど」

酔った(そんな)状態でまともに仕事はできねぇだろ。二人はここで待機していればいい。……けど、何かあったら(・・・・・・)動けるように、準備だけしておいてくれ」

「……ふぅん。わかった」



 指示を仰いできたイヴは一つ頷くと、近くの棚の引き出しに隠していた銃を手に取った。S&W社製 M&P9 シールド。装弾数7発の小さい銃(コンパクトガン)だが、有事の際の咄嗟の護身用の銃としては申し分ない銃だ。そして予備の弾倉もいくつか掴み、ポケットにしまい込んでいる。出会ってそこまで日は経っていないのに、俺の言いたいことは理解したらしい。裏の世界で生き延びてきた分、そのあたりの嗅覚は相応に鋭い。



 けれど、今にも寝てしまいそうな顔を見ると、期待できるだけの仕事はできなさそうだ。わしゃわしゃとイヴの頭を撫でて二人で後のことは全て任せ、俺は依頼人の下へ向かうことにする。



「さぁて、夜更けに人の晩酌を邪魔しに来たのはどんな奴だか」



 薄暗がりの事務所に照明を灯し、蛍光灯の灯りが部屋を照らす。一度周囲をざっと見渡すが、特に汚れた場所は見当たらない。書類やファイルはしっかり戸棚の中に仕舞われて、機材の位置も元通りになっている。床にも埃は見当たらず、ノエルは罰としてであってもしっかりと掃除をしたらしかった。そして、正面の扉に目をやった。扉の向こうに感じられる気配は、一つだけ。

 酒を飲んでも酔いが醒めやすい体質が、ここではありがたい。指先の感覚も平衡感覚も、正常に機能している。一度懐の銃に触れ、警戒を解かないまま、俺はその扉を開け放った。



こんな(Guess)夜更け(what)に一体(time)どち(is)らさ(it)んだ?(now!)

おや、(You)少し見な(worried)い内に(us.)随分(But)と変(you)わられ(haven't)ました(reflected)ね。(on)樟則(your)くん(actions)



 皮肉を言ってやれば、どこか聞き覚えのある声で皮肉が返ってくる。

 そこに立っていたのは、一人の初老の男性。ストライプの入ったダークグレーのスーツの上に黒のチェスターコートを羽織り、頭にはランプブラックのリボンが付いた黒の中折れハット。柔和な表情(かお)にある眉毛や前髪には、以前よりもやや白色が混じっているものの、そんな笑みとともに毒突いてくるこの人を、俺は知っていた。



『……伊藤さん』

『ほほほ。お久しぶりですね。存外、お元気そうで何よりです』



 常盤家 執事統括者 伊藤 和寿(かずひさ)


 美弥の世話係も任せられていた常盤家の最上級使用人が、何故か俺の目の前に立っていた。






◆◇◆◇






「どうぞ。あまり良いものは出せませんが」

「いえ、お構いなく。出して頂けるだけありがたいです」



 仕事で使うテーブルに着いた伊藤さんに紅茶を出し、俺もその対面に腰かけた。互いに知っている者同士、使っているのは日本語である。思えば、こうして伊藤さんと面と向かって話すのも半年ぶりになる。久しぶりに会って何を話したものか、そう考えている内に、伊藤さんはさっそく紅茶に口をつけていた。



「……73点。品質を考慮すれば82点ですな」

「危ない危ない。80点合格の査定はクリアできましたか」

「ここで上物が手に入るとは思えませんから。それを考えればよくできた方でしょう」

「幸い、ここに来てから(ひと)に出す機会はたくさんありましたから」

「えぇ。自分でない誰かのために淹れた分だけ、腕は上達するものです」



 比較的穏やかに、久しぶりの会話は始められた。相手の思惑を探るように。笑みはあるが、静かで、そして冷たい会話だった。



「それにしても、伊藤さんも人が悪い。こんな時間でなければ、もう少しちゃんとした歓迎の準備もできたのに」

「えぇ。夜分に伺うのは躊躇われましたが、何分(なにぶん)時間が敵になりますので。まだ開いている様子でしたので、伺わせて頂きました」

「お恥ずかしい話、それはウチの従業員のミスでしてね。本当ならこの時間は、とっくに店は閉めているんですよ」

「ほほ。それはそれは。私は運が良かったのでしょうな」



 そう言って、伊藤さんは再び紅茶に手を付ける。

 数瞬の間、会話に空白が生まれる。久しぶりと言えるだけの時間は経っていても、変わったと認識するには過ぎた時間は短過ぎていた。あの時のままに話せばいいのか、それとも今の立場で話せばいいのか。その小さな距離感の食い違いが、会話に不自然な間を生み出していた。

 そうしていると、ポツリと、伊藤さんが呟いた。



「……正直な話、貴方が生きていると聞いた時は驚きました」



 感傷に近い、昔を思い出すような声は、嘘を言っているようには思えなかった。



「えぇ。自分でも、よく生きていたと思っています」

「死者481名という、稀に見る大事故でしたから。お嬢様も当時はかなり“まいって”おられました」

「あいつは外面はしっかりしてても、意外と中身は繊細ですからね。……それでも、手紙はちゃんと届いたのでしょう?」

「はい。おかげさまで、お嬢様も大分持ち直されました。……貴方がお戻りになられたら、もっと喜ばしかったのですが」

「そいつは無理でしょう。……日向(ひなた)に戻るには、些か手を汚しすぎた」



 初めて人を殺した時から、人を殺す度に、俺の手には見えない血糊がこびりついている。手を洗おうとも、決して落ちない罪の汚れ。そんな汚れた手を引っ提げて、今更向こうの世界には戻れない。こんな汚れた手で、あいつの手を握ってやりたくなかった。

 そんな、諦めと決別を含んだ儚い笑みを浮かべていると、ふむ、と。伊藤さんは一つ間を置いた。



「もう、戻られるつもりはない、と?」

「えぇ。ここに腰を落ち着けるつもりです」



 そのために、これまでこの街で地位を築くことに苦心してきたのだから。

 外部から余計な干渉をされないこの街で、多少の危険は伴うものの、今では余計な諍いには巻き込まれない安定した地位を手に入れることができた。元の日の当たる世界に後ろ髪を引かれることはあるが、あの男(・・・)の手から逃れることを考えれば、どちらを選ぶか迷うことはない。



「……そうですか。では、残念ですが連れ戻すのは諦めて、一つ依頼をさせて頂きましょう」



 そう言って、この人は依頼を持ち込んだ。少しでも残念そうな仕草をしていれば同情を誘えたのに、素のままで話を切り替えたあたり、こっちの依頼の方が本命という訳か。



「年が明けた後……お嬢様が恒例の新年会に出席されます。新年会のことはご存じで?」

「えぇ、知っていますよ。あいつ自身が良く言っていましたから」



 新年会は、旧家や名家といった格式ある家同士が参加して新年を祝う交流会だったはずだ。参加するのは大企業の社長や政界の重鎮、そしてその子息・子女たちといった錚々たる顔ぶれ。将来のためのコネクション作りには欠かせない場所なのだが、かなり神経を使うから異様に疲れると、あいつ自身が愚痴っていた。



「新年会は今年も例年通り開かれるのですが……今回はそれだけでなく、こうした催しが開かれるのです」



 そう言って、一枚の手紙がテーブルに置かれた。若緑色に金色の意匠を誂えた洋封筒。その中身を覗いてみれば、そこにはあいつの名前が記してあった。



「へぇ。あのお転婆娘がついに婚約ですか。それはまた、めでたいことですね」

「お嬢様に対してそのように言える人は、おそらく貴方だけですよ」

「それだけ長く一緒に居ましたからね」



 言って、我ながら全く心が籠ってないなと苦笑する。

 いつも一緒にいたものだから、薄ぼんやりとその関係はまだ続いているのだと、心のどこかで思っていたらしい。所詮は淡い願望。来るべき時が来た。ただそれだけなのに。貼り付けた笑みの裏に巣食う、喪失感に似た、心に穴が空いたような感覚を押し殺して、続きの言葉を紡いだ。



「それで、これを見てどうしろと? 自惚(うぬぼ)れでなければ、これに俺が出れば出来の悪い三文恋愛物語(ラブロマンス)ができますが?」



 主演は俺。ヒロインは美弥。そして当てつけ役の婚約相手。

 世に星の数はある使い古された脚本に、食指の動きは鈍いことこの上ない。



「えぇ。確かに、私どもとしては貴方にこの新年会に参加して頂きたいと思っています。ですが、幕が上がるのはラブロマンスではなくサスペンスです」

「へぇ……サスペンスですか。聞くだけで胃もたれしそうな嫌な予感がしますね、それ。男女の愛より重たい、上流階級のドロドロですか?」

「いえいえ。頭が痛いことは確かですが、そう複雑なことではありませんよ」



 そして優雅に紅茶に一口付け、何でもないように、ゆったりとしたまま……俺の地雷(・・)を踏み抜いた。



「まことしやかに世に噂されている『恩恵(ギフト)』。それが今回の鍵になります。貴方ならわかるはずでしょう。風間博士(・・・・)の息子である、貴方なら」

「—————」



 気付けば感情の赴くままに、俺は銃を抜き放っていた。




*今章はイヴとノエルが英語しか話せない関係上、言語の違いを表現するために会話文で「」と『』を多用します。


9/13 後半部分を改稿しました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 伊藤さん、めっちゃいい事 言った。そうよな。人の為だとね。 で、本当に、うん。あのモヤモヤする出来事に、ついに突撃かますようで。めでたい。 どうなるにしろ、奇怪な何かで人が歪むのは、胃が胸が…
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