表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

61/66

アトロシャス・デイズ7



 晴れ渡る青空の下。外は喧々囂々と騒がしい音楽を奏でている一方で、ここ『フラット・フラッグ』もまた騒々しさには引けを取ってはいなかった。昼間から居座る客は当たり前で、各々のテーブルでは下世話な笑い声がこだまし合い、空瓶の割れ音や取っ組み合いの野次が飛び交う様は相変わらず“酷い”の一言だった。だが今日ばかりは俺もその騒がしさを起こす側にいる所為で、俺はそれを強く言うことはできないでいた。



「っぷはぁ! んでよぉマックス。そん時診てた奴がな? 何をトチ狂ったか、いきなり飛び掛かってきやがったんだよ」

「何だよ“待て”もできないアホ犬だったのか? ペットショップの犬でもまだ分別はあるだろうに」

「そーなんだよなぁ。ウチが扱ってるのは人様であって犬じゃねぇってのに。なぁんで男どもは女を見たら畜生以下に成り下がるんだか」

「それが男の(さが)ってやつだろ。男ってのはどいつもこいつも、いい女を見つけたら腰振りたくなる犬畜生なんだろうさ。禁断の果実を食ったバカな男がそうだったんだから、取り繕っても根っこの部分は今も変わってねぇんだろ」

「ファッキュー神様! 酒飲みながら人間創ったから、変な欠陥が残ってんだよ!」

「……おいおい。頼むから、こっちに飛び火させてくれるなよ?」



 カールの物申したそうな視線が飛んでくるが、残念ながら酒が進んだナターシャには何を言っても無駄だろう。戒勅したら最後、このままのテンションで延々と絡んでくるからこっちとしちゃたまったもんじゃない。事を収めるのに毎回毎回飲み比べで潰さなきゃいけないなんて、俺の肝と懐に悪すぎる。

 まぁ、隣でいくら世の神父・修道女(シスター)に喧嘩を売るような言葉を吐こうが、ここは酒の席。神への冒涜を聞きつけて教会の筋肉達磨神父が殴り込みに来ても、酔っ払いの戯言とあしらってやれば問題はないだろう。



「 ……それより、マックス。俺としてはお前さんが連れてきた例の双子に興味があるんだが?」

「なんだ、珍しいこともあるもんだな。カールが詮索してくるなんて」

「今やこの街じゃ(みぃ)んなその話で持ち切りだ。俺の所にも何人も聞きに来てる」



 身を乗り出して、俺に顔を近づけて聞いてくるカール。だが、その顔に若干憂鬱な影が差しているのを俺は見逃さない。大方、俺がこの店を利用していると知っている連中が、何かしら情報があるだろうと思って聞きに来たんだろう。それも大勢。

 だが、俺はイヴとノエルを連れて来てから今日までこの店を利用してないから、カールから聞き出せることは何もない。今の所、二人のことを知っているのは現場に居合わせた『フォラータ・アルマ』と、先ほど診察をしたユミル。そして隣で今も酒を煽っているナターシャだけ。俺が口外ないと信頼できる相手にしか話してはいないのだが、どうもその皺寄せがカールの方にいっていたらしい。



「それで? 差し障りない程度でいいから情報を流せと?」

「端的に言や、そういうことだな。遠巻きに見物を決め込んでた連中もそろそろ動き出す。どんな奴かわからねぇなら、いっそのこと、ってな」

「チッ………“待て”もできない野良犬どもが」

「その“待て”が長すぎたんだよ。こればっかは甘んじて受け入れろ」



 おどけるように言っているが、カールの目は全く笑っていない。これは、一種の警告だろう。これ以上秘匿するなら、諍いが起きるぞ、と。俺に対する善意か、はたまた突撃してくる馬鹿どもへの善意か。どちらが本音にしろ、余計な諍いを起こしたくないなら情報を流せということか。



「なら、この店で一番良い酒を貰おうか。何かあるんだろ?」

「あるにはあるが、ものによるな。希望は?」

「口当たりが良く、度数は高すぎないもの。景気よく飲めるのがベストだな」

「なら、いいやつを入荷してる。すぐに開けるか?」

「いいや。だけどすぐ飲めるようにしといてくれ」

「あいよ」



 カールはそう言うと、後ろの棚から酒瓶を取りに下がっていく。そしてその機会を見計らってか、今度は隣のナターシャが顔を近づけてきた。



「……よかったのか?」

「問題ねぇよ。どのみち、遅かれ早かれ情報は———」

「そうじゃねぇ」



 ズイッと。俺の言葉に遮るように、ナターシャは言葉を被せてくる。酒の香りはここまで漂ってくるのに、その声には酔いの上気は全く含まれていなかった。どこまでも冷たい、氷を思わせる言葉だった。



「あの娘らのことだ。そもそも、今目を離しててよかったのか?」

「構わねぇよ。実力は俺が一番よく知ってる。そこらのチンピラ程度なら、あいつらは敗けねぇ」

「なら、なんでもっと早くそうしなかった? それだけの力があるなら、もっと早くにできたはずだろ?」

「…………」



 飄々とした色が失せた、冷たい瞳。それが今、俺をジッと見つめている。

 あぁ、こりゃ感付かれてるなと、どこか他人事にように俺はそう思った。ナターシャは、俺が二人を自由にさせてなかった理由に大方検討がついているのだろうう。二人が抱えていた、生への執着。外に出すには危険な、その精神構造。詳細は知らずとも、今日の二人の様子を観て、原因はおおよそ精神的なものである事まで把握したのだろう。

 しかしそれにも関わらず、俺は二人を自由にした。危険なものを抱えているというのに。それを彼女は、内心では快く思っていなかったのだろう。普段の彼女であれば、思っていても絶対口にしないことだが、しかし今は酒の席。“酔いは人の本性を出す”なんて言葉を聞いたことはあるが、本当にその通りだと俺は思う。酒に酔っている今だからこそ、ナターシャはこうして気兼ねなく俺に本心を曝け出しているのだろう。

 そして俺はその問いに、返す答えは持ち合わせてない。だから誤魔化すように、そっとグラスを煽った。



「……優しいんだな。お前」

「少なくとも、あの娘らを無理して放逐したお前よりはな」

「ククッ……あぁ、そいつぁ違いない」



 本当に。見て見ぬふりだってできたのに、俺に敢えて言ってくるあたりその為人(ひととなり)は凡そ伝わってくる。良かれと思ってあいつらを死地に放り込んだ俺なんかより、よっぽどお前の方が優しいのだろう。



「さぁ、酒の用意はできたぞ。色々と吐いて貰おうか?」

「おぉ~! いい酒出してんじゃんマスター。わかってるぅ!」



 そんな俺たちの前に、ドンッ、と新しい酒瓶が追加された。見れば、カールがカウンターの向こうで不敵に笑っている。はて、俺たちが飲む分の酒は追加した覚えがないんだが。これはどういうことだろうか。しかしそんな俺の気持ちなどお構いなしに、隣のナターシャはいつもの調子に切り替えて早速酒瓶を開けにかかっていた。釣られて俺も酒瓶を手に取ってみるが………おいこれよく見たら度数めっちゃ高い奴じゃねぇか!



「おいおい。こんなやつ出さなくてもちゃんと口は回るぞ?」

「だが、少なからずその喋る口は緩むだろう?」

「言ってくれるじゃあねぇか、情報屋。こっちはちゃんとお前も満足できるネタを持ってるってのに」

「いい情報屋は正確さにプラスαがあるのが売りだからな。……それに、情報(ネタ)に色を付けてくれる客には、こっちも多少なりサービスはしてやれる」



 ぶつかり合う意思。視線の交錯。……そして、決着は一瞬。



「………投了(オーライ)、オレの負けだ。多少は口を緩めといてやる」

「ふっ。持つべきものは、物分かりがいいやつだな」

「言ってろ」



 両の肩を竦めて、お手上げの姿勢を示す。ある程度は喋るつもりだったが、この調子なら出し渋ったらこの先色好い情報は入らない可能性もある。あっても最低限。そしてそれは他の情報屋でも買える程度のものだろう。善因善果、悪因悪果。ものの道理を弁えているカールだからこそ、俺にもできる強気な交渉だった。



「ま、せっかくだ。どうせなら本人たちを交えての楽しいランチと洒落こもうか」



 よくよく耳を澄ませば、後ろの喧騒がどよめきへと変化していた。この状況で、誰が来たのかは見るまでもない。タイミングとしちゃ、これ以上にないベストな時だった。



「おい、そりゃ一体どういう………」

「そのまんまの意味だよ。ほら、噂をすれば何とやら、って………」



 ナターシャも気付いていたのか、そう言って徐に騒がしい後ろを指差した。それに釣られてカールも視線を動かし、店の中で一段とざわめきを生み出している原因へとようやく注意を向けられた。そして、俺も同時に振り返り…………二人と同じように、視線が完全に縫い留められた。



 視線の先にいるのは、くすんだショートの金髪に、黄金色の瞳、欧州人を思わせる白い肌に、黒のパーカーと首元のスカーフを(しるべ)とした小さな双子。

 今まさに話題になっていたイヴとノエルが、喧騒を突っ切って悠々とこちらに向かって歩いてきている所だった。



 ………その身体を、真っ赤に染めたままにして。



「やっぱりここに居たんだ、マックス(・・・・)

「昼間から酒盛りなんて、良い御身分だね」



 クスクスと、どこか可笑しそうに。二人は静かに笑いながら歩いてくる。買ったばかりのパーカーは既にボロボロで、内と外から染みたであろう赤いシミはどこか生々しく、垣間見える青痣は激しい戦闘の名残を想起させ、頬と髪に跳んだ赤い飛沫が勝者がどちらかを物語り、その上で浮かべる静かな笑みが、言いようのない不気味さを醸し出ていた。



 突拍子もなく湧いて出たその光景に、今にも叫び出したい衝動を鉄の意思でねじ伏せて、僅かな頬の引くつきも許さぬように顔に全神経を集中させて、その光景に静観を決め込んだ。今の自分たちが周囲の目にどう映るのか、二人は今一度よくよく考えてから出直してきて欲しい。絵面が完全にスプラッター映画から飛び出してきた殺戮人形みたいなヤバいものになっているのを、二人は本当に理解しているのだろうか。いや、イヴはわかっていないにしてもノエルは絶対にわかってやっているに違いない。何故ならその顔は何処か愉しそうだから。俺が内心荒れているのすら、あいつはわかってて愉しんでいる気がする。


 どうする。


 隣と後ろの人間は、完全にドン引きしている。声すら出てないのだからそれくらいは余裕で察せられた。そして今後俺を見る目もこいつらを見るとき同様、いや下手したらそれ以上にヤベー奴を見る目になるかもしれない。そして、それを通じてこの街の連中にもそれが伝わるのは経験則から手に取るようにわかる。


 どうする……っ。


 今でさえ随分と曲解された解釈の所為で大層な二つ名を付けられているというのに、これでは明らかに俺の噂に戦力とは別の意味でヤベー奴だという噂まで加えられてしまう。ペンキを被ったとでも言えば誤魔化せるかと思ったが、そもノエルが協力するつもりがなさそうだから、その誤魔化しは通用しなかった。


 どうする……っ!


 最後の望みを託すべく、脚本一覧(脳内データバンク)にアクセスするも………解決策が一件もヒットしない。こんな時に限って役に立たないのかよ……!



 どうする。既にイヴとノエルは目前にまで迫ってきている。そしてこの状況を解決できる手段は、一向に思いつきそうにない。ここで俺が黙りこくっても、それは『マックス』として到底許容できるはずもない。

 ならばかくなる上は………………ええい、ままよ!



「随分と派手な装いになったな。イヴ、ノエル。早速チンピラ共に絡まれたのか?」

「チン、ピラ……?」

「へぇ、アレ(・・)でチンピラなんだ。やっぱりこの街は怖いね」

「何があったかは聞かねぇが、生きてるなら結果オーライだ。その恰好(なり)なら飯も食えてねぇだろ? ここなら、そんな事気にせずに食えるぞ」

「わーい」

「やったね」



 俺が平静で二人と話したことで、周囲のどよめきは一層大きなものになった。そしてそれと同時に、俺に向けられる視線の色も明らかに変わった。途轍もなく、ヤベー奴を見る目だ。既に人間としてすら見られてないのかもしれない。



「なるほどねぇ。今まで大っぴらに表に出さなかったのは、そういう理由だったか」

「だな。そういうことなら、しっかり手綱は握っとけよ? 噛みつき先を誤ると、火傷どころじゃすまねぇ。……もちろん、お前さんらもな?」

「ん。大丈夫」

「噛みつける相手くらいは、ちゃんと選べるよ?」

「お、おう。そうか?」



———ああ……ああ、こりゃ絶対に勘違いしてんな……。



 俺が結局この流れに乗じたのをいいことに、ノエルはアクセル全開だ。真実(正道)から勘違い(脇道)()が逸れたのをイヴが意図せず補強し、ノエルが意図して言葉の突貫工事で()を舗装し、勘違い(脇道)真実(正道)に仕立て上げていく。どんどん話が真実から遠ざかっていく現状に、俺は既に遠い目すらし始めていた。もはや成るように成れという諦めの境地である。



「ん? そういや二人とも、アクセ買ったんだな。飾り気がねぇからどうかと思ってたけど、結構似合ってんじゃん」



 そんな折、二人を挟むように座り直したナターシャが、イヴとノエルが新しく付けたアクセサリーに目敏く反応した。



「ペアルックのピアスか。それにデザインもいいのを選んだな。鷲なんて、お前らにぴったりじゃあねぇか」

「うんうん。いいじゃん。カッコいいじゃん」

「ふふん。いいでしょ」

「イヴが見つけてくれたんだよ?」

「…………ん、鷲?」



 今の会話から何か思い当たる節があったようで、カールが顎に手を当てて記憶を探っている。



「“鷲”……“双子”……双子鷲……………アフリカ? ……あ゛っ!?」



 ———流石。もう気付いたか。



 手掛かりは、“双子”と“鷲の二つだけ。たったそれだけで気付けるのは、本当にカールが優秀な情報屋”だということの裏付けだ。



「おまっ、………まさかその二人“ダルフールの双鷲”か!?」

大当たり(ビンゴ)だ、カール。どうだ? 特大のネタだろ?」

「特大どころか人によっちゃ厄ネタだぞこれは」



 泡を食ったように驚くカールに、思わず笑みすら浮かんでくる。さて、もういいだろう。過去何をやらかしたかなんて、調べればいくらでも出てくる。後は自然体の、本人たちの為人さえ知ることができれば、カールも情報屋としては満足するだろう。



「さ、折角酒も用意したんだ。お前らも飲め。勝利の美酒には、良い酒をキープしてあるからな」

「わぁー……!」

「そういえば、お酒って初めてだね」

「お、なんだよ。初めてか? ……あぁ、だからマックスはアレ頼んだのか?」

「どうせ来るのはわかってたからな。それに、飲んだことねぇのは薄々気付いてたし」



 そうこうしていると、イヴとノエルの前にもグラスがコトリと置かれた。中に入れられた大きな氷が、カランと音を立てる。二人とも、それを興味深そうにまじまじと見つめていた。その様子が可笑しかったのか、向こうに座るナターシャがクスリと笑みを浮かべていた。



「それじゃ早速、……二人のデビューを祝して」

「「「乾杯」」」



 カンッと。小気味いい音を立てて、グラスをかち合わせる。

 口に含んだ、二人の門出を祝う酒は、いつも以上に美味しく感じられた。





さてさて、今章も残すところあと一話です。

今話もだいぶエピローグっぽいですが、次話がホントのエピローグになります(苦笑)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ